第290話:纏い、そして氷

 王都の森で模擬剣を構えるセネカの前にはルキウスがいた。少し離れた場所にはキトがいる。


 セネカはルキウスに斬りかかる。華麗に躱されてしまうが、[魔力針]を撃って反撃を抑える。だがルキウスは被弾覚悟の勢いで突っ込んできた。

 セネカはあらかじめ背後に固定してあった[まち針]を使って無理矢理後退した。


 十分な距離をとってからセネカは大きく息を吸った。身体に力が入ってくるような感覚がある。

 今度は息を吐いた。悪いものが消えていくような感覚がある。


 腕を見ると揺らめきのある光が出ている。そして、先ほどまであったはずの傷がゆっくりと癒えていた。


「やっぱり火は回復促進かもしれない。呼吸で疲労も軽減されている気がするかな」


 セネカは剣を地面に刺した。

 確認のためにルキウスが近づいてくるのをゆっくりと待つ。


「疲労感とかは分からないけれど、確かに傷は小さくなっているね」


 ルキウスが言った。傷口を向けていたので遠くからでも見えたようだ。


「これで四つ目かな? 火のまといの能力もだいぶ分かってきたね」


 ルキウスの言葉にセネカは頷いた。


 今日は外に出て能力の検証をしていたのだ。

 光を纏った時の能力は、速度上昇と慣性低下だと分かっていたけれど、火や水を纏った時の力が不明だったのだ。

 そこで、ルキウスとキトに協力してもらって分析をしていた。


 セネカは頭につけていた[まち針]の髪留めを取った。すると、先ほどまで自分に付与されていた火の性質が消えた。


「うん。やっぱり治癒も止まるみたいだね」


 目の前までやってきたルキウスが【神聖魔法】を使ってくれた。わずかに残っていた傷も完全に元通りになった。


「回復かぁ。火を纏ったらてっきり攻撃的な力を得るんだと思ったよね」


 ルキウスの言葉にセネカは笑った。なんとなくじりじりするとは思っていたけれど、回復だとは思いもよらなかったのだ。


 キトがやってくるのが見える。


「光は結構単純に思ったけれど、他の能力は意外なものばっかりだったね」


 なんとなく頭を出すとキトは話しながら撫でてくれた。


「水は身体能力強化と攻撃の拡散かな? 確かに水はいろんなものを溶かすから、魔力との親和性が上がるのも筋は通るけれど……」


 キトは口元に指をつけながら考えている。


 水を身に纏ったとき、なんとなく滑らかに動けるような気はしていた。しっかり分析すると、魔力での身体能力の強化度がかなり上がっていたのだ。


 また、この状態の時は点の攻撃に強くて、波紋が広がるように攻撃を受け止めることができるみたいだった。


「氷は防御力と魔力効率の上昇ね」


 氷を纏った時、セネカはちょっと身体がつるんとして透けるような感じがしていた。どうやら防御力が高くなっているようなのだけれど、皮膚が硬くなることはなかった。光のときと同様に部分的に性質を得ているようだ。


 加えて、そのときは魔力の伝導率や属性への変換効率などが軒並み良くなっているように感じた。魔力消費量が減り、魔法を使いやすくなる感覚があった。


「あとちょっとひんやりする」


 セネカはキトのほっぺに手を当てた。いまは普通の状態なので、冷たくはないだろう。


「それぞれの能力に選びがいがありそうだね。纏う技自体はまだ結構魔力を使うの?」


 そう言うルキウスの頬も触ってみる。かなりつやつやだったのでなんとなくムニムニしておいた。


「消費魔力量は少しずつ下がってはいるけれど、まだ無駄が多いかもしれない。一番簡単なのは氷で、その次が光かなぁ。どれも一回使ったら魔力ポーション飲んで時間経たないと大変かも」


 セネカは持っていた魔力ポーションを一滴口に含んだ。キト製なので少量で良いのだ。


「そっかそっかぁ。だとしたら使い所が難しいね。でも有用性の高い力ばかりだよ」


 ルキウスも水を飲んでいる。普段の動きは丁寧なのに、なぜか水を飲む時だけは傾けすぎて胸の辺りにこぼすことが多い。昔からずっと変わらないルキウスの癖だ。


「あとはドルシーにお願いした静電気発生の道具があれば目ぼしい能力は調べられるかな?」


 ごまかすようにこぼれた水を払うルキウスを見ているとキトが言った。


 キトは笑顔だった。きっと自分も同じような顔をしているのだろうとセネカは感じた。


「そうだね。それがあれば、雷属性の力を調べられるかもしれないって思っているよ」


 雷はどんな力になるだろうか。おそらく付与はできるけれど、攻撃が防御か、はたまた全く違う能力かはもう予測できなかった。


「それができてきたら、また三人で検証しようか」


 ルキウスが言うと同時にセネカは跳び上がった。

 そして三人でゆっくりと食事をしてから拠点に戻った。





 セネカの最近の趣味は空間刺繍だ。

 本の海から帰ってきた後、拠点で落ち着きたい時には大抵空間を魔力糸で縫っている。


 様々な形があるけれど、お気に入りなのは円の中に三角や渦巻きを描く模様だ。簡素だけれどなかなか奥が深いように感じている。


 もう針を意識的に動かす必要はほとんどない。出来上がりの形を思い描いてスキルを使うと、針がほとんど自動で動いて模様になる。


 だけどあまりに動きが早いので、時々自分が何を描いているのか分からなくなり、形が歪んでしまうこともある。


 セネカは机に置いてある器を手に取った。中には飲むために汲んできた水が入っている。

 片手をお椀型にしてそこに少しだけ水を垂らす。そして魔力を使い、水を凍らせた。


 手のひらの上にあるのは、氷の結晶だ。無造作に作ったので形はいびつだけれど、それがかえって自然のような気がした。


 今日ルキウスとキトと一緒に纏いの検証をした。何度かやったけれど、やっぱり一番身体に馴染むのは氷の力だった。


 ちょっとひんやりするけれど、魔力が身体を勢いよく伝わるし、何か揺るぎないものを手に入れたような気持ちになる。


 なぜ氷がそんな効果だったのか。

 セネカには理由が分かっていた。


「お母さん……」


 セネカの母は氷の魔法使いだった。

 同じパーティだったアッタロスやレントゥルスに話を聞くと、どうやら自分の考え方は母に似ているらしいと知った。


 セネカは魔法に母の面影を求めていた。だからこそ、幼い頃から躍起になって練習し、何とか使えるようになった。

 それは教会風に言えば『神の御業』に匹敵する行いなのだった。


 そして今、セネカは氷の性質を身に纏う力を手に入れた。

 それは、いつのまにかできていた心の穴に何かが埋められたような安心感をもたらしてくれた。


 プラウティアの儀式が終わったら、セネカは魔法にもう一度向き合ってみようと考えていた。母が自分に遺してくれたものは、身に宿る膨大な魔力だけではないと感じていたからだ。


「受け継ぐだけじゃないのかな」


 剣技は父に教えてもらったことを基本にして、セネカなりに練り上げてきたものだった。ルキウスの父の教えも大きい。


 魔法はほとんど我流だった。そもそもセネカは魔法スキルではないので、お手本になるものが何もなかった。


「お母さんみたいには出来ないだろうけれど、自分なりにやってみるのが良いかもだね」


 月詠の国タイラの話では、スキル【縫う】は繋ぐ力に満ちているらしい。そのことを最近実感し始めたけれど、考えてみると少し面白い。


「私はお母さんともお父さんとも繋がっている。そして、みんなとも⋯⋯。きっとそうだよね?」


 目に見えない何か。

 それらを繋げることができたのなら……。


 英雄はもう目の前だ。


 セネカはそんな風に感じて、手のひらの上で溶けた氷を口に入れてみた。

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