第284話:問答

 それから、みんなに見つめられて居心地悪そうに話すプラウティアとファビウスを見た後で、セネカ達は樹龍のところに集まった。


 というのも、樹龍はずっとぷかぷかと浮いていたけれど、みんなの様子を窺っているようだったからだ。


 そのことをセネカがみんなに伝えて集まることになった。セネカもちょうど聞きたいことがあったので、もし話せるのなら質問してみたかった。


 みんなで樹龍を囲み、じっと見ていると声が聞こえてきた。


『龍の時代が始まる。災厄が訪れ、龍は守らなければならない』


 龍の時代が始まる。同じことを青き龍も言っていたが、今回は追加の情報もある。


『黒きものが目覚める。月の子供は白き龍を探さなくてはならない』


 そう言われた時、セネカは樹龍と目が合った気がした。


「先ほども聞きましたが⋯⋯災厄とは何のことですか?」


 プラウティアが言った。さっきとは空中遊泳をした時のことだろうか。


『黒きもののことだ』


「それでは、黒きものとはなんでしょうか」


『言うことはできぬ。だがいずれ目を覚ます』


 黒きものが目覚めて災厄が訪れるので、龍は世界を守る。そんな話だろうか。


 樹龍の口ぶりから複数の龍が動き出しそうだ。セネカが出会ったのは今のところ青き龍と白龍だが、これから他の龍に会うこともあるのだろうか⋯⋯。


 災厄とは不穏だが、セネカは少しだけ楽しみな気持ちにもなった。


「月の子供とはどういう意味ですか?」


 プラウティアが質問を続ける。そこはセネカも気になった部分だった。


『月の加護を得た者のことだ』


 また初めて聞く言葉が出てきた。龍の加護は何となく想像できるけれど、月からある加護とはどんなものだろうか。


 セネカの頭は疑問で埋め尽くされていた。だが次の言葉を聞いて、意識が大きく切り替わった。


『そこに二人いる』


 セネカが顔を上げると、樹龍がこちらを見ていた。完全に目が合っている。そして、隣にいるルキウスのことも見ていると分かった。


「どういうこと?」


 セネカは思わず口を開いた。


『強い月の力を受けている。それを月の加護と呼ぶ』


 言葉の意味を必死で考える。

 月の力、月の光⋯⋯。

 似たようなことを言われたことがあったはずだ。


「とある方に僕たちは『月の光を受けたので、神に愛されている』と言われたことがあります。それと同じ意味ですか?」


 ルキウスの話を聞いて、セネカははっきりと思い出した。月詠の国でタイラにそんなことを言われたのだった。


『人は神の加護と呼ぶかもしれぬ』


 難しい話だったけれど、セネカは内容が繋がってきたように感じた。


「私とルキウスが白龍を探さないといけないって話だよね?」


 樹龍はほんのちょっとだけ頷いた。


『力を溜め、白き龍と逢い、災厄に備えよ』


 樹龍の声が重く響いた。


 それは、龍に匹敵するほどの相手と戦うことを意味しているのではないかとセネカは感じていた。


「災厄が起きるのはいつなの?」


 セネカは思わず樹龍に歩み寄っていた。


『あと何度か月が瞬いてからになるだろう』


 月が瞬くというのは古い表現だったけれど、月詠の日のことを表している。つまり、何年かは猶予があるということだ。


『力を知り、力を見つめよ。人は時に龍の思惑を超えてきた』


 その語り口には、深い慈愛が込められているのかもしれないとセネカは感じた。




「そもそも加護って何のことですか?」


 樹龍に言われたことを頭の中で整理していると、ルキウスの声が聞こえてきた。セネカはちょっとハッとして意識を樹龍向けた。


『加護とは種であり、芽だ』


 植物の種が埋められてやがて芽吹く様子が頭に浮かんできた。


『加護は与えるものの力を委譲し、機構に働きかける力の種となる』


 与えるもの。例えばプラウティアは樹龍の加護を持っているので、樹龍の力を委譲されているということになるのだろう。


「委譲ですか?」


『ヘルバの娘が植物を司るのは、そのためだ』


 やはりプラウティアたちは樹龍の加護により、植物に関するスキルを得ているのだ。分かっていたことではあるが、それが明確になったのは大きいとセネカは思った。


「私には植物を採取する力があり、姉は植物を生長させる力を持っています。それは貴方から得た加護が芽吹き、そのような力になったということでしょうか?」


 プラウティアがしっかりとした口調で質問した。自分のことだからなのか少し早口だった。


 樹龍が少しだけ頷いたように見えた。


『それが一つの形だ。豊穣を求め、植物を諌める。それが発露した』


「植物を諌める……?」


『行き過ぎた豊穣を抑える力も必要だ』


 植物が繁茂しすぎたら良くないということだろうか。「うーん」と唸っているとガイアが口を開いた。


「その豊穣の力の中には、貴方が持つものも含まれているのでしょうか?」


『……否定はせぬ』


 何の話だろうか。戸惑ってガイアを見ると詳しく説明してくれた。


「樹龍が植物を制御すると同時に、人の方にも制御する仕組みがあるということかもしれないと考えたのだ。単純に植物の制御と言っても、その時々で必要なものも変わるだろうから」


 樹龍を見たが否定も肯定もしなかった。だが、ガイアの考えが間違いでないようにセネカは感じた。


「そして、その力は樹龍に対しても効果があるということだ。さきほどプラウティアのスキルが樹龍に効果があったけれど、それは偶然ではなく、そうなるように種が蒔かれている可能性がある」


『豊穣の力は揺らぐものだ』


 樹龍の言葉は肯定を意味するものだった。


 つまりヘルバ氏族には、人の視点で樹龍の行いを調整する役割があるということになる。それは時に樹龍の行いを止めるので、広い意味では、樹龍を諌めているようにも見えるということだとセネカは理解した。


『生命は機構ほど頑強ではない』


 樹龍が言った言葉の意味は分からなかったけれど、見つめているものがとてつもなく大きいことだけはセネカにも理解できた。




「加護の時も出てきたけれど、機構って何のことかしら」


 マイオルが質問すると、樹龍は宙でくるんと一回転した。


『機構とはこの世界の仕組みのことだ』


 また壮大な言葉が出てきた。セネカは情報の海に沈みそうな気持ちになったけれど、何とか話について行こうと集中する。


『加護は機構に働きかける種となる』


 セネカの頭の中の土に再び種が植えられた。植物は育ちながらも、ほんの少しだけ植わった土の性質を変えてゆく。そんな話だろうか。


『スキルに備わる性質を加護は方向付ける』


 元々スキルには周りの土を変える力があるけれど、それが加護によって強まるということかもしれないとセネカは思った。


『龍は機構に介入する』


【龍は代行者であり、その一部だ】


 声が頭に響いてくる。これはレベルアップした時と龍に会った時のみ起きる現象だ。


「龍は世界の仕組みを簡単に使えるんだ……」


 セネカはただ呟いたつもりだったけれど、想像以上に声がはっきりと響いた。


「まるで神のような力ね」


 マイオルの言葉にセネカも頷いた。


 神は人にスキルを授け、レベルアップを知らせるが、龍はそこに影響を与えることができるようだ。


 樹龍はまたくるんと回った後で、不自然なほどピタッと止まった。そして、淡々と言った。


『人はそれを神の力と呼ぶ。龍は単に機構と呼ぶ』


 気が付けばセネカは樹龍をじっと見ていた。言葉を消化するのに時間がかかる。


 神秘的だと思うことがあっても、その仕組みを知っていればそうは感じない。そこが龍との違いだと思ってセネカは聞いてみた。


「それじゃあ、龍にも出来ないことが神秘的ってことになるのかな」


 樹龍はぷかぷかと浮きながら月を見上げた。


『機構は大きく深淵だ』


 それは問いに対する答えではなかった。そしてセネカは何故か感傷的な気持ちになった。


「あ、あの……聞きたいことがあります」


 樹龍と同じように月を見ていると、プラウティアがおずおずとした様子で声を上げた。


 その顔には緊張が滲んでいて、とても大事なことを聞こうとしているのだと分かった。


「樹龍にとって神とはどのような存在でしょうか?」


 一瞬だけ樹龍が威圧感を放ったと思えば、それはすぐに消失した。

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