第265話:「選ばれていたのか」

 セネカはシルバ大森林の中を歩いている。護衛団のみんなとプラウティアの両親がいて、軽く話しながら祠を目指している。緊張感もあるけれど、比較的和やかな雰囲気だ。


「祠の様子を定期的に確かめることになっているのですか?」


 そう聞いたのはルキウスだ。


「えぇ、そうですね。と言っても年に一度ほどです。大抵は月詠の日の近辺に祠に行って、樹龍様が目覚める兆しがあるのかを見ることになっています」


 ヴェトリウスが答える。父として複雑な感情を抱きながらも、氏族の長としての役目を果たそうと努めているように見える。


「兆しってあの木の板が割れているかってことですよね?」


「基本はそうですね。ですが、あれ以外にも樹龍様の状態を示すものがいくつかあるのでその全てを確認することになっています」


「なるほど。それを三百年も続けて来たのですか……」


「そのようですね。正直古い家をたまに掃除しに来ているような気持ちでした。事が起こってみて、『あぁ、本当にこの先に樹龍がいるんだな』と分かったくらいです」


 かなり率直な感想だとセネカは思った。だけど、普通はそんなものなのかもしれない。プラウティアからも樹龍に対する信仰を感じたことはないし、時代と共に様々なものが薄れていったのだろう。


「月詠の日の後に確認しにいくこともあるんですか?」


 ガイアが聞いた。


「えぇ、そうですね。明確な日取りは決まっていないので……。特に、最近はプラウティアに会いに王都に行っていたので、帰って来てからということもありました」


 ヴェトリウスの答えを聞いて、ガイアの表情が少しだけ固まった。


「それでは、今回は運が良かったのですね。たまたま早めに見たことで月詠の日に儀式をする事ができるのですから」


 セネカはハッとしてヴェトリウスを見た。周りのみんなもヴェトリウスに注目しているのが分かる。


 大陸が危ない、国の危機だと今は大事になっているけれど、それが後から分かることもあったのだろうか。


「いえ……今回のことは偶然ではありません。妻が夢を見たのです。木のような鱗に包まれた龍が眠りから覚める夢を、何日も続けて」


 セネカはすぐにヴェトリウスの隣を歩くルカリアを見た。だが、何だかそんな話を聞いた事がある気がして、すぐに目線をプラウティアに向けた。


「そんな事があったの……?」


 プラウティアはすぐに口を開いた。


「あぁ、そうだったんだ。つい話すのを忘れてしまっていたけれど、ルカリアがそんな夢を見たんだよ」


 プラウティアの顔がみるみる青くなるのが分かる。セネカにもどこかうすら寒い気持ちが湧いて来た。


「そういう夢を見たのってお母さんだけ?」


「あぁ、そうだ。シルウィアもフローリアからもそんな話を聞いていないな。もちろんヴェリデイアからも」


「そ、そっかぁ……」


 プラウティアは小さく「はわわ」と言った。慣れていないと聞き取れないくらいの声だった。


「プラウ、何かあったの?」


 ルカリアが優しく問うと、プラウティアは立ち止まって話し始めた。みんながプラウティアのところに近づいてくる。


「私も夢を見たの。体が樹木で出来ているような龍と楽しくお喋りをするだけの夢を一回だけ」


 突然森の音が聞こえてくる。鳥や虫の声、風が通って葉が揺れる音、何かが擦れるような音。どれも今までは意識にのぼって来なかった。


「お母さんがその夢を見るずっと前だけどね。セネカちゃん、青き龍と会った後にそんな話をしたことを覚えている?」


 セネカは何度も頷いた。変わった話だったからセネカも覚えている。


「もうはっきりとは覚えていないけど、とにかく楽しかった記憶だけはあるの。今まで忘れちゃっていたけど……」


 その夢が何だったのかは誰にも分からない。だけど、たまたま見ただけにしては出来すぎていて、何らかの超常的な力を感じずにはいられなかった。


 誰もが口を閉ざす中でヴェトリウスが呟いた。その言葉がしっくり来る気がしてしまって、それからしばらくセネカは話す事ができなかった。


「選ばれていたのか……?」


 頭の中がぐるぐるとしたまま、気がつけばセネカ達は祠に到着していた。





 祠の中に入り、例の光る果実がある場所に辿り着いた。


 この前はただ見に来ただけだったけれど、今からこの奥に進むのだと思うと、不気味な気持ちと楽しさが同時に湧いてくる。


 セネカは何となくそばにいたニーナの手を握った。


「この先に龍がいるんだねー」


「だねー。どんなになってるんだろうなぁ」


「セネカは『神域』に入った事があるんでしょ? その時はどうだった?」


「なんか青くて透明だった」


「青かったかー」


 中身のない会話をしているが、ニーナの手は冷たく汗も滲んでいる。


「巫女から順番にそこの壁に魔力を注いでくれ」


 ヴェトリウスが指した先にはぼんやりと透けた壁があった。


 プラウティアが前に出て、壁に手をつける。そして少し待つと壁の中で緑の光が発生し、底に溜まっていった。固体にも液体にも見える。


 流れが止まるとプラウティアは手を離し、こちらを向いた。


「あたしが行くわ」


 マイオルが前に出た。そして手をつけると今度は青い光が発生して、先ほどの緑の光と混ざり合った。


 手を離して戻るマイオルと目が合った気がして、セネカは足を踏み出した。


 壁に手を当てる。感触は木に違いないけれど、少しだけ鉱石のような冷たさを感じる。


 セネカは魔力を注いだ。すると、白く緑の混じった光が発生して底に溜まった。やはり人によって色は違うようだった。


 それから全員が順に魔力を注いでいった。ガイアは赤、モフは黄緑で、ルキウスは白に薄い空色が混じっていた。


 プルケルやニーナ達もそれぞれ違った色だった。ケイトーが艶やかな黒だったのは、何だからしいと思ってしまった。


 そして全員が魔力を注ぎ終えたとき、溜まった魔力は天井に達し、白く輝いた。光は強かったけれど眩しくはなくて、心が温められるような感覚だった。


 光が増して空間に明るさが満ちたあと、壁は突然粉に変わり、そして塵となって消えてしまった。


 壁の先には暗くてどこまでも続いていそうな道があった。


「樹龍に至る道を進みなさい。……プラウ、みんなで帰りを待っているからな」


 プラウティアが少しだけ笑ってヴェトリウスとルカリアに手を振るのが見えた。


「さぁ、行きましょう。あたし達の時間が始まるわ」


 セネカ達は神域に足を踏み入れた。

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