第233話:一騎打ち
ブレダは森の中を駆け抜ける。先ほどジースと分かれたので少し迂回することになったけれど、ほとんど真っ直ぐ拠点に戻っている。特に指示がない場合には個別行動をすることになっていたのだ。スキル【索敵】で脅威がないことは分かっているけれど、早く安全確保して情報を伝えるに越したことはない。
相手の力は予想以上だった。セルウィクスとネポスがいたので敵陣に深めに入ったのだがそれが裏目に出てしまった。
敵のセネカとルキウスの噂は聞いていた。推定レベル4というのは本当か分からなかったけれど、敵の最高戦力であることは間違いなかったので、入念に戦闘を避けた。
当然『羅針盤』の情報も持っている。例年であれば首席になるような者たちが集まって出来たパーティだと聞いていた。だがその程度であれば、ブレダとジースがあの場を離れるようなことにはならなかった。
王立冒険者学校の首席というのは、良くてレベル3の下位の実力を持っていることを意味する。卒業から時間が経っていることも加味し、その上で念を入れてレベル3中位という想定でいたのだ。だがそれは間違っていた。
「あれは、レベル3上位だった……」
全員がその水準だと考えると、少なくとも戦闘においては熟練の銀級冒険者パーティくらいの力があるということだ。それでもセルウィクス達の勝利は揺るがないが、分かっていれば戦術は変わったはずだとブレダは考える。
走り続けながらも【索敵】を使い続ける。まだ『羅針盤』との戦闘は続いているようだ。索敵範囲には他にもセネカやルキウス、そして同種のスキルを持つマイオルも見えている。
敵の団長であるマイオルはブレダにとって意識せざるを得ない相手だった。それは彼女が相手の要であるという以上に同種の能力を持っているからだ。
この戦いは情報戦という面も大きく、探知系能力者の実力によって戦況が大きく変わる。そういう意味で、年下でぽっど出の彼女にブレダは負ける訳にはいかなかった。
それに【探知】持ちで指揮官で団長というのも何だかブレダは気に入らなかった。これはただの嫉妬だとは分かっていたけれど、日陰の役割をずっと担っていたこれまでのことを考えると、割り切るのが難しかった。
しばらく走っていると、索敵範囲にいたガイアが突然空に向かって魔法を使用した。彼女の【砲撃魔法】で遠距離攻撃される可能性があったので、たまたま捕捉してからは注意を払っていた。
「何が起きている?」
ガイアの魔法は驚くべき速さで広がり、空を赤く染めた。赤い雲が広がるというよりは、突然板が出現したかのような存在感だ。
ブレダは足を止めて頭に浮かぶ【索敵】の情報に集中する。そうしていると、範囲の端にいたマイオルが高速で移動を始めた。
「空を飛んでここに向かっている……?」
人ではありえない速度でマイオルが接近してくる様子に首を傾げながらもブレダは剣を抜いた。すると鳥の模型のような形をした物体が目線の先に落ち、そこから金に近い色の髪を後ろで結んだ少女が出てきた。
以前彼女を見た時は冒険者ギルドだったけれど、その時とは様子が全く違うように見える。つんとした目つきと鼻、想像よりも高い身長はこの前と変わらないはずなのに、別人のように大きく見える。
「ブレダ騎士……。あの時以来ですね」
マイオルは剣を持ち、一歩一歩こちらに向かってくる。動作は自信に満ちていて、ブレダは少し気圧される。
何が起きているのだろうか。遥か遠くにいたはずの彼女が今は目の前にいて、自分と対峙している。おそらくガイアの魔法は陽動で、マイオルがここにやって来るための布石だったのだろうということは分かる。だが、何故彼女はここに来たのだろうか。
マイオルは立ち止まり、剣を構えた。彼女の肌は白く、背景の森と比べるとどこか浮いているように見える。
「か、勝てると思っているのか……?」
ブレダは呟いた。先ほど形が崩れて消えたので魔法だったのだろうが、あの鳥の模型に何人乗り、袋叩きにしようとするなら分かる。だが、やってきたのは彼女一人だ。自分と同じ探知系スキルの少女が一人だけだ。
「そう思っているから来たのです」
ひとりごとのつもりだったけれど、マイオルはブレダの言葉に応じてきた。様子から、やはり自信があるのだということが感じ取れる。
舐められたものだ。相手は【探知】を使って戦闘をしているようだが、ブレダだって長年騎士団で訓練を重ねてきたのだ。斥候ではあるがその辺の冒険者に負けるつもりはない。
「貴方にはここで抜けていただきます」
だが、何故だろうか。マイオルからは強者特有の雰囲気を感じる。それはフォルティウスほどではないものの、副団長のサナトリウスやセルウィクスと対峙した時の感覚に似ている。
「ここでお前を潰せば教会の勝利に大きく近づく」
マイオルの構えを見てブレダはまた考える。剣はブレダが明らかに上に見えるので、何か策があるに違いなかった。ここまでの行動から彼女たちが入念に準備を重ねてきたことが分かるので警戒しなければならない。
マイオルが斬りかかってくる。速度はそれなりだが、剣筋は稚拙だ。
ブレダは身体を翻し、反撃する。
避けられるのは織り込み済みだったのか、マイオルもすぐに体勢を立て直し、次撃を放ってくる。
ブレダはマイオルの剣を弾き飛ばそうと力を込めた。
ブレダは己の優位を確信する。
二つの剣が交錯する。
ブレダの剣が当たる直前、マイオルの剣が突然加速した。
そして手に大きな衝撃が伝わってくる。
焦って剣を握り直そうとしたけれど、その時にはもう遅かった。
気がつくと剣はどこかに飛び、喉元にはマイオルの剣が突きつけられていた。
「ぐっ⋯⋯」
ブレダは状況を悟った。
頭が真っ白になってうまく働かないが、どういうことになったのかは分かる。
自分は負けたのだ。
言うべき言葉は分かっていた。
ここで負けを認めなければ怪我をする。
魔法で傷は癒えるだろうけれど、無駄な抵抗ではある。
だが、
心臓が早鐘を打つ。
飲み込む唾もなく、味合わされた苦味のみが口に残っている。
今一度ブレダはマイオルの顔を見て、そして悟った。
こんなに明確な状況で抵抗する方が騎士の恥だ。
「俺の負けだ」
この声は審判として協力している国や教会の騎士、そして冒険者たちに聞こえただろう。
ここで抵抗したり、得た情報を仲間に伝えたりすればブレダはおそらく死罪となる。
それだけは避けなければならない。
ふぅと深く息を吐く。
気がつけば汗が吹き出し、血の気が引いている。
さっきまでは何も分からなかったけれど、敗北を認めて冷静になると見えてくることがあった。
「……まさかお前はレベル4なのか」
マイオルは剣を引いても警戒をしたままだったけれど、ブレダの言葉を聞いてわずかに表情を緩めた。
「あなたの【索敵】を【探知】していました」
明言はしなかったけれど、それは答えを言っているに等しかった。レベルが上がったことでスキルで検出できるものが増えたのだろう。
「あれは魔具だったのか?」
もう一つ質問をした。あの鳥型の奴は何だったのだろうか。
「あれは魔具ですね。鳥のような形に魔力を成形して、特定の位置に発射する物です。殺傷能力はありません」
ブレダが情報を漏らす心配がないと分かっているからかマイオルはすらすらと質問に答えてくれる。その事実が余計に敗北を強く感じさせる。
「想定以上に広い索敵範囲と未知の魔具か。そして強化された身体能力……。上手く嵌められたな」
敵の作戦は鮮やかだった。やられてみれば理屈は分かるけれど、よくこんな作戦を取ったものだ。
「俺は賭けに負けたんだな……」
ブレダは再び大きく息を吐いた。近づいてくる者がいるので、すぐに引き渡されるだろう。
マイオルも接近者に気がついたのか先ほどよりも警戒が薄くなっている。そしてただ呟くように言った。
「……教会のことを思って言いますが、情報の取り扱いに気をつけた方が良いですよ。争陣の儀に参加する騎士は流石でしたけれど、森で待機する騎士や訓練場にいた騎士は細かい作戦のことまで含めて、仲間内でべらべら話していたので」
その話を聞いてブレダは目を剥いた。マイオルは何を言っているのだろうか。
「開けた場所なら音も【探知】出来るようになったんです。私がレベル4なのがあり得ないからこそ、やりやすいことばかりでした」
それを言ってマイオルはその場から立ち去って行った。
ブレダはやって来た審判に退場を申告されてからゆっくりと歩き出した。
そして自陣の方を見ながら一言だけ呟いた。
「団長、早く気が付かないと大変なことになりそうです」
その言葉は誰にも届かず、ブレダの胸の中で燻り続けた。
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