第16話 再会②

「な、ななせさん? それは一体どういう……」

「センセのカゴに卵を移動させたこと?」

「うん」

 再会してすぐのこと。

 ななせは空が持つ買い物カゴに、ポンと卵を移動させていた。

 そして、彼女自身が持っていたカゴの中をからっぽにすると、近くにあったカゴ置き場に戻してきたのだ。


「さ、さすがに一人で卵2パックは食べられないよ? 俺」

「ちょ、なにその誤解! そんな意地悪しないって! せっかくこうして会えたわけだから、センセの分まであたしがまとめて買っちゃおっかなって思っただけ。だから一つにまとめたわけ」

「あはは、なるほどね」

 ヤンチャだった昔の姿を鮮明に覚えているだけに、そんなことをしてもおかしくないななせだが……シチュエーション的に考えられることではないだろう。

 偶然すぎる再会を教え子としたことで、浮かれている空だった。


「って、ななせさんにお金を出させるわけにはいかないよ。ここは俺が奢るから、好きなの買っていいよ」

「はあ。センセはいーつもそうやって子ども扱いしてくるんだから。あたしはもう成人してるのに。お仕事だってしてるのに」

「これはプライドの問題」

「ふーん。ならいいけど」

 ちょっぴり不満そうな返事をするななせに微笑んだ空は、彼女の容姿に注目していた。

 綺麗な黒髪にピンクのメッシュが入った髪。人形のように整っている大人びた顔。曇りのない紫の瞳。さらにはスタイルの良い体型。(昔と比べると)なおのこと落ち着きのある雰囲気。

 いくら教え子とは言えど、立派に成長した彼女を子どものように扱うのは無理に近い話である。


「あ、そうそう。せっかくだからお菓子もたくさん買っていいよ。ななせさん今も好きでしょ? お菓子」

「好き! って、こんのバカ絶対子ども扱いしてんじゃん。ボコりたくなるんだけど」

「お口が悪いよ、お口が」

「そのお口を悪くさせてんのはセンセなんだけど?」

「……」

「……」

 お互いに言いたいことを言い終えた結果、無言になる。

『なんだよ?』なんて伝えてくるように目を細めるななせと顔を見合わせること数秒。

 そのまま顔を見合わせること数秒。


「ははっ、本当に懐かしいね。こんな掛け合い」

「……ふふ、まあね」

 数年ぶりの再会というのは両者同じこと。顔を綻ばせて感想を言い合う。

「それとありがと。あの時ウザい説教してくれて」

「どういたしまして。なにか余計な言葉が入ってるけど」

 憎まれ口を叩いていることでギスギスした関係に思うかもしれないが、これが二人の接し方なのだ。


「さてと、センセ」

「ん?」

「そのカゴに入れたお肉はあとでジャンケンするとして、そろそろ移動しよ、ね?」

「ッ!?」

 こう促された瞬間、シトラス系の香水を匂った空はビクッと体を上下させることになる。

 なにを思ったのか、カゴを持っていない左腕にひしっとしがみついてきたななせだったのだ。


「お菓子を見る前にちょっとお野菜のコーナー見てもいい? 実はお母さんからお使いを頼まれててさ」

「そ、それはいいんだけど……腕を組んだ理由って?」

「あ゛?」

「怖い声を出さない。昔のやつ、、、、が出てるから」

「センセが野暮なこと聞くからだし。てか、このくらいさせてくれてもいいじゃん。久しぶりに会ったんだしさ」

 注意をしたからか、ドスの効いた声はすぐに取れた。その代わりに少し甘えるような声に変えて上目遣いで見てくるのだ。


「最近の若い子ってこんなことしても恥ずかしくないの?」

「当たり前」

「ななせさんが嘘つく時って、視線が絶対逸れるよね」

「う、うっさい。ほら、つべこべ言わずにいくよ」

「おおわっ!?」

 先導されるように腕を持っていかれる空は、足をもつれさせないように必死だった。

 また、ななせとて赤くなった顔を見られないように必死だった。

 強気な態度を崩さない彼女であるも、あのブレスレットまで買わせるような相手と再会を果たしたのだから。



∮    ∮    ∮    ∮



「センセ、あたし今めっちゃ楽しい」

「それは俺も同じだよ」

 たくさんの買い物が終わり、二人はシメのお菓子コーナーにいた。

 昔と同じように膝を抱えて座り、下の段にあるお菓子を見ていた彼女は、ふとこちらに顔を向けてニッコリ報告してくれた。


「なににしよっかな〜」

「迷ったものは全部買っていいよ? せっかくなんだから」

 お金持ちというわけではない空がこのように言えるのも、彼女が常識の範囲を知っているから。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、体型維持しないとだから最低限にする。もう少しで大きな仕事が入る予定でさ」

「ほう……?」

「これずっと思ってたけど、センセと付き合う人、自分に厳しい人じゃないとめっちゃ甘やかされて太らされそう」

「あはは、なんだそれ」

 ずっと思われていたなんて初耳である。初めて言われたことでもある。

 思わず笑ってしまう。


「あのさ、センセ。一つ聞きたいことがあるんだけど」

「ん?」

「センセってこのあと用事とかあるの?」

「いや、仕事帰りだからあとは家でゆっくりするくらいだよ」


「そっか。あたしも大学が終わって帰るところだから、あとはウチでゆっくりするくらいなんだよね。このお買い物が終わったらセンセと別れちゃうのヤだなー、なんて」

「確かに近況とかお互い話したいね」

「ん!」

「じゃあ……どうしよっか。二人きりになれる場所いく?」

「は……? それホテルってこと? い、いきなり獣になんじゃん……」

 紫水晶のような綺麗な目を大きく見開いた彼女。完全に誤解している表情だった。


「ちょ、ち、違うって!! 個室でランチができるところだって」

「あ、あはは。だよね。ちょいビビった。あー、ちょっと顔あつ

 お菓子を見ながら手で顔を仰ぐななせは、ボソボソと弁明しながら言葉を続けた。


「個室でランチもいいんだけど、ほら……卵とかお肉とか買ってるし、別の場所がよくない? あたしの家とセンセの家で往復した後ってのもなんだし」

「うーん……」

 結局どこがいいのか? と頭を働かせれば、ななせはその答えを口にした。


「……だから、センセの家はどう? センセの家なら冷蔵庫もあるだろうから、あたしが買ったのも保存できるし、二人でゆっくりできるじゃん? 『一人で卵2パックは食べられない』って言ってたから、一人暮らしだろうしさ」

一人暮らしの男、、、、、、、の家に来るの?」

「襲えるもんなら襲ってみろってね。バーカ」

 下段から小分けにされたバームクーヘンを手に取ったななせは、買い物カゴに入れ込んだ後、『ベー』っと挑発的に淡紅たんこう色の舌を見せてきた。

 なんとも舐めきった態度を取ってくるが、空は知っている。


「ホテルの誤解であんなに恥ずかしがってたのに」

「も、もううっさいな……。ホテルと家は全くの別物じゃん。センセの家には昔、何度もお邪魔してるわけだし」

「その件なら、無理やりお邪魔してきたような……」

「記憶にない」

「さいですか。だけど今はあの家から引っ越してるよ?」

「知ってる。昔だけど偶然、、立ち寄った時、違う人出てきてたから」

 なぜか強調してきたが、その偶然を疑うようなことは誰もしないだろう。


「じゃあとりあえずセンセの家でOK?」

「大丈夫だけど、お母さんには連絡してね? 心配するだろうから」

「もちろんそうするって。昔のあたしはもう卒業したし」

 その言葉が口先だけではないのは、今の姿を見ればわかること。今日だって母親からのお使いを遂行していたのだから。


「あ、一ついいアイデア思いついた」

「なに?」

「先にななせさんのお家に寄って、お使いされた物を移動させない? その方がお母さんも助かるんじゃないかなって」

「確かにそうだけど、今日だけはお母さんにワガママ聞いてもらうから大丈夫。出前とか取ってもらってさ」

「そう?」

「うん、今日は少しでも長くセンセといたいし」

「……」

 本音を吐露するように柔らかい表情を一人浮かべたななせは——。



「あ、今のナシ!! ちょっと口滑っ……えい」

「——痛ッッ!?」

 慌てた後、いいアイデアが思いついたように間を開け……弁慶の泣きどころを的確に蹴ってきたのだった。

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