第14話 フラグ

 空が家庭訪問の提案をした日から5日が経った土曜日のこと。


「お姉さんすっごく綺麗ですね! 今時間とかありますか!?」

「全然ない」

 街中を歩いていたところで声をかけられ——ザシュ、なんて擬音が出るような即断をする彼女。


「こんにちは! お姉さん、今からちょっと協力してほしいことがあるんだけど大丈夫かな?」

「今忙しい」

 また別のところでは——ズバッ、なんて擬音が出るような即断する彼女。


「そこの綺麗なお姉さん! 今からちょっとだけ遊びにいかない? 好きなものも奢ってあげるからさ」

「いかない。いらない」

 さらに別のところで——ズババッ、なんて擬音が出るような即断をする彼女は、『チャンスがある』なんて可能性すら感じさせないような無表情さと冷淡さを見せていた。


 時刻は13時40分。

 そんな彼女……桜井ななせは、モデルの撮影を終えて歩いて大学に向かっていた。


「ここは相変わらずナンパ多すぎでしょ。これで気づけっての……」

 不良ヤンチャだった時の口調をボソリと漏らしながら、ななせは左手につけたローズクォーツのブレスレットに目を向ける。


「やっぱり、これだと彼氏がいるように見えないっぽい……のかなぁ。いいアイテムだと思ったんだけど」

 紅水晶ラブストーンをつけていれば、『あのバカ』に会えるかもしれない。さらに、このパワーストーンの意味を知っていれば、近寄ってくる男も少なくなるかもしれない。

 そんな二つの意味で購入したものでもあるが、効果が弱すぎると最近は実感していた。


「アイツからもらったミサンガはもう切れちゃったし……。あのポーチは使えないし……。てか、この二つってコレよりも効果薄いだろうし……」

『あのバカ』と別れてもう2年以上が経つ。今までにプレゼントされたネイルオイルや香水は使ってしまった。

 今、形として残っているのは、『あのバカ』との最後の授業でもらったブランドのポーチだけ。

『夢に向かって頑張ってね。ななせさんなら、このメーカーさんと一緒にお仕事ができるはずだから』と、渡されたもの。

 お母さんに自分が好きな、、、、、、メーカー、、、、、秘密裏に確認した上で、プレゼントされたもの。


「もっと使いやすいプレゼントをしろっての……。だからバカって言われるんだし……」

 頭の中に浮かんだアイツの笑顔をビンタしたななせは、少しスッキリしたように足を進める。

 そんな時だった。


 ポケットに入れていたスマホが振動を始めたのだ。

「マネージャかな?」

 周りの邪魔にならないように、歩きスマホにならないように、隅に移動して立ち止まったななせは、ポケットの中から取り出して確認。

 そして、『お母さん』の表示を確認してすぐに電話を取るのだ。


『ナナちゃん、今大丈夫〜?』

「うんうん。今撮影が終わったとこだから大丈夫。それでどうしたの? お母さん」

『えっとね、今日の16時からいつものスーパーでお肉と卵とお野菜のタイムセールがあって〜。もし時間があったら適当に買ってきてほしくて。お母さん、今日のお仕事遅くなっちゃうから』

「りょ〜かい。だけど、今から大学で1コマ受けないとだから、30分くらいタイムセールには遅れるかも」

『寄ってくれるだけでもありがと〜』

「はいはい。それじゃ、忙しいところだろうし電話切るね。お仕事頑張ってね、お母さん」

『頑張るね〜』

 簡単なやり取りで電話を終わらせたななせは、すぐにスマホの画面を切り替えてスケジュールアプリに『スーパーに寄る。絶対』と追加する。


「……本当、センセに会えなかったら、あの時センセが怒ってくれなかったら、今のあたしはどうなってたんだか……」

 反抗期だった当時。荒れていたあの時を思い出すななせは、目を細めて感謝を溢れさせる……が、素直になるのもここまでである。


「って、いつか絶対、あたしもあのバカに説教してやるし。あの説教ウザかったし……」

 いつか必ずムチを入れてやる。自分より頑張ってなかったら説教してやる。そんなことを密かに思うななせだった。



∮    ∮    ∮    ∮



 その同時刻。


「紗枝さんの家庭訪問まで一ヶ月……と」

 休日出勤をして仕事に励む空は、スケジュールを確認しながら例の資料作りに励んでいた。


「できるだけわかりやすいものを作っておかないとな……」

『ご家族と相談したい』そんな提案をした翌日には、紗枝の自宅で家庭訪問を行うことが決まった。

 紗枝のご両親も参加するものだと思っていた空だが、家庭訪問の予定日、父親は出張になっているらしい。

 つまり、紗枝と母親、空の三者面談のようになるということ。


(紗枝さんの反応からするに、あえてその日にしたっぽいけど……)

 家庭教師を行なっていた2年前と変わらぬ構図にするために。


(ま、まあ……面談しやすいのは違いないから、立派になったところをちゃんと見せられるようにしないとな……)

 当時、紗枝の母親には本当にお世話になったのだ。

 デザートを買ってきてくれたり、貰い物をプレゼントしてくれたり、夕食をご馳走してくれたり。

 一人暮らしをしていた空にとって、そのおもてなしは本当に嬉しいことだった。


「さて、もう少し頑張るぞ……」

 すでにノルマを終わらせている空は、いつでも帰宅できる状態だが、あえて残っている。

 立派になった姿を見せたい。さらには『頼ることができる担任』だと思ってもらえるように、時間を費やすのだった。


「あ、そう言えば……今日の16時からあのスーパーでタイムセールがあるんだっけ」

 来店した時にもらったチラシを思い出し、そう呟く空だった。

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