第11話 密かなからかい

 土曜日、日曜日と週末が過ぎ……月曜日。

 本日最後の授業となる7時間目のL H Rロングホームルーム中のこと。


 教室の中を軽く掃除した後。学校行事の確認。アンケート調査。さらには大学の進学希望調査。

 やるべきことを全てやり終えた空は、腕時計を見ながら声を漏らしていた。


「残り20分……。時間が余っちゃったか……」

 今日の3年A組の出席率は100%。仕事で忙しい紗枝も登校してくれている。

(時間ピッタリで決められたら、しっかりしたところをアピールできたんだけどなぁ)

『印象は変わらないんじゃ?』なんて思うかもしれないが、教師としてはどうしても気になる部分である。

 心の中で渋い表情をしながら、教壇の上で残り時間の使い道を考えていたその時である。


「空先生! 残りの時間は質問タイムにしてほしいです!」

「質問タイム……?」

「はい!」

 クラスのムードメーカー。そんな男子生徒がパッと手を上げ、元気よく意見をしてきた。


「始業式の時の自己紹介は本当に軽くだったので、もっといろいろ聞きたいなと!」

「あ、あはは……。それじゃあ自習をしたい人は自習をして、自分に質問がある人は質問する時間にしましょうか」

(自分に興味がある人は少ないと思うけど、そう言ってもらえるのは嬉しいな……)

 すぐに質問が途切れるだろうと予想する空だが、笑顔で受け入れる。


「では、質問がある方——」

 と、口にすれば被せるようにパッと手を上げるクラスの子が3人いた。


「えっと、じゃあまずは提案者の森田くん」

「ありがとうございます! では、空先生は今まで何人の異性とお付き合いしたことがありますか!」

「ッ!? そ、そっち?」

 この質問を投げられた瞬間である。自習に取り組もうとしていた生徒まで顔を上げ、注目の視線を送ってくる。


「……い、いきなりぶっ込んだな。さすがはFWフォワードの森田」

「だけど、正直気になるよな……。先生イケメンだし……」

「わたしも気になりますっ」

 仕事上のことかと思えば、プライベートすぎる質問。

 教室はガヤガヤと盛り上がり始める。

『教えて! 教えて!』そんな感情がひしひしと伝わってくる。


「え、えっと……そうですね……」

 質問タイムを設けた手前、注目をされている手前、黙秘もしづらい。

 FWフォワードの森田にやられた……。なんて思いながら、空は濁して答えるのだ。


「ま、まあ……直近でしたら、大学生の時に……ですかね」

「サークルで知り合ったんですか!?」

「ちなみに、どっちから告白をしたんですか!?」

「その時のセリフも教えてほしいです!」

「彼女さんとの初デートはどこにいきましたか!」

 矢継ぎ早に飛ばされる質問。今、自習に取り組んでいる生徒は誰もいない。真面目で頼り甲斐がある委員長ですら、目をキラキラ輝かせている。

 クラスの生徒ともっと仲良くなるには、こうしたやり取りも必要なのだろうが、内容が内容だ。


「もろもろの質問はみなさんの想像にお任せします」

「そ、そんなぁ!」

「先生酷い!」

「めちゃくちゃ気になるのに!」

「敗因はガッツいてしまったこと……か」

 悲願や落胆している生徒達。だが、必要以上に騒がないところが素晴らしいところ。


(顔は……なんとか大丈夫だな……)

 空は学生時代、よくからかわれていた。

 恥ずかしくなった時やお酒を飲んだ時、すぐに顔が赤くなると。

 今はもう教師の立場。そんな情けない姿を見せるわけにはいかない。

(この場には、立派になった教え子もいるのだか——)

「——まだ、その彼女さんのこと気になっていますか。空先生」

 空気を切り裂くかのような、冷静な声。

 ジトリとした視線。

 噂をすれば影、である。

『わたし、そのお話聞いたことない』なんて秘密裏に伝えてくるように、目力が入っている。


「あ、あはは……。そんなことはないですよ。もう連絡も取り合っていないので」

「そうですか」

 やり取りはたったのこれだけ。

 抑揚なく素っ気ない返事をした紗枝は、プイッとそっぽを向いてボブの銀髪を揺らした。


(ふふ。本当、二人きりの時とは全然態度が違うよなぁ、紗枝さんは。教え子だからって変な噂をされないように、演技してくれてるんだろうな……)

 素のリアクションを取られていることに気づかない空である。

 そんなことをつゆ知らず、『気を遣ってくれてありがとう』と感謝する空でもある。


 それからも恋バナはもう少し続き、ようやく話題が変わる。


「先生っ! 先生は学生の頃、アルバイトとかされていましたか?」

「自分は大学生の頃、家庭教師のバイトをしてましたね。教師を目指すようになったのも、このアルバイトがキッカケです」

「えっ! 空先生、家庭教師をしていたんですか!? 実は、僕の兄も家庭教師のバイトをしているんですよ!」

「おおっ!」

 FWフォワードの森田がここで椅子から立ち上がり、どこか興奮したように伝えてくる。

 空も同じバイトを経験しているだけに少し興奮気味である。

「空先生は家庭教師のバイトどうでしたか!? 僕の兄、めちゃくちゃ大変そうなんですよ!」

「ははっ。楽しくこともありましたが、大変なことももちろんありましたよ」

「例えばって聞いていいですか!?」

「そうですねえ……。なかなか心を開いてくれない子もいて、お手洗いに行っている間に自分が買ってきたパンを食べられたり、ですね」

「っ」

 この時、教壇から見えた。一人の生徒がビクッと肩を揺らしたところを。


「マ、マジですか……」

「ご飯を強奪されるほど大変なのか……。家庭教師って」

「すげえ世界だな……」

「だな……」

「ですが、とてもやり甲斐があって、やってよかったと思えるお仕事ですね」

 目を丸くして驚いている生徒の声を聞きながら、総評を入れる空。

 とある生徒を再び見ると、首元が赤くなっていたのだった。





 その数十分後。

 LHRも終わり、帰りの会が終了した際。

「空先生。放課後……いいですか」

 頬を朱色に染めた紗枝にこう言われる空だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る