第10話 幼なじみの転生は気付けない(10) SIDE マリー
SIDE マリー
街で最近、『勇者』が噂になっているらしい。
なんでも異例の早さで強くなっているとか。
おかげで、街の近くでの魔獣の被害が激減したとか。
今日はその彼との謁見だ。
私が勇者との謁見を希望したことを(この世界での)父は不思議がっていたが、そんなことを気にしている場合ではない。
一刻も早く周囲の好感度を上げないと、命にかかわるからだ。
私の!
それとなく自分の評判を探ってみたのだが、出るわ出るわ問題行動の数々。
雲の形が気に入らないという理由で民家を燃やしたり、会ったこともない人の結婚が気に入らないからと裏から手を回して別れさせたり、街を塞いだ町人を一晩広場に吊るしたりと、それはもうやりたいほうだいだ。
とっくに100回は暗殺されていても文句は言えないレベルである。
ということで、私の急務は周囲の好感度上げというわけ。
今回の作戦はこう。
街で評判の勇者に労いの言葉と褒美を与える。
成果をだせばギルド以外からも報酬が貰えるならと、冒険者のみなさんはより頑張ってくれるはず。
そうすることで街の経済はまわり、そのきっかけを作った私の評判も少しはよくなると。
まあ……そう上手くいくかはともかく、一歩ずつでも進まないと、夜もおちおち眠れやしない。
そんなこんなでやって来ました勇者君。
大きな謁見室の扉の向こうから、2つの足音がやってくる。
一つは案内役のもの。
もう一つが勇者のハズだけど……あれ……この心が高鳴る足音はケン?
革製の靴が石の床を歩く音じゃ区別しにくいけど、このリズムは愛しい幼なじみと同じものだ。
「失礼します」
謁見室に入ってきたのは、私がこちらの世界に転生してきた時にいた青年だ。
装備はあの時よりもしっかりしたものになっているけど。
革製ではあるが、動き安さ重視ながらもそれなりに身を守ってくれそうだ。
ああ……確認したい!
ただ一言、「あなたはケン?」と聞いてみたい!
もし目の前にいる彼がケンだったなら、これ以上運命と呼べる出会いはないのに!
でも同じ足音をした別人だったら、私の頭がおかしいという評判まで追加されてしまう。
ここは我慢だ。
彼がケンがどうか確かめる機会はまたきっとやってくるはずだもの。
はぁ……はぁ……胸が苦しい。
うっかり同窓会なんかで再会しちゃったから、ケン欠乏症が再発しちゃったみたい。
せっかく世界も変わってあきらめたのに、大好きな人の足音なんて聞いたらそりゃ発作もおこそうというものだよね。
はっ!?
いけないいけない。
考え事をしているうちに勇者さんがこちらを見上げている。
そもそもこの部屋、お客さんが私を見上げる感じになっているのがまずダメだよね。
いかにも玉座の間です、って感じがするもの。王族でもないのに。
こういうところから直していかなきゃね。
私は椅子から立ち上がると、勇者の前へと降りていった。
それだけで周囲が緊張に包まれるのがわかる。
庶民に歩み寄ったのがそんなに驚くことかぁ……先は長そうだなあ。
「こちらをどうぞ」
すると、近くに控えていた兵士が私に剣を差し出してきた。
いや、「どうぞ」じゃないんだわ。
ご褒美は剣じゃなくて、わかりやすい金品にするって打ち合わせたはずだけど。
「剣はいらないわ。彼も使い慣れたものがあるでしょうし」
「はっ! そうでありますね! どうせ血で汚すのであれば、自身の物でせよということですね!」
青年と呼ぶには少し歳のいったその兵士は、「わかってますよ」という顔で剣を収めた。
「ほら、その剣を出せ」
そして、勇者さんによくわからない要求をする。
「待って待って。どういうこと?」
「この男を処刑するのでは?」
「なんで私が近づいただけでそうなるかな!?」
「え!? マリー様が庶民を処罰するのに理由が必要なのですか!?」
めっちゃ驚いてる!
これガチで驚いてるやつだ!
そんなん私の方がびっくりだよ!
「最近活躍してる勇者さんにご褒美をあげるって話は通してあるでしょ?」
「いつものように気が変わったのかと……」
いつもかぁ……そうかぁ……。
「違うから。私が出してほしいのはそっち」
私が指さしたのは、侍女が銀のトレーに置いたペンダントだ。親指の爪ほどの小さな蒼い宝石があしらわれている。
「勇者さん、お名前は?」
「ケインです」
どん引きした顔で応えた彼の名は、私の思い人に似ていた。
ねえ、やっぱりケンじゃない?
ああ聞きたい!
でもこれ以上話をややこしくするわけには……っ!
くぅっ!
ここでふと、昨晩マリーの父とかわした会話を思い出す。
『転生魔法はよくできているが、人格が入れ替わるせいで平民にしか使えないのが難点だな。貴族に別の人格を入れるわけにはいかんからな』
『そ、そうですね……』
『お父様、もし私の人格が入れ替わったりしていたら……』
『もちろん、私のかわいい娘を乗っ取った輩など、生かしておくわけがないな、がっはっは!』
『そ、そうですわよねー』
あなたの娘の人格が入れ替わってますよー!
だめだ、私が『マリーではなくなった』ことは誰にもバレてはいけない。
なぜまだバレてないのかは不思議だが、今までの行動がエキセントリックすぎたせいだろう。
暗殺と父から殺される心配を同時にしないといけないなんて、なんて人生だ!
とりあえず、目の前のことをなんとかこなしていくしかないよねもう……。
「最近ご活躍のようですね。これはその褒美です」
私は彼にネックレスをかけてやる。
「はぁ……」
あれぇ?
喜んでもらえるとおもったのに、うさんくさそうな顔で見られてるよ?
「街のために活躍した冒険者にはこれからも褒美を出して行きたいと思います。街を護ってくださいね」
「はい」
「今日はありがとうございました。下がってください」
私の「ありがとう」に周囲がまたざわつくが、もう気にしないことにする。
これからだよ! これから!
礼をしたケインは、じっと私の目をみると「あの……」と口を開いた。
「何か?」
「いえ、なんでもありません……」
なんだろう、おかしなところがあっただろうか?
……おかしなところばかりだった気もするね!
ケインが部屋を出て行くのを見届けると、どっと疲れが出た。
会社員時代の上司の気持ちが少しわかった気がしたよ。
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