★ユキタの不安

 ユキタは、店の庭先で花を植えていた。

 出てきた私の顔を見て「お疲れさま」と言ってくれる。淡い白の花をバックにしたユキタはどこかお伽噺の中みたいで、いっそ不自然なほど釣り合っていた。

「案山子、譲ってもらえることになったよ」

「そっか。よかった」

 意外にも他人事みたいな声色で、私は少し首を傾げる。

「嬉しくないの?」

「よかった、とは思うけど……身体があってどうしようかは、よく分からないな」

「帰ら……りたくないの?」

「わからない。なんとなく、帰ってはいけないような気がする。僕のいるべき場所はここで、ここから出たら何もかもなくなってしまうような――少し、不安なのかもしれない」

 翔くんは、現実に帰りたくないのかな。

 私は頭がもやっとするのがわかった。翔くんは今、一部記憶喪失になっている。もし翔くんにあちらへ帰れない理由があるのだとしても、私だって出会う前の翔くんのことはわからないし……どうにもできないんだ。翔くんはむしろ人気者だったように思うんだけどな。

 翔くんがになっていって、ろうそくみたいにふっと揺らいで消えてしまうような気がした。

「あ、あの、本。翔くんにはまだ本を貰ってないよ。現実に戻ったら紹介して、約束だったでしょ?」

「……本?」

 翔くんを繋ぎ留めたくて言い募ったのに、返ってきた返事はそれだった。

 兎面は無機質な兎の顔のままで、翔くんの思いは読み取れない。白の花が後ろでさざなみのように揺れる。

「……なんでもない。それより、何の花を植えていたの?」

「――クロッカス。本当は春に咲くんだけど、ここでは季節関わらず咲くみたいだね」

 うん、と頷く。当たり前の会話ができて、少しだけほっとした。

「翔くん、私、次は貸出屋に行こうと思う」

「貸出屋……?案山子を作ってるところ?なんでまた」

「翔くんの身体はそこから買ったんだって。なにか知ってるかもしれないでしょ?それに、昔のことを教えてもらいたい」

「昔の……」首を傾げられる。私はひとつ頷いた。

「私、ここに来たことがある……らしくて。どうしていたのか知りたい。なんで何も覚えてないのか、黒マントの英国紳士が誰だったのか、探したくて」

「黒マント?」

 ふは、とユキタが噴き出した。

「いいね、面白そうだ。案山子を掘り出しいたら僕も行くよ。道に迷ったらいけない」

 私も少し笑った。ユキタはやっぱり世話焼きだ。

 ……そして、翔くんが今こんな事になっているのは、私のせい。

 自分に言い聞かせる。忘れないために。翔くんが優しいせいで、私はどことなく不安になる。

 ちゃんと元に戻さないと。右耳をちょこんと折るユキタを見詰めて、私は拳を握り締める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 20:00 予定は変更される可能性があります

明日の夢で雨が降ったら 七々瀬霖雨 @tamayura-murasaki-0310

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ