お客様の中に“数学の出来る方”はいらっしゃいませんか?
テラ・スタディ
何だこのアナウンス…?
機内アナウンス「お客様の中に数学の出来る方はいらっしゃいませんか?」
A(…数学の出来る方?)
B(医者じゃないのか?)
C(数学ができる奴呼んで何すんだよ…)
D(というか…)
E(そもそも…)
A,B,C,D,E(((((「数学の出来る方」の定義って何だ?)))))
A(…落ち着いて考えてみよう)
B(取り敢えず医者の場合について考えるか)
C(「医者」の定義は確か、広辞苑では「病気の診察・治療を職業とする人」だったな)
D(そして、「医師」は「所定の資格を得て、病気の診察・治療を業とする人」だ)
E(今乗っているのは日本に所属する機体だから、日本の法律が適用される)
A(医師法第十七条には「医師でなければ、医業をなしてはならない。」とある)
B(また第十八条には「医師でなければ、医師又はこれに紛らわしい名称を用いてはならない。」ともある)
C(つまり今の状況では、「医師⊂医者」ではなく「医師=医者」としても問題無いだろう)
D(そして「所定の資格」というのは恐らく「医師免許」のことだろう)
E(医師法第二条には「医師になろうとする者は、医師国家試験に合格し、厚生労働大臣の免許を受けなければならない。」とある)
A(また医師国家試験合格後、2年間の臨床研修を受ける)
B(その後、医師として勤務し、専門分野の資格取得を目指し、3年から5年の専門研修をするという)
C(「医師」と呼ぶには臨床研修を終えている方が良いかも知れないが、研修医がドクターコールに応じたという話もある)
D(ここでは「医師免許を取得している、医療従事者」としよう)
E(つまり、機内アナウンスでいう「お医者様」というのは「研修医も含む、医師免許を持ち、病気の診察・治療を業とする人」と解釈しても良いだろう)
A,B,C,D,E(((((…じゃあ、数学ならどうなるんだ?)))))
A(…安直に考えれば数学者か…)
B(だが、「数学者」の定義が曖昧だ…)
C(数学者になるために、医師免許のような資格は無いが、それ故に、数学者としての認識は他者に依存する)
D(街中で「俺は数学者だ!」と叫んでも、意味が無い)
E(数学者と認識されるためには、研究結果などの業績を残さなければならないだろう)
A(大多数が思い浮かべる数学者は、恐らく大学の教授が多いだろう)
B(だが、「数学者ならば大学教授である」ということでは無いし)
C(「(数学を専門とする)大学教授ならば数学者である」というわけでもない)
D(この議論は少し難しいから、取り敢えずイコール関係では無いということを言っておく)
E(結論として、「数学者」の定義は難しく、「他者から数学者と呼ばれるような人」としか言うことができない)
A(数学者についての議論はここで終わろう)
B(今回の要点はそこでは無いからな)
C(それにアナウンスの文言は…)
D(「数学者様」では無い)
E(求められているのは…)
A,B,C,D,E(((((「数学の出来る方」だ…!)))))
A(ここで言う「数学の出来る」度合いが分からない)
B(重要なのが、「部分的に」出来れば良いのか、「完璧に」出来なければならないのかだ)
C(もし仮に、中学で最初に習う正負の数やら因数分解やらだけでも出来ることを「数学が出来る」と言うならば、この場にいる多くの人間が該当するだろう)
D(この見方は、小学校で習う「算数」ではなく、あくまで中学以降で習う「数学」だという、所謂教科を区別するという解釈だ)
E(この解釈なら私にも該当するだろう)
A(だが、もし仮に完璧なまでに「数学が出来る」人を求めているならば…)
B(私が名乗り出るのは烏滸がましいというもの)
C(それに、この世に未解決問題が残っている以上、我々人類は数学を完全に理解しているとは言えない)
D(つまりこの後者の意味で捉えるならば、この機内はおろか)
E(世界のどこにも、自信を持って手を挙げる者はいないだろう)
A(…やはり前者の「部分的に」と解釈した方が良いだろう)
B(後者の捉え方に則って沈黙を貫くという選択もあるが…)
C(この機内には、取り敢えず「他人」を願う者がいる)
D(そして私は一応数学を専門とする者)
E(該当し得る可能性があるのに、アナウンスに秘められた文意を考えないことがあるだろうか?)
A,B,C,D,E(((((いや、無い!)))))
A(もし仮に「部分」の範囲が高校数学程度で上から抑えることができるのだとしたら)
B(きっとそれは私でなくても良いかもしれない)
C(理系を選択し数学Ⅲを履修して、受験勉強を頑張った者なら、それに応えることができるからだ)
D(だが、「部分」の範囲を上から大学数学で抑えていた場合、それに該当するのは数学科か数学オタクとなる)
E(しかし、もはや推論はここまでだ…)
A(アナウンスから読み取れる情報では、これ以上の思考は不可能)
B(ここからは推論ではなく、妄想となってしまう)
C(つまり「なぜ」数学の出来る方を欲しているかだ)
D(それを考える必要がある)
E(それを考えるには先ず…)
A,B,C,D,E(((((この機内で何が起こっているかを考えなくてはならない!)))))
A(…目視確認では、特に異常が起こっているようには見えない)
B(もし機体に異常が出たならば、どちらかというと数学より物理学や工学の範疇と考えるだろう)
C(つまり、機体トラブルなどでは無く、人間の要望が介在している可能性が高い)
D(誰かが数学の出来る者を探しているということだろうか?)
E(普通医者を呼ぶのは患者がいるからだ)
A(考えられるには、患者=問題というパターンか)
B(つまり「この数学の問題を解いて欲しい」という状況だ)
C(何のためにその問題を解かなければならないのかはわからないが)
D(それ以外に考えれない)
E(私が解けるかどうかは置いておくとして…)
A,B,C,D,E(((((その問題を見てみたいものだ!)))))
A(しかし…名乗り出るには勇気がいる)
B(もし私の能力の範疇を超える難問だったとしたら…)
C(医師は医師法第十九条「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」というのがある)
D(これに関しては解釈の違いがあり、未だはっきりしないが、一応このような条文があり、医師は対応しなければならない)
E(しかし数学にそんなものはない。名乗り出なくとも、法的責任はないのだ)
A(なら私は…)
B(あらゆる可能性を鑑みて…)
C(数学が出来る者を呼ぶアナウンスに…)
D(悔しくはあるが…)
E(手を挙げることは…)
A,B,C,D,E(((((しない!)))))
そして五人は沈黙を貫いた。
ちなみにCAが考えていた「数学の出来る」程度は、単に受験数学が出来るというもので、これといって深い意味は無かった。
お客様の中に“数学の出来る方”はいらっしゃいませんか? テラ・スタディ @Teratyan
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