古代の聖女編

第26話 帰国ですわ

「ただいま戻りましたわ。」


「ただいまー。」


 セリアとキャロルは、約一ヵ月半ぶりにベリオーテ公爵邸に帰って来た。


「2人ともお帰り。セリア、手紙は読んでくれたかい?」


 ケイスが2人を出迎える。実はこの男、最近では毎日2人が戻って来るのを待っていたのだ。


「えぇ。3人目の聖女も見つかりましたわ。」


「本当かい!? 正直ダメ元だったんだが。」


「友達になってきたんだよ!」


「凄いじゃないか!」


「ドゥーで冒険者をやっている聖女アリエンナ様という方でしたわ。距離が離れ過ぎていて、こちらには情報が伝わっていなかったのだと思います。」


「確かに、ドゥーとイリジウム王国では距離があり過ぎる。いかに教会と言えども、情報が伝わっていなくて当然だな。早速使いの者を出そう。」


 ケイスは使者に手紙を持たせ、教会に送り出した。


「お土産もたくさん買ってきましたわ。」


「あとね、向こうの王女様とも友達になってきたよ。」


「おぉ! 何だか楽しそうな話がたくさん聞けそうだ。」


 嫁大好き男のケイスは嬉しそうに2人の話に耳を傾けた。


 余程寂しかっただろう事が伺えるケイス。


 そんな寂しんぼに、セリアとキャロルはフェルミト王国での出来事を語って聞かせる。


 聖女アリエンナ、冒険者ギャモーと友達になり、その2人と変な実験をして遊んだ事。


 王女ルディアと友達になり、キャロルと魔法を教え合った事。


「今回のお土産の中では特にこれが面白いですわ。」


 そう言ってセリアは古代語の書かれた本を取り出し、ケイスに手渡す。


「これが聖なる幽霊が出て来た本か。開いてみても?」


「どうぞ。」


 ケイスが本を開くと……


『うぼあ゛ぁぁぁ』


「ひぃぃっ!」


 中からは半透明の美しい女性が現れ、彼を驚かす。


『私は聖なる幽霊。』


「こんにちは。」


「久しぶり。」


『えぇ。こんにちは。私が飽きてしまいますので、定期的に本を開いて下さい。』


「わかった。」


「な、なぁ……話には聞いたけど、本当のお化けじゃないか。」


 ケイスは聖なる幽霊が怖いようだ。


『お化けではありません。聖なる幽霊です。ふざけた事を言っていると、聖なる暗黒魔法を使いますよ?』


「ご、ごめんなさい。」


 彼は自分が公爵であるなどというプライドを即座にかなぐり捨てて謝った。怖いから。


『許しましょう。ところで、アッポーパイが食べたいのですが。』


「幽霊でも食事を致しますの?」


『勿論です。人は食事をしないと生きていけません。』


「人じゃないよね。」


「そうだよな。」


 ケイスとキャロルはコソコソと内緒話をしている。


『何か?』


「何でもありません!」


 彼は即答し、キャロルは私関係ありませんという顔で口笛を吹く。


「アッポーパイとは何ですの?」


『アッポーで作ったパイです。』


「アッポーって何?」


『アッポーとは、赤くて酸味と甘さが同居した……シャリシャリとした食感の素晴らしい果物です。』


「もしかしてリンゴの事でしょうか?」


「それかも。」


「リンゴなら朝食のデザートで食べたから、まだあるかもしれない。」


 ケイスは全力疾走で厨房へ向かった。


『貴女の下僕、なかなか働き者ですね。』


「私の旦那様ですわ。」


 どうやら彼のおどおどした態度が原因で、幽霊からは下僕と見られてしまったらしい。


「あながち間違いでもないかもね。きっとセリアが下僕になれって言えばなってくれると思うよ?」


「流石にそれは……楽しそうですが外聞が悪過ぎますわ。」


「それもそうだね。」


「戻ったぞ! これの事か?」


 ケイスは手に持ったリンゴを幽霊に見せる。


『アッポーです……360°どの角度から見てもアッポーです。これでパイを作って下さい。』


「料理長にお願いして来よう。」


 彼は再び全力で走り出す。


『本当に下僕ではないのですか? 彼、パシリの才能が溢れ出てますよ?』


「才能はありますが、本当に旦那様ですわ。」


『にわかには信じ難いですが……』


「ケイスはセリアの旦那だけど、下僕も兼任してるみたいなとこあるから幽霊さんもこんがらがっちゃうんじゃない?」


「私はそういうつもりはなかったのですが。」


 聖なる幽霊と2人が会話していると、ケイスが戻ってきた。


「時間をくれれば作るそうだ。」


『良くやってくれました。お礼に貴方を私の下僕にしてあげましょう。』


 聖なる幽霊はとんでもない事を言い放つ。


「だ、だめだ! 俺はセリアの下僕なんだ!!」


 決意したような顔のケイスから問題発言が飛び出した。


「え?」


「旦那様?」


「いくら聖なる幽霊とは言え、それは聞けない!!」


 ケイスは震えながら宣言する。


 恐怖に立ち向かう姿はまるで、全国の下僕を代表した勇者のようであった。


『やっぱり下僕なんじゃないですか。』


「あの……本当に違うのですわ。」


『真なる下僕とは、本人が心の底から望んで相手の下に就く者。そして、相手が上位者だと自覚しないうちに密かに下僕としての存在意義を全うする者の事だったのですね。』


「変な風に納得しちゃった。」


『見事な下僕根性に免じて、特別に私の下僕にならない事を認めます。』


「あ、ありがとう!」


 ケイスは涙し喜んでいる。


「ちょっと見ない間に変になっちゃったね。」


「そうですわね。あまり長期で留守にしないように致しますわ。」


 セリアは今後、何かあった時はケイスも連れて行こうと決心した。

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