第17話 聖女の実験

「聖なるヒマ人?」


「非魔神、つまり魔神にあらずって事じゃないかしら?」


「俺はヒマ人だと思うぜ。」


「私は火の魔神だと思いますわ。」


『はい、そこの貴族っぽいお嬢様。正解です。特典として筋肉を強くしてあげましょう。』


「……それは見た目に変化はございますの?」


『見た目に変化はありません。美しさを損なう事なく、圧倒的な力を得る事が出来ます。』


「では、お願いしますわ!」


『ほい。』


 魔神は、軽くやる気のない声を出すだけだった。


「……強くなりましたの?」


『これをどうぞ。』


 そう言ってセリアが受けとったのは、大きなダイヤモンドだった。


(これを握りつぶしてみろという事ですわね?)


 彼女が力を込めると、あっさりと握り砕く事が出来てしまった。


(凄いですわ。)


『あー!! 壊した!! 何でそんな事するの!?』


「あの……壊してみろという意味ではございませんの?」


『違いますー。そんな事言ってませーん! これだから貴族のお嬢様は…ぶべらっ!!』


 聖女アリエンナがその手に持つ杖で、魔神を強かに打ちつけていた。


「すみません。イラっとしました。」


「じゃあ私もついでに、ですわ。」


『いだだだだいだいいだいぃー!!』


「うわ……痛そぉ。」


「こりゃひでぇ。」


 セリアは倒れている魔神の背中の肉を、先ほど身につけた力でもって握りしめていた。



『酷い目にあった。最近の若者はすぐにキレる……。さあ早く願いを言って下さい。』


(なんだか投げやりになってしまいましたわ。)


「じゃあ、お金持ちにして。」


『ふむふむ。』


「私は世界の半分が欲しいですわ。」


『ほう。』


「俺は強い剣が欲しい。」


『そうか。』


「私は……村人からの迫害を無くして下さい。」


 3人の視線が聖女アリエンナに集中する。


 なんとなく事情を察したセリアとキャロル。


『なるほど……。』



「「「「……」」」」



 全員が沈黙している。


 そして魔神もまた沈黙していた。


「ねぇ。願い事は?」


『聞きましたが?』


「叶えてよ。」


 キャロルが催促している。


『聞くだけ聞くと最初に言いましたよ? ですから、聞きました…ぶへっ!!』


 ブッ飛び公爵夫人のビンタによって魔神がブッ飛ばされていた。


「少々お待ちください。ランプを握りしめてみますので。」


 セリアのこめかみには青筋が浮かんでいた。


『あっ! 待って……待って下さい! 筋肉を強くしますので!!』


「そんなのいらないし。暴力聖女なんて言われちゃたまんないよ。」


「暴力は良くありませんしね。」


 ギャモーはアリエンナを訝しむように見つめている。


「ギャモー? どうかしましたか?」


「……なんでもねぇ。」


「無抵抗の相手を倒すのは気が引けますわね。貴方、何が出来ますの?」


『は、はい! 筋肉を強く震わせると火の魔法が出せます!』


「……無能ですわ。」


『あっ! あと、歌が得意です!』


「それは……役に立ちますの?」


『暗い歌が好きなので、皆暗くなります。』


「普通に嫌なんだけど。」


 キャロルがジト目で魔神を見ている。


『はははっ。皆さんのように、過激な人を大人しくさせるのに役立ち……』


 グシャッ!!

 ドギャッ!!


 セリアはランプを握りつぶし、同時にアリエンナは魔神を杖でブッ飛ばす。


 直後、魔神はスウッと消えてしまった。


「ランプの実験は失敗ですわ。」

「ランプの実験は失敗ですね。」



「……2人が納得するならそれで良いんじゃねぇか?」


 ギャモーがポツリと呟く。


「それでは最後、本に魔法を込めてみる事に致しましょう……と言いたい所ですが。」


「休憩、というか今日はおしまいにしないと。長時間同じ体勢は辛いからね。」


「そうですね。また明日にしましょう。」


「そうしようぜ。」


 聖女アリエンナと冒険者ギャモーは、自分達の割り当てられた部屋へと戻っていった。




 そして翌日……4人は再び集まり、本に魔法を掛ける。


 本はブルブルと震えだし、独りでに最初のページが開かれた。


 不思議な事に……古代語で書かれていたのにも関わらず、何故か全員が文章を読み解く事が出来るようになっていたのだ。


 全員で読んでみる。



『〇月〇日 晴れ

 幼馴染のダニエルが告白してきた。嬉し過ぎて、今日から日記を書く事にした。


 〇月〇日 晴れ

 ダニエルがお花をプレゼントしてくれた。嬉しい。


 〇月〇日 晴れ

 ダニエルが昨日とは違うお花をプレゼントしてくれた。嬉しい。


 〇月〇日 晴れ

 ダニエルが見たことも無い珍しいお花をプレゼントしてくれた。嬉しい。』



「誰かの日記みたいだね。」


「そうですわね。」


「特に変わった所もねぇし、普通だなこりゃ。」


「そうですね。もう少し後のページを開いてみましょう。」



『〇月〇日 晴れのち曇り

 ダニエルは毎日お花をプレゼントしてくれる。仕事は?


 〇月〇日 晴れ

 ダニエルが今日もお花を持ってきてくれた。仕事は大丈夫か聞いたら曖昧に笑っていた。


 〇月〇日 曇り

 もう何度目だろう。ダニエルがお花を持ってきた。仕事の事を聞くと、彼は不機嫌になった。


 〇月〇日 雨

 ダニエルに毎日じゃなくても良いと伝えると、あからさまに不機嫌になった。


 〇月〇日 雨

 ダニエルがお花をプレゼントしていた。違う女に。』



「ここから文章が読めなくなっていますわね。」


 以降の文章は、強い筆圧で何度も直しては塗りつぶしたような形跡があった。

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