散歩の七百二十話 虎の威を借る狐
結局、かわいがりを受けているあの獣人以外は、数が多いだけで何も問題はなかった。
獣人は、ヘロヘロになっても次々と相手が待っているので、ひたすら手合わせが続いていた。
チラリと横目で見ていたけど、大した実力じゃなかった。
よくあの程度の実力で大口を叩いたものです。
「うーんとね、こっちの武器の方がいいよ」
「こっちがお勧めだよ」
フランたちの武器選びも好評で、多くのものが自分に合った武器を選んでいた。
こうして何とか新人冒険者向け講習は終わったのだが、ヘロヘロになって地面に転がっているあの獣人が僕たちに悪態をついてきた。
「はあはあ、く、くそ! お、俺は、獣人の頂点として名高い、あ、あの西の辺境伯様の縁者だぞ! お、俺に喧嘩を売ったら、どうなるか、知らねーぞ!」
うん、息も絶え絶えながら、とんでもないことを言ってきた。
本人はニヤリとしているみたいだけど、疲れていて目力が全くない。
というか、あの西の辺境伯様に変な虫が付くなんて、エミリア様は絶対に許さないと思うけど。
ということで、ここは本人に確認しましょう。
「すみません、あなたの名前は何ですか? あと、どのような繋がりがありましたか?」
「お、俺はゴンゾーだ! 元家臣だ!」
スーに対して叫ぶように名乗っているけど、元家臣だともう関係ないと思うけどなあ。
そして、スーがササッと通信用魔導具で本人に確認を取りました。
「えっと、西の辺境伯様より回答がありました。家臣というか厨房のゴミ捨て係で、お金をくすねて解雇されたという。もし、我が辺境伯家の名を語るなら、遠慮なくサンドバッグにしてくれとありますね」
「はっ? な、何でそんな情報を?」
「それは、本人に確認しましたから。あっ、エミリア様からも来ています。えーっと、塵も残さずに消してくれとありますね」
「え、エミリア様……」
あっ、ゴンゾーと名乗った獣人の顔が真っ青になってガクガクと震え始めた。
きっとお金を盗んだ際に、エミリア様から盛大なかわいがりを受けたんだな。
エミリア様、不正にはとても厳しいし。
ある意味、ゴンゾーが西の辺境伯家で働いていた良い証拠になった。
ということで、トドメを刺してあげましょう。
「あーあー、うん。スーは、エミリア様の妹にあたる王女殿下だ。だからこそ、本人に確認が取れるんだぞ」
「はっ? 王女殿下?」
「あと、勝手に貴族の名を騙って他人に脅迫したりするのは禁止されている。なので、もうそろそろお迎えが来るはずだから、大人しくしていることだ。沙汰は、東の辺境伯様が決めてくれるはずだ」
僕が宣言すると、ゴンゾーはがっくりと項垂れていた。
他人の威を借る狐状態だったのだろうけど、剥がれてしまえばただの小物だった。
多分、獣人が多くて真実なんて分からない東の辺境伯領にわざわざ来たんだな。
そして、ゴンゾーは駆けつけた兵にドナドナされていった。
うん、本当に面倒くさい相手だった。
はあって思っていたら、更に面倒くさいことが。
「ごめんね、新人冒険者向け講習をもう一回やってくれるかしら?」
訓練場に姿を現したリリアナさんが申し訳無さそうに言ったけど、僕たちは全然大丈夫です。
というか、新人冒険者が多いなって思いながら座学を行う部屋に戻っていきました。
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