第三百二十六話 突発イベントの始まり

「え? 再申請?」

「ああ、どうしても決闘がしたいと」

「理解不能」


 先日却下した闘技場の使用申請書が、再び申請者から出された。

 何でそこまで決闘したいのか。

 軍部で、申請者に聴取を行うそうだ。


「今や、貴族主義の連中はいないですよね?」

「ああ、壊滅しておる。なので、決闘を申請してくるはずはない」

「何の目的?」


 レイアの言う通り、申請理由は決闘の為としか書いていない。

 裏にある事情を聞かないと。


「はあ。本人は至って真面目だが、周りからしたらどうでもいい理由だった」


 お昼休みも終わったので仕事を始めようと思ったら、軍務卿と内務卿がやってきた。

 軍務卿は一人の若い男性を、内務卿は部下の娘さんを連れている。

 この二人も今回の騒動の関係者で、ある意味一番の被害者らしい。


「内務卿の娘は知っているな。この青年は軍属で、ジェイス男爵の長男だ」

「初めまして。ジェイス男爵の嫡男、アントニオです。宜しくお願いします」

「改めまして、内務卿の娘のブリットです」

「この二人は学園の同級生でな、婚約もしている」


 ほー、ブリットさんは婚約していたんだ。

 相手の男性も爽やかそうなイメージで真面目だし、ブリットさんとお似合いだと思う。

 だけど、何で二人が被害者?


「実はな、学園に入る前からずっと娘の事を好きな男がおってな。未だに未練が断ち切れないらしい」


 内務卿が紅茶に口をつけながら話すが、そんな人がいたのか。

 

「それで自分の思いを馳せたいから、ブリットさんをかけてアントニオさんと決闘すると」

「普通はそう思うのだろう。実は違うんだよ」

「あれ? 違うんですか?」


 今までの話の流れだと、てっきりブリットさんを商品にかけるのかと思った。

 貴族主義も、フローレンスの件で決闘を申し込んできたし。


「そんな男の事を思っている女性がいてな、近く婚約することになっている」

「もしかして、その女性がブリットさんを恨んで決闘を?」

「それも違うんだ。娘とその女性はとても仲が良い」


 では、一体なんだろう?

 決闘する理由が全く思いつかない。

 レイアも首をかしげている。


「その男が娘への未練を断ち切る為に、娘に決闘を申し込んでいるんだよ」

「内務卿。すみません、意味が分かりません」

「意味不明」


 何で未練を断ち切るのに、その相手女性に決闘を申し込むの?

 普通は相手の男性に決闘を申し込んで、女性を宜しく頼むって展開じゃないの?

 

「とりあえずそういう事だ」

「でも、二回も申請しているという事は三回目もあるのでは?」

「言うなサトー。間違いないだろう」


 と思ったら、扉が開いて若い男女が入ってきた。

 もしかしてもしかしなくても、今の話に出てきた男女だろう。

 と、思ったら男性がいきなり土下座してきた。


「迷惑をかけて、申し訳ありません」

「ほら、もっと謝りなさいよ。ご迷惑をおかけしました」


 女性も謝ってきたけど、何が何だか分からない。

 とりあえず、座って話を聞いてみよう。


「貴方が、この申請書を出した方で間違いないですか?」

「はい、そうです。レジスタ伯爵家のバーナードです」

「私は農商務卿の娘のカルメンです。いつも父がお世話になっております」


 見た目から暑苦しい感じの短髪男性がバーナードさんで、茶色のウェーブヘアの清楚な感じがカルメンさん。

 成程、閣僚の娘同士なら顔も知っているだろう。

 でも、バーナードさんは既にカルメンさんに尻に敷かれている様な気がする。


「それで、バーナードさんはブリットさんへの未練を断ち切るのにブリットさんへ決闘を申し込んだと」

「はい、そうです」

「このおバカ! 何で馬鹿正直にハキハキと答えているのよ」


 うん、俺もカルメンさんに同意するぞ。

 少しくらい、申し訳無さそうにしたほうが良いよ。


「でも、流石に規則だから認めるのはできないよ」

「だから言ったでしょ。こんな馬鹿な申請は出すなって」

「はい……」


 あーあ、カルメンさんからもボロクソに言われて流石に凹んでいる。

 おや?

 ブリットさんとレイアが、何かコソコソと話をしているぞ。


「別の提案がある」


 ここでレイアが話しかけてきた。

 別の提案って何だ?


「場所が確保できればいい。今回、ブルーノ侯爵領で格闘大会がある。そのエキシビションでやる」

「昔からバーナードは一度言い始めると、何を言っても無駄だから」

「おお!」


 今回のブルーノ侯爵領の収穫祭では、格闘大会が行われる。

 優勝商品は、採れたての小麦をどーんと百キロ。

 しかし俺達は強すぎるというので、ルキアさんから待ったがかかった。

 その代わりに、エキシビションをやることになっている。

 そこに追加で参加させようと言うわけか。


「ただし、収穫祭まで私はレイア執務官や他の方と修行させて下さい。流石に軍属のバーナードには、今のままでは勝てませんので」

「そのくらいはオッケーだ。俺も更に鍛えて待っているぞ」

「ブリット、いつもゴメンね」

「ううん、いいの。それにこの間襲撃された時に、だいぶ体がなまっているって思ったの。いい機会よ」


 とってもいい笑顔になったバーナードさんに対して、女性同士も何か話をしているぞ。

 そしてブリットさんが軽く拳を前に突き出しているけど、ブンブン音がなっているのは気の所為?


「あの、アントニオさん。もしかしてブリットさんってかなり強い?」

「学園の時は、格闘技最強を誇っていました。バーナードが何度挑んでも、全て返り討ちにしています」


 おお、マジですか。

 あっさりとバーナードさんがレイア達との訓練を許可したけど、二週間もあれば超強くなる可能性があるぞ。

 ちなみに、もう内務卿と軍務卿は何も言わなかった。

 まあ、既に成人しているし、判断を任せたのだろう。


「おー、中々面白い事になっているね」

「さっきルキアさんの所に行ってきたら、盛り上がりそうだってあっさりと許可されました」


 うちに帰って今日の事を話すと、エステルが興味を示した。

 それにしても、あっさりとルキアさんが許可を出すとは思わなかった。

 もう少し盛り上がるイベントが欲しかったという。

 今まで住民が抑圧されていて鬱憤が溜まっているので、ストレスを発散させてあげたいらしい。

 成程、適度なガス抜きは必要か。


「でも、バーナード先輩は大丈夫でしょうか?」

「何が大丈夫?」

「ブリット先輩って、鬼神と恐れられた格闘術の使い手ですよ。まあ、バーナード先輩も異常に頑丈なので、死ぬことはないとは思います」

「あ、そういう事。きっと大丈夫だと思いたい」


 突如として始まった追加イベント。

 無事に終わって欲しいのと、巻き込まれる可能性が高いなと思わずため息をついた。

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