第二百四話 休日の決闘騒ぎ

「うーん、今日は久々にのんびりできる」


 今日は休日だから、皆のんびりしています。

 メイドさんも交代で休みをとってます。

 実習生も実家に帰ったり残ったりで、それぞれのペースで休んでます。


「にーに、抱っこ!」

「おっと」


 着替え終わるのを待っていたコタローが、俺に抱きついてきた。

 ミケ達はまだ寝ているので、寝かせておこう。

 コタローを抱っこしたまま、部屋を出た。


「おはようございます、サトー様。直ぐに食事を用意しますね」

「おはよう、フローレンス。軽めのもので頼むよ」


 食堂に着くと、フローレンスがいたので食事をお願いした。

 コタローを子ども用のイスに座らせて、先に食堂にいた人に声をかけた。


「チナさん、おはようございます」

「おはようございます、サトーさん」

「教師はどうですか?」

「皆いい子で、とっても教えやすいです」


 臨時講師となったチナさんは、実習生とは別の苦労もあるだろう。

 マールさんとローゼさんも手伝っているけど、順調で良かった。


「私も、何故か聖女部隊の一員として見られているようで」

「この間は盗賊団を捕まえていましたし、立派な一員ですよ」

「皆さんのお陰で勲章も頂けましたし、本当に感謝です」


 とは言っているけど、チナさんは指揮能力もあるので、俺がいない時などは非常に助かる。

 暴走しがちなメンバーが多いからな。

 というか、うちの家族は殆どが勲章貰っている様な気がする。


 朝食を食べてマシュー君達とコタローと一緒に図書室で絵本を読んでいたら、何だか玄関からうるさい声が聞こえた。

 なんだろうと思ったら、ある貴族の嫡男と言う男が玄関で騒いでいた。

 

「フローレンスを出せ!」

「出せと言われても、急には無理です」

「何だと! 俺は誇り高きブルドッグ伯爵の跡取りだぞ!」


 マルクが取りなしているが、嫡男の暴走は止まらない。

 誰だあいつは?

 とりあえず、フローレンスは食堂に避難してもらった。


「休みの日のこんな朝早くからアポイントを取らずに他の貴族の屋敷に乗り込むなんて、いささか非常識ではないか?」


 と、ここで昨夜うちに泊まっていたビアンカ殿下が不機嫌な顔でやってきた。

 寝間着のままだから、この大声で起こされたのだろう。

 エステルとかも起きてきたので、玄関ホールは人で一杯になってきた。


「ふん、こんな新興貴族なんか貴族の内に入るか。歴史のある我が家を貴族と言うのだ」


 おいおい、その発言を王族であるビアンカ殿下やエステルの前で言うか?

 更にうちを馬鹿にした発言に、集まってきたメンバーの殺気が凄いことに。

 しかしこのバカは、殺気に気づかずに何かを投げた。

 これは白い手袋?


「フローレンスを再び我が手に取り戻すために、決闘だ!」


 勇んで叫んだのはいいが、手袋はあらぬ方向に飛んでいき、ようやく起きてきて目をこすっているミケの頭の上に着陸した。

 空気が完全に固まったぞ。


「ハッハッハ、後ほど使者を出してやろう。首を洗って待っているんだな」


 そして、言うだけ言ってバカは粋がって帰っていった。

 えっと、何が起きたのだろう。

 玄関ホールにいる人は、全員はてなだった。


「どうもフローレンスは、ブルドッグ伯爵の跡取りに正妻として嫁に行く予定だったらしいのう」


 皆食堂に集まってきて、朝食兼話し合いに。

 勿論、食堂に隠れていたフローレンスも参加です。


「でも、フローレンスの実家の不祥事で全てパーになったんじゃない?」

「そうじゃ。現にフローレンスとあの嫡男の婚約無効の処理は、妾とサトーで行っておる」

「ですよね。貴族の名前を聞いたときに、聞き覚えがあったし」


 なので、あの嫡男とフローレンスが婚約している事実はない。

 

「あの方は昔から私に執着していまして、だから決闘だなんて真似をしたのだと思います」


 成程、何とかフローレンスを手に入れたいが既に俺と婚約済み。

 だから決闘してても、手に入れたいのだろう。


「しかしよりによって、投げた手袋がミケの元へか」

「奴は小娘でラッキーだと思っているの様だけど、実際には龍の尻尾を踏みつけただけじゃな」


 ミケはというと、目が覚めて事情を理解したのか、やる気満々だった。


「悪いやつは、ミケが倒しちゃうんだから!」


 もうこれでは余程の事がない限り、バカの勝ち目はないだろう。

 俺としてはミケがやりすぎないかと、そちらの方が心配だ。


「ご主人様、ブルドッグ伯爵の手紙が届きました」

「有難う。何々? 今日の午後二時に、軍の練習施設で待つ。だって」

「相手方は、こちらの返答を聞かずに帰っていきました。全く執事も出来が悪いです」


 マルクが思わずため息を漏らしているが、とりあえず場所はわかった。

 陛下にチクってから行こうと思ったら、既にビアンカ殿下が陛下に連絡していた。

 どうも、貴重な休みの睡眠時間を削られたのが、相当頭にきているらしい。


「実はビアンカから連絡を貰う前に、儂のところにも手紙を出しおった」

「何でも貴族の決闘だから、王族が立ち会えと」

「バカも休み休み言えって感じですわ」

「お陰でウィリアムと遊ぶ予定が潰れましたわ。私が代わりに決闘に出たいですわ」


 王城にいったら陛下が物凄い不機嫌だったので、理由を聞いたらとんでもない内容だった。

 おおう、予想以上の全方向バカだぞ。

 まさか陛下にも喧嘩を売るなんて。

 王妃様達なんか孫と遊べなくなって、相当イライラしていた。


「既に宰相に指示して、決闘に関する法律は削除する」

「正直、ある方が迷惑ですよね」

  

 昔作った法律が残っていたから、陛下もこんな目にあっている。

 法律上は立会人を選べるとあって、それが誰かまでは記載がなかった。

 だからといって、普通陛下を指名するか?


「ただ、仮に決闘で死亡しても罪にはならない。だから存分にやってもらおう」

「ミケは人殺しはしないですよ」


 そんな物騒な話をしながら、皆で軍の施設に移動する。

 練習施設に着くと、これまた不機嫌な軍務卿が待っていた。


「休日に軍の施設を使うから、責任者としてでる羽目になったよ」

「ミミとかはどうしたんですか?」

「俺を置いてみんなでバーベキューだよ。せっかく良い肉揃えたのに」

「それは残念でしたね」

「いっその事、俺があいつをミンチにしてやろうかな」


 おおい、今度は軍務卿がイライラして不機嫌だから、発言が過激だぞ。

 そして、陛下も王妃様達もウンウンと頷かない。


「それで、サトーの所は誰が相手なんだ?」

「よりによって、手袋をぶつけたのがミケなんですよ」

「はあ、あいつも馬鹿だなあ。いや待てよ、ミケが瞬殺すれば肉にありつけるかも」


 既に軍務卿の頭の中は、肉で一杯だ。

 ここは軍務卿の精神衛生的にも、早く終わらせてあげないと。


 さて、時刻は一時五十分。

 リング上では、何時でもスタンバイオッケーのミケに対して、反対サイドは誰も出てこない。

 皆のイライラが高まっていて、特に王妃様達と軍務卿がヤバい事になっている。


 更に五分。

 未だに出てこないブルドッグ伯爵の跡取りに対して、王妃様が戦闘モードに入った。

 皆さんいつの間にか戦闘服に着替えていて、剣を持ち出している。


 そして試合開始二分前。


「ハッハッハ、またせたな仔猫ちゃん」


 何とも馬鹿にしたセリフを吐きながら、ブルドッグ伯爵の跡取りがやってきた。

 全身高そうな鎧に身を包み、いかにもといった豪華な装飾が施された剣を持っていた。

 その後ろでは、ニタニタしているオヤジがいた。

 あれがブルドッグ伯爵か。

 顔はブルドッグそっくりだな。


「えー、ルールを説明する。リングアウトはなしで、ギブアップ、失神をしたら負けとする。相手を殺害しても罪には問わない。ブルドッグ伯爵側が勝ったら、フローレンスを嫁にする。ライズ伯爵側が勝ったら、ブルドッグ伯爵側は金輪際フローレンスに近づかない」


 陛下が投げやりな説明をしたが、とにかく相手をダウンさせればいいのか。

 

「ミケちゃん、さっさと殺ってしまいなさい!」

「手加減不要よ!」

「遠慮しないでいいわよ」


 おお、王妃様達のボルテージが凄いことに。

 明らかに漢字が違う所もあるし、とにかく苛ついているんだな。


「ミケちゃん、瞬殺よ瞬殺」

「終ったら、軍務卿の所でバーベキューよ」


 リンとエステルは、軍務卿の所でのバーベキューで頭が一杯になっている。

 他の子ども達も、頭は焼肉で一杯で、正直勝負はどうでもよくなっていた。

 そんな中、フローレンスはミケの事を心配そうにみていた。


「ミケちゃん、やりすぎないかしら」


 ああ、そっちの方が心配だね。

 俺も良くわかるよ。


「では、時間になったので始める。ブルドッグ伯爵家長男、チワワ」

「ははは、勝利を我が手に。そしてフローレンスを我が手に」


 何だかくさいセリフを言っているけど、名前がチワワなのが驚きだよ。

 鎧が重いのか、とっても動きが遅いぞ。


「続いてライズ伯爵家側。リンドウ子爵家当主、勇者ミケ」

「イエーイ」


 ミケはガッツポーズしながら、練習施設に上がった。

 ウエストポーチに改造したマジックバックをつけているが、普段着のままで武器も何も持っていない。


「ミケ、武器は?」

「いらないよ。直ぐに終わらせるし」


 ミケは既に相手の実力を見切っている。

 というか、あれだけの鎧に剣を持っていても、恐らくミケどころかコタローにも勝てないだろう。


「では、試合開始!」


 陛下が試合開始の合図をした瞬間、試合は決着した。


「えい!」

「おぎあー!」


 身体強化したミケが一瞬でチワワに近づき、右ストレートを鎧を破壊しながら突き刺した。

 チワワの股間に。

 チワワはなすすべもなく、くの字に折れ曲がり、口から泡を吹きながら練習場に倒れ込んだ。

 あ、ピクピク痙攣しているから生きているな。


「勝者、リンドウ子爵!」

「イエーイ!」


 陛下が勝利宣言をすると、ミケはガッツポーズしながら練習場を降りた。


「ミケちゃん、よくやったわ!」

「いいね! スカッとしたわよ!」

「最高だったわ!」


 ちょっとやり過ぎかなと思ったけど、王妃様は盛り上がっているし、チワワは念の為に待機していた治療兵によって直ぐに治療を受けていたからいいかなって思った。


「ふざけるな! この試合は仕組まれたものだ!」


 あら、息子の惨敗を見て、ブルドッグ伯爵が吠えた。

 こっちのほうがブルドッグ伯爵が何かやらかすかと思って、ヒヤヒヤしていたのに。


「それは、立会人である儂も仕組まれているということか?」

「いや、それは、その」


 あ、そうか。ブルドッグ伯爵の発言は、立会人である陛下も馬鹿にしたものだ。


「立会人を侮辱するのは、確か罪状にあったな」

「軍務卿が命ずる。立会人侮辱罪で、ブルドッグ伯爵をとらえよ」

「「はっ!」」

「はっ、離せー!」


 ブルドッグ伯爵は、未だに白目を向いて気絶しているチワワと共に、兵に引きずられていった。

 残った俺達はさっさと帰宅した。


「お肉美味しー!」


 結局皆で軍務卿のバーベキューになだれ込み、追加で肉を出して焼いていた。

 皆でワイワイやりながら、肉を焼いて食べている。

 陛下と王妃様達は、孫を愛でるために無事に王太子の所に合流できたという。


 因みにブルドッグ伯爵は決闘の時に本当に色々仕組んでいて、剣先や鎧の隠し場所から麻痺薬が検出された。

 立会人侮辱罪と併せて、強制当主交代となった。

 そして、チワワは治療兵の活躍もあって治療はうまくいったが、不能になってしまった。

 そのために、嫡男の立場を弟に譲らざるを得なくなった。

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