第百九十二話 ダメダメオヤジ

 総督府を出て、街の外れにある赤龍山に登っていく。

 そこそこの高さのある山だが、鉱石を運ぶためか山道が整備されていて、うちの馬車なら余裕で進んでいける。


 グォー! グォー!


 山を登っていくと、時々龍の叫び声が聞こえてくる。

 でも威嚇とか怒っている感じではない。

 

「ドラコ、この叫び声って……」

「うん、お父さんの泣き声だよ」


 おお、ここまで聞こえてくるとは。

 ドラコの父親は、娘がいない寂しさが相当重症のようだ。


 バキン! ドカン!


 今度は、何かを殴る音が聞こえたぞ。


「多分、泣いているお父さんをお母さんがぶん殴ったと……」


 お母さん、よく分かります。

 流石に怒りますよね。

 ドラコも首を振って、為す術もない感じだ。


 頂上に近づくと、人が住める位の建物が幾つか並んでいる。

 その奥には、発掘作業をする龍の姿の赤龍がいた。


「オロロン、オロロン。ドラコ、ドラコー!」

「いい加減働きなさい! この駄目龍が!」


 あ、大泣きしている龍がドラコの父親で、容赦なく殴っているのが母親か。

 周りの龍も、父親の方を見て戸惑っている。

 俺達も馬車から降りて様子を見ていたが、ある意味ショッキング映像だそ。


「ウゥ。あ、ド、ドラコ!」


 あ、父親がドラコの存在に気がついた。

 こちらに向かって走ってくる。


「ドラコ、ドラコ!」


 大きい龍がこちらに向かってくる迫力はあるが、大泣きして鼻水垂れ流している姿はかなりみっともない。


「仕事をしていないお父さんは嫌い」

「なっ!」


 あ、もう少しでこちらに来るところで、ドラコからの強烈な一言というか正論が発せられた。

 父親は娘に嫌いと言われたショックで、魂が抜けたかのように固まってしまった。


「正論言われて、何固まっているのか。馬鹿な人だよ」

「お母さん!」

「ドラコ、おかえりなさい。一緒に来た人も、ようこそ我が家へ」


 ドラコのお母さんが、人間形態になってこちらに向かってきた。

 ドラコは一目散に母親に向かって駆け出して、抱きついていた。

 ドラコのお母さん、見た目はドラコそっくりなんだけど、とんでもないダイナマイトボディだな。


「主人が失礼しましたわ」

「いえいえ、中々大変ですね」

「全く、いい年の大人の態度ではないですわ」


 ドラコの実家に案内されて、お茶を飲みながら話をすることに。

 緑茶だよ。とても美味しいよ。

 ドラコのお父さんは、お母さんに殴られて強制起動させられた。

 というか、人間形態で龍をぶん殴ったよ。


「ねーね、これが食べたい」

「はいはい、全くドララは甘えん坊ね」

「ドララ、ねーね大好き」


 そして、ドラコの膝の上にはドラコの弟のドララ君がちょこんと乗っている。

 一応ドララ君が、次代の赤龍王らしい。

 

「ドラコはお役に立っていますか?」

「今では冒険者の傍ら、王都の巡回部隊の一員として活動しています。先日犯罪者集団を壊滅させ、勲章を頂くことが確定しました」

「あら凄いわね。ドラコも頑張っているのね」

「ねーね凄い!」

「えへへ」


 ドラコも、最近は色々頑張っているからな。

 母親とドララ君に褒められて、ドラコも嬉しそうだ。


「こちらが陛下からの書簡です」

「拝見しますわ。ふむ、こいつらですか。実は龍のウロコを盗もうとして、我が家に侵入してきた事があるんですよ。勿論追い返しましたが」

「え、本当ですか?」


 おおい、貴族主義の連中はドラコの実家にまでちょっかいを出していたのか。

 ドラコのお母さんがため息をついていることは、一度や二度ではないな。


「龍のウロコは我々にとっては唯の脱皮の残りですが、使いようによっては強力な物に置き換わります」

「ホイホイと他人にあげるわけにはいきませんよね」

「なので、我々もウロコは厳重に管理しています。しかし、正しい使い方をしているサトーさんには分けても良いでしょう」

「すみません、ありがとうございます」


 ドラコのお母さんの裁量で、龍のウロコを分けて貰えることになった。

 しかし、さっきからドラコのお父さんが空気だな。


「そうだ。いい機会だから、この間あんたが脱皮したものも持っていって貰おう」

「え、あれは久々に綺麗に脱皮できたからお気に入りだったのに」

「やかましい! 龍の姿のままで置いておくなと何回も言っているよ。置き場所のスペースをとって邪魔なんだよ!」

「そんな……」

「爪や歯の生え替わったものも集めていて。この際だから全部捨ててしまいなさい!」

「えー」


 ドラコのお父さんは何でと叫んでいるが、これはドラコのお母さんが正しいだろう。

 とりあえず、龍のウロコは確保できたと言うことで、次の報告をしないと。


「先程ドワーフの総督にあった所、どうも鉱石の搬入が滞っていると言われまして」

「は? あなた、どういう事?」

「そ、それは……」

「お姉さん、すみませんが主人の執務室から書類を持ってきてくれませんか?」

「はーい」


 龍のメイドさんが部屋の外に出たと思ったら、数分後大量の書類を運んできた。

 それを見たドラコのお母さんは、眉尻がピクピクと震えている。


「あなた、これはどういうことですか? 判子を押せば済む書類の束ですよ」

「えーっと、えーっと」

「娘が寂しいのをいい事に、仕事をサボらない!」

「はぐわ」


 あーあ、ドラコのお母さんの鉄拳制裁が見事に決まって、ドラコのお父さんは鼻血を出していた。

 その鼻血をドラコのお父さんの親指に付けて、ぺったんぺったんと拇印を書類につけている。

 もう、何もかもが擁護できないな。


「ふう、本当に主人が駄目で申し訳ございませんでした。明日私と主人で総督にお詫び申し上げます」

「いえいえ、大変な事で」

「我が家の恥さらしですわ。あなた、暫く書類仕事は私がやります。あなたは採掘を手伝いなさい」

「そんなー」

「問答無用です。少しは子どもの前で良い姿を見せなさい」

「パパかっこ悪い」

「そうだね、お父さんかっこ悪い」

「がーん」


 ドラコのお父さんは、トドメに子ども達からもかっこ悪いと言われてしまった。

 ドラコのお父さんはこれで変わるかな?

 変わらない気もするが。


「しかし、サトーさんは本当に物腰が柔らかくて良い人ね。うちの人とは大違いね」

「いえいえ、そんなことはないですよ」

「パパは優しい」

「そうだね、サトーは優しいよね」


 ドラコのお母さんが俺の事を評価してくれて、レイアとマチルダも続いてくれた。

 何だか恥ずかしいな。


「これはあれかな? サトーさんがドラコの良い人候補かな?」

「お母さん、何言っているの! それにサトーは良い人だけど、僕は別の人が……」

「「「別の人?」」」

「はう!」


 ドラコは、しまったという表情になった。

 ドラコの意中の人って誰だろう?


「ドラコはヴィルが好き」

「あー、レイア言わないで!」

「もがもがもが」


 ドラコは慌ててレイアの口を塞ぐが、バッチリと聞こえてしまった。

 軍務卿の所のヴィル様が、ドラコの意中の人?

 でも、ヴィル様の婚約者はビアンカ殿下のはず。

 ビアンカ殿下もびっくりしているし、一体どうなっているんだ?

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