第百七十四話 謁見の間での暴走

 ここで、大事な事に気がついた。


「バルガス様、実は集まっての謁見は初めてでして。どのように並べばいいですか?」

「爵位毎に並ぶことが多いですけど、最近は各派閥毎に並ぶことが多いですからそんなに気にしなくていいですよ」

「そうそう。サトーは改革派中立派どちらに並んでも問題ないですよ」

「ははは、ありがとうございます」


 サザンレイク侯爵も補足してくれたが、今回はテリー様と一緒にいよう。

 中立派の貴族の方からも挨拶をしてくれるし、中にはガチムチの獣人の貴族もいた。

 ミケやレイアの頭を撫でているあたり、見た目と違って優しい人みたいだ。

 対して貴族主義のグループは、揃いも揃ってメタボにハゲと明らかに不摂生の象徴となっていた。

 先頭にいる、まるで前世の力士の様なのがタヌキ侯爵で、直ぐ側にいるバーコードヘアーのがハゲ伯爵か。

 うむ、バルガス様の言うとおり一目で分かった。

 こちらを睨んでいるが、全くオーラが無いから全然怖くない。

 確かに頭悪そうだな。


 扉が開いて入場するが、今回はわざと改革派と中立派が一緒に入っていって貴族主義の連中にプレッシャーをかけている。

 いつもは中立派が緩衝地帯の役割をしているが、実質王国が抑えていたゴレス領を襲ったとあって中立派も怒っているという。

 

 各派閥無言の圧力をかける中、それぞれのポジションを確定させて頭を垂れて王族が来るのを待っている。

 やがて別の扉が開き、王族に閣僚が入ってきた。

 そして、俺達の周りを多くの近衛騎士で固めている。

 これだけの兵がいるとなると、陛下達は貴族主義の連中が何かやらかすと思っているな。


「面をあげよ」


 陛下の言葉で一斉に顔を上げた。

 貴族主義の連中は、これだけでハアハアと息が荒くなっている。

 どんだけ運動不足なんだよ。


「先ずは、この度人神教国と手を組みギース伯爵領を襲ったゴレス侯爵、ブラントン子爵、マルーノ男爵についての沙汰を報告する」


 陛下が言った後、宰相がバトンを受け取って処分内容を話し始めた。


「では処分内容を報告する。ゴレス侯爵家、ブラントン子爵家、並びにマルーノ男爵家はお家断絶とし、資産と王都の屋敷に領地を没収とする。関係者は死罪とする。保護された子女については、引き続きライズ子爵の保護下に置くとする」


 この辺は前から決まっていた流れだな。

 何故か貴族主義の連中がざわざわしているけど、無視をするようにしよう。


「続いて、ギース伯爵については嫡男の子息であるノアを後継とする。しかし幼年であるため、前伯爵の娘であるヘレーネがノアが統治可能になるまで代理統治とする」

「ヘレーネ、仔細承りました。ギース伯爵領発展のため、全力を尽くします」


 ここも既に決まっている話だから、改革派と中立派はすんなりと受け止めていた。

 一方で貴族主義の連中からは、女がでしゃばるなとわざとヘレーネ様に聞こえる様に言っている。

 こいつら、やっぱりアホだな。

 と、ここで近衛騎士が陛下の耳元で何かを呟いた。

 それを見たタヌキ侯爵とハゲ伯爵は、ニヤリと嫌な笑みを浮かべていた。

 馬鹿だな、これは事前に仕込んだ芝居なのに。

 お前らは、一瞬のぬか喜びになるだけだよ。


「ふむ、先程ゴレス領で襲撃があったと連絡があった」


 あえて抑えた声で陛下が話したことを皮切りにして、タヌキが喜びの表情をして叫び始めた。


「陛下、私は散々申したではありませんか。女王殿下と成り上がりの子爵ごときでは、上級貴族である侯爵領を代理統治することはできないと」


 あ、思ったことを本当にストレートに言いやがった。

 そして一斉に笑いを上げる貴族主義の連中。

 反撃が決まったと思っていたのだろうか、タヌキ侯爵は俺に向けてニタニタと気持ち悪い笑顔を向けていた。

 お前は終わったのだと言いたげだけど、終わるのはお前の方だ。


「侯爵、まだ儂の話の途中だ。そなたの発言は許可しておらぬ。不敬ではないのか?」

「これは陛下、失礼致しました」


 既に俺の末路を思い描いているのか、タヌキ侯爵は一旦引き下がってもニヤニヤしていた。

 陛下はそんな様子をみて、ため息をついてから話を続けた。


「この件について軍務卿から報告がある」

「報告する。この件は既に事前察知しており、軍とライズ子爵とで罠を張っていた」


 タヌキ侯爵は軍務卿の発表を聞いて、何それって顔になっていた。

 軍務卿は、そんなタヌキ侯爵を無視して報告を続けた。


「レイア執務官の考案した最新の魔道具の活躍もあり、襲撃犯は速やかに拘束された。既にワープの魔法が使える者により王都に送られており、背後関係も判明しつつある。なお、襲撃犯は軍が手を出すまでもなく現地の主婦達により制圧された」


 軍務卿、ここであの主婦軍団の事を言うかい!

 中立派と改革派は、送り込まれた襲撃犯が主婦軍団にボコボコにされたことにクスクスと笑っていた。

 それに対してタヌキ侯爵は明らかに顔色が悪くなり、汗もタラタラと滴り落ちていた。

 既に背後関係まで調べられていることは、直ぐにこちら側まで捜査の手が及ぶと思っているのであろう。

 あっ、陛下がニヤリとしてからわざとらしい声をかけていた。


「どうされたロンバード侯爵。顔色が悪いが大丈夫か?」

「い、いえ。お気遣いありがとうございます。私は、大丈夫です」

「そうか、無理はするのではないぞ」


 おお、物凄く白々しい会話だな。

 心配する気なんて全く無いくせに、わざとらしく声をかけるなんて。


「この件は、調査結果が出次第改めて報告するとしよう。続いて人神教国との交渉について、外務卿より報告がある」

「報告する。人神教国との間で停戦協定が結ばれた。また、我が国に対して賠償金が支払われる事になる。しかし停戦であって終戦ではない。引き続き国境警備は継続する」


 停戦であって終戦じゃないから、国境にいるケイン様とかも引き続き任務は継続になる。

 賠償金はギース伯爵領の再建にも使われる予定。

 

 これで報告関連は終わりのはずだが、まだ謁見は終わらない。

 やっぱり俺達の件もあるらしい。


「ライズ子爵、リンドウ男爵、並びにレイア執務官は前へ」


 宰相によって俺達の名前が呼ばれたので、前にも出ていった。


「此度の人神教国との防衛戦。ゴレス侯爵の襲撃撃退に侯爵達の捕縛。並びにギース伯爵領とゴレス領の復興作業は見事であった。特にゴレス侯爵と人神教国の襲撃は、国境が破られる危険性があった。では宰相よ」

「ライズ子爵については伯爵に、リンドウ男爵については子爵とする。レイア執務官については、サルビアの姓を与え男爵を叙爵する」

「謹んでお受けいたします」


 あれ? レイアって確か名誉爵位だったと聞いたけど、普通の法衣男爵かい!

 そして俺の後ろでは余程悔しいのか、タヌキ侯爵とハゲ伯爵の歯ぎしりが聞こえてくる。

 そんなに強く歯を噛み締めたら、歯が折れますよ。


「続いて婚姻関係の報告をする。ライズ伯爵とエステル王女殿下、並びにバスク名誉男爵の婚約を発表する」


 先ずは婚約発表一発目。

 俺が伯爵になったので、エステル殿下とリンさんとの婚約が発表された。

 俺が上級貴族でないとブーブー言っていたタヌキ侯爵とハゲ伯爵も、これには文句が言えない。

 なんたって、奴らはこういう貴族の爵位序列にこだわりがあるからだ。

 後ろから、うぬぬと唸り声が聞こえるが無視をしよう。


「そして、ジョージ王太子のご嫡男ウィリアム様の正妻に、サザンレイク侯爵家のルーナ嬢が決まった事を報告する」


 更に次の次の王様の正妻も決まった事になる。

 タヌキ侯爵の権力アップの野望も、ここで完全に終わったことになる。

 こちらも迷惑を被ったし、少しは反省して大人しくしてほしいものだ。


「せん……」


 うん? タヌキ侯爵が何か呟いたぞ。

 

「許せん。真の貴族たる儂を除け者にして、新参者が偉そうな顔をするな!」

「ふざけるな! 成り上がりはひっこんでいろ!」


 あ、タヌキ侯爵とハゲ伯爵がいきなり俺達を襲ってきた。

 しかも、何故か二人共レイアを狙ってきた。

 とっさにミケがハゲ伯爵を捕らえたが、タヌキ侯爵がレイアの事を突き飛ばしやがった。


「近衛騎士、狼藉者を捕らえよ!」

「「はっ!」」


 俺は直ぐにレイアの様子を見たが、頭を打っていて流血もしている。

 直ぐに聖魔法をかけて頭の怪我を治療し、体の様子も確認して異常がないことを確認した。

 しかし、レイアは頭を打った衝撃で意識を失っていた。

 その脇で、タヌキとハゲが近衛騎士に拘束されて何か叫んでいるが、俺は二人に対して怒りがふつふつと湧いてきていた。


「サルビア男爵を直ぐに医務室に」

「「はっ」」


 ここで王妃様からの指示で、レイアは担架に乗せられて直ぐに医務室に運ばれた。

 いかんいかん、冷静にならないと。

 ミケもレイアの事を心配そうにしているし、俺が暴走してはいけない。

 しかし俺の周りでは、貴族主義の連中に対して怒りが爆発していたようだ。


「どうやらお前らは、自分の事だけ考えて国の事は全く意に介さないようだな」


 あ、陛下が怒り心頭だ。タヌキ侯爵とハゲ伯爵の暴走に、完全にブチ切れている。

 王妃様達はとんでもない殺気を放っているし、閣僚も誰も止めようとしない。

 それは中立派と改革派も同じで、特に小さな女の子を突き飛ばして怪我をさせたことが許せないらしい。

 近衛騎士も同じで、まさかここまでの暴挙に出るとは思ってもいなかったようだ。

 対する貴族主義の連中は、完全に意気消沈。

 特に謁見の場での暴走がかなりやばい事に、今更ながら気がついたのだろう。

 トップと次席が連行されたので、纏まりを完全に欠いている。


「お前らは、沙汰が出るまで王都の屋敷にて謹慎とする。領地への帰還も許さぬ。当然、他の貴族などと連絡をとることも禁ずる」


 これでは、既に貴族主義の連中がゴレス領襲撃に関わっていると言っている様なものだが、貴族主義の連中は誰も反論しなかった。

 というか、誰も反論できる状況でもなかった。


 謁見はこれで終わったのだが、俺はそばにいた近衛騎士に、急いで医務室へ連れて行って貰った。

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