第百三十四話 自爆した人神教会

「さあ、着きましたよ」

「おお、凄い豪華な建物だ」


 王城から馬車に揺られること五分。俺は今、王都の教会の前に立っています。

 同行者は、王妃様とフローラ様とライラック様。侍従と近衛兵が護衛についています。

 それと、先程一緒だった枢機卿も同じ馬車できています。


「ちょうど一般市民の方々がおりますが、如何しますか?」

「一般市民の方がいるほうがよりインパクトあるので、このまま向かいましょう」

「ふふ、楽しそうですな」

「ええ、こんな素晴らしい機会なんて早々ないですもの。私達も神に感謝したいくらいですわ」


 俺の事は隠すつもりは全く無く、むしろ衆人の目にさらされるのね。

 笑顔がとっても素敵な王妃様とフローラ様とライラック様に、俺は背筋が凍る思いがした。


「枢機卿、お戻りですか。王妃様も教会へようこそ」

「うむ、ただいま戻った」

「教皇様はこれから説法をされますが、如何しますか?」

「我々も後ろから覗くようにしよう。今の時間は市民の為の時間だ」

「分かりました」


 シスターが何人か枢機卿に寄ってきて、王妃様にも挨拶していた。

 王妃様は何回も教会にきているのか、気さくにシスターとも話をしていた。

 ここで俺の事をチラチラと見ていたシスターが、枢機卿に俺の事を訪ねてきた。


「枢機卿、この方はもしかすると聖女様ですか?」

「おお、そうじゃ。救国の聖女様じゃ」

「やはり! 気品がある方だと思いました」

「そんな、私なんて大した事をしたわけではありませんよ」

「いえ、聖女様の事は色々聞いております。わたくし聖女様にお会いできて感激しております」

「わたくしもです。あ、あの、握手してくれますか?」

「わたくしにも握手してください」


 おお、あっという間にシスターに囲まれてしまった。

 握手すると、感激で涙をこぼしている人がいるぞ。

 

 ざわざわ。


「おい、あの方が聖女様か?」

「あの噂の聖女様かしら?」

「枢機卿様やシスターも言っていたぞ」

「王妃様と一緒だから、本物では?」

「とても美しい方ですわね」

「それにシスター一人一人に丁寧に握手していますわ」


 あれ? 周りの方もざわめき始めたぞ。これってヤバくないかな?


「あの、王妃様に枢機卿。教会の中に入った方が宜しいのでは?」

「そうですわね。聖女様の力を過小評価していましたわ」

「私も同感です。そこにいるだけで、ここまでの影響があるとは」


 いや、俺だってビックリですよ。

 王妃様と枢機卿よりビックリしていますよ。

 急いで教会の中に入ったが、一般市民の方も後からゾロゾロと入ってきた。

 流石に王妃様とフローラ様とライラック様は身の危険があるので、近衛兵と教会騎士に護衛されながら前の方にいった。


「おお、これは凄い綺麗だ」

「聖女様も感激されていますね」

「ええ、このステンドガラスの美しさもさることながら、中も素晴らしいですね」


 シスターさんが何人かついてくれながら色々説明してくれた。

 流石は総本山、とても威厳のある場所だ。

 決してお金がかかっているとは、口に出さないようにしよう。


 教皇の説法は十分くらいで終わった。

 生活になぞらえたもので、とてもわかり易いものだった。

 前世でも結婚式で神父さんが説法していたけど、それよりももっとわかり易い。

 流石は教皇といった感じだ。

 と、教皇が俺の事に気がついた様だ。


「おや、貴方様はまさかかの救国の聖女様では?」

「え、聖女様?」

「うわー、綺麗な人だ」


 教皇が聖女様と言った瞬間に、周りの人がざわめきだした。

 

「教皇様、聖女様は陛下と王妃様との会談を終えられて、教会で祈りを捧げたいと申されました」

「教皇様、突然の訪問失礼したします」


 と、ここで枢機卿と王妃様が教皇に追加情報。

 教皇は、ニンマリと笑みを浮かべた。


「聖女様、どうぞ前へ。他の方も聖女様と一緒に祈りましょう」


 教皇が言うと、まるで道ができるように俺が通れるスペースを開けてくれた。

 シスターに付き添われながら前の方に出ていった。

 よく見ると、天使や神様っぽい像もおいてあるな。


「教皇様、突然の訪問申し訳ありません。皆様にもご迷惑をおかけしました」

「いえいえ、こちらこそかの有名な救国の聖女様にお会いできるなんて夢のようです」


 教皇からのリップサービスを貰いながら、俺は祈りを捧げるようにひざまずく。

 おや、急に俺の周りが明るくなった気がするぞ。


「おお、聖女様の周りに後光がさしているぞ」

「まるで天から祝福を受けているようだ」

「一つの絵の様だ」

「ありがたや、ありがたや」


 えーっと、タイミングよく天井のステンドガラスに日差しがさしているだけかと思ったが、周りの人は奇跡だと騒ぎ始めた。

 ざわめきがますます大きくなってきたぞ。

 これって不味くないかな?

 と、ここで更に予測不可能な事が起きてしまった。


 ドカーン。


「大変だ! 教会の前で馬車同士の事故が起きたぞ」

「怪我人が多数いる。誰か手伝ってくれ」


 大きな音がしたかと思ったら、どうも教会の前で事故が発生したみたいだ。

 何人もの人が、教会になだれ込んできた。


「聖女様、お助け下さい」

「聖女様なら何とかしてくれるかも」


 しかも周りから助けてコールも入ったので、ここはいかざるを得ない状況に。

 とりあえず教会の前に移動すると、どうも人を運ぶ馬車に別の馬車が無理に割り込んだらしい。

 あおった方の馬車は殆ど無傷で、乗っていた人も怪我していない様だ。

 なので最優先は、事故を起こした方の馬車だ。

 幸い人手があったので、直ぐに馬車内に閉じ込められた人は助け出されたが、怪我人が本当に多い。

 物は試しで、ランドルフ伯爵夫人がやった広域回復魔法を試してみよう。

 えーと、確か浄化に近いイメージで魔法の範囲を広げてと。

 一気に回復魔法をかける。


「おお、複数の怪我人が一度に治っていくぞ」

「何という魔法だろうか」

「こんな魔法、信じられない」

 

 軽傷者は一気に治ったようだ。

 後は、重傷者だ。


「聖女様、この子の腕を直して下さい」

「お母さん、慌てないでね。大丈夫だから」


 犬耳のお母さんが抱えていたのは、左腕を切断しているぐったりとした男の子だった。

 泣いているお母さんから子どもを受け取ると、聖魔法で腕を再生していく。

 怪我して直ぐだから、そんなに沢山の魔力を使わなくて済んだ。


「はい、お母さん。無事に治りましたよ。今は治療の反動で眠っていますが、もう大丈夫です」

「嗚呼、この子の腕が治っている。ありがとうございます、ありがとうございます」


 お母さんから感謝を受けつつ、重傷者の治療を行っていく。

 四肢の切断があったのはさっきの男の子だけで、他の人は骨折で済んでいる。

 直ぐに患部を確認して、治療を行っていく。

 数分もあれば全ての人の治療が、終わった。

 あとは、馬だな。

 馬も事故の影響で骨折をしていたので、急いで治療をする。

 馬は脚の骨折で予後不良になってしまう。

 幸いにして俺でも治療できる範囲だったので、馬も直ぐに治った。

 ふう、これで全て治ったかな。

 探索をかけると、あおった方の馬車に乗っている人が擦り傷をおっているがこれは放置しよう。


「あっという間に、全ての怪我人の治療を終えてしまった」

「あの事故で、死者がいないのが奇跡だ」

「腕を切断した怪我って、治ったっけ?」

「ドレスが血だらけになるのも気にせずに、馬まで治療していた」

「まさに聖女様だ」

「奇跡だ。奇跡が起きたぞ」


 後ろで何か言っているが、今は気にしない事にしよう。

 そもそも、何で割り込みをしてきたのか。

 その原因は直ぐに分かった。

 あおった方の馬車から出てきた人物に、枢機卿が直ぐに気がついた。


「おや、貴方は人神教会の司祭ではないですか?」

「う、お前は枢機卿。何でここに?」

「何でと言われましても、ここは教会の前ですから」


 何と無理やり割り込みを行った相手は、人神教会の司祭だった。

 周りから物凄い視線を浴びているが、この司祭は鈍感というか何というか自分の主張をひたすら喋っていた。


「こんな下賎な獣人が乗る馬車の後ろを走るのは許せないから、先に割り込んだだけだ」

「たったそれだけの理由で、馬車の前に割り込んだのですか?」

「なんだ? 女の癖に儂に説教をするな。そもそも儂も怪我しているのに、下賎な獣人を先に治療するとはどういう事だ!」


 あーあ、言っちゃったよ。このバカは、頭に血が上って言っちゃいけないことを言いやがった。

 周りの人からこのバカに向かって、物凄い殺気が放たれているぞ。


「私はこの王国に仕えています。人間も獣人も希少な人たちも含めて、この国にいる人は等しく王国の民です。信仰も様々な物があります。何故、王国の民を治療してはいけないのでしょうか?」

「それは人間ではないからだ。人神教を信じていない者は、全て邪教徒だ!」


 何だろう、救いようのないバカって本当にいるんだ。

 ちらりと視界に捉えた王妃様と教皇に枢機卿も、このバカの発言に啞然としているよ。

 あ、王妃様が前に出てきた。

 こめかみに青筋を作って、頬がピクピクしている。

 ありゃ、滅茶苦茶怒っているな。


「その前に、貴方は王国の民を害しました。近衛兵、現行犯です。直ぐに捕縛し尋問を」

「何する! 俺は人神教国の人間だ。この国の法律では裁かれない。何故捕まえるのだ!」

「何をわけのわからないことを言ってるのだ? 大事故を起こした犯罪人を捕縛せよ」

「「はっ」」

「はーなーせー!」


 いやあ、あれだけの事をしでかして、まだわめき散らかすとは。

 本当に人神教国の関係者は、どいつもこいつもアホ揃いなんだな。


「他の近衛兵部隊は騎士と共に現場検証を。もちろんあの馬車も没収です」

「聖女様が治療していますが、念の為に治療班も。教会と連携して下さいね」

「「はっ、直ぐに動きます」」

「教会騎士団も、近衛兵と共に調査を。聖女様を侮辱したばかりか、この国の民をも侮辱している。まさに大事件だ」

「直ぐに対応します」


 フローラ様とライラック様に教皇もかなりの激怒をしている。

 兵士も直接現場を見ていて、かなりの重要案件だと感じているようだ。

 だが、俺は住民側が人神教会に対して暴動を起こさないか心配をしている。

 現に、獣人を中心としたグループがかなり殺気立っている。

 これは直ぐに止めないといけない。


「皆さん、怒る気持ちもよく分かります。私もこの事は許せません。でも少し落ち着いて下さい」

「聖女様。でも俺は人神教会が許せません」

「今は落ち着いて下さい。ここで下手に動くと、逆に人神教国に付け込まれます。いずれ皆さんのお力を借りる時がありますので、その時は私達にお力をお貸しください」


 こちらの必死のお願いで、何とか落ち着いて貰った。

 暫くは巡回を強化して、暴動が起きないようにしないといけないな。

 そのうち怪我人の搬送も終わり、落ち着きが出た所でチラホラと住民も解散し始めた。

 

「聖女様、助かりました。治療ももちろんですが、暴動になりかけた住民を抑えてくれ感謝します」

「あのままでは危ないと思いましたから。何とか収まってくれて良かったです」


 教皇から感謝されたが、俺も必死だったからな。

 暴動で、民衆が制御不能になる恐れもあったし。

 ここで王妃様が色々動き始めた。


「教皇様、枢機卿。申し訳ないですが、事が事だけに王城で対策をいたしませんか?」

「王妃様、こちらからもお願いしたいものだ。この度の事で、如何に人神教会が危うくなっているかがハッキリと分かった」

「多くの民が、この件を目撃しています。幸いにして聖女様のおかげでどうにかなりましたが、いつ人神教会がまた何かを仕出かすか分かりません」

「ありがとうございます。直ぐに馬車を手配します」


 教皇と枢機卿も王城に向かうので、急いで周りのシスターに指示を出していた。

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