第百二十四話 サトーの新しい魔法

 少し時間を遡り、ブルーノ侯爵領に飛龍部隊が着く頃。

 ブルーノ侯爵領では、進行してきた魔物を殆ど退治し魔獣から人間に戻った人の治療も終わっていた。


「あ、ルキアの姉さん。飛龍がこちらに向かってきます」

「あれは、アルス王子の飛龍部隊の騎士ですね」


 ランドルフ伯爵領から、一頭の飛龍がこちらに飛んできた。

 殆どの人はお屋敷で飛龍を見たことがあるので、特に驚く様子はなかった。

 そんな中、飛龍が前方に着地し騎士がこちらに向かってくる。


「ルキア様、アルス王子より書簡を預かっております」

「ありがとうございます。皆さん、無事にランドルフ伯爵領の屋敷と研究所の制圧が完了したそうです」

「「「うおー!」」」


 ルキアが受け取った書簡を読み無事に制圧完了を告げると、兵士の間から歓喜の雄叫びが上がった。

 ルキアもほっと一息ついている。


「ついては部隊の内、二部隊可能なら三部隊をランドルフ伯爵領に派遣してくれとありました。今討伐の魔獣を処理している一部隊以外の方は、ランドルフ伯爵領へ向かえますか?」

「はっ、問題ありません。直ぐに出発の準備を行います」

「よろしくお願いしますね。獣人部隊の方々も、引き続き周囲の警戒をお願いします」

「わかりやした。これだけ血の匂いがすると、他の魔物が寄ってきますからね」


 部隊の方も問題はない。

 と、ここで子ども達がルキアに話しかけて来た。


「ルキアお姉ちゃん。人間に戻った人はどうするの?」

「うーん、治療が終わったから連れて行ってもいいんだけどね」

「じゃあ、リリが連れて行ってあげる」

「そんな事を言って、サトー様に会いたいだけじゃないのかな?」

「正解。早くパパに会いたい」


 ルキアは悩んでいるが、早く捕虜を返してあげたいのも事実。

 

「ルキア、我がついているから大丈夫なんだぞ。心配するなだぞ」

「うーん、分かりました。道中は気をつけてね」

「「「はーい」」」


 馬は一頭でも大型の馬車を難なく引いていたので、捕虜として捕まえた人を乗せて出発した。

 念の為に後ろ手枷はしているが、捕虜と子ども達が仲良く話しているのを見ると、たぶん大丈夫なのだろう。

 そんなことを思いながら、ルキアは部隊を見送っていた。


 その頃、バスク領でもランドルフ伯爵領から飛龍部隊が到着していた。


「うむ、分かった。直ぐにでも部隊を向かわせよう」

「軍務卿、後処理はこちらでも行います」

「バスク卿、すまんがまかせる。確か、ランドルフ伯爵領からの難民もいたかと」

「はい、数は少ないですがおります」

「なら一小隊を残し、明日難民と一緒にくるようにさせよう」

「分かりました。準備します」

 

 部隊はこれでよし。

 後はサトーのところだが、既に出発準備はできていた。


「軍務卿、捕虜も乗せているよー。軍務卿もこっちに乗るでしょう?」

「ああ、これでは馬に乗れぬからな」


 リーフが声をかけているが、今の軍務卿は馬に乗ることができない。

 さっきまで軍務卿に抱きついてないていたミミが、そのままスヤスヤと寝てしまっているからだ。

 わざわざ起こすのも忍びないので、馬車に乗ってランドルフ伯爵領に向かうことにした。


「というわけなの」

「そうなの」


 ララとリリが胸を張って答えていた。

 ちなみにレイアは治療所に向かっていた。

 ミミは馬車の中でまだ寝ている。


「リーフ、ドラコはちゃんとやっていたか?」

「うーん、まあ及第点だねー」


 リーフの感想だと、何とか魔獣を倒せていたので及第点だという。

 そのドラコは、炊き出しの所を手伝っていた。

 ベリルは子ども達の相手だな。追いかけっこをしている。

 ホワイトは、治療所で早速治療を始めている。

 人手が増えたから、色々な所の効率が良くなった。

 と、治療所の方からレイアがトコトコとやってきた。


「パパ、あの人達の治療しないの?」

「あの人って?」

「手足がない人。今のパパならたぶん大丈夫」


 レイアは、治療所の直ぐ側で担架に乗せられているメイドを見つけたようだ。

 確かに伯爵夫人からも、今の俺なら大丈夫だと言っていたが果たして上手くいくか。

 というか、それ以前の問題がある。

 

「魔力使いすぎて、今空っぽなんだよな」


 生活魔法を乱発し末の娘も治療したので、今の俺は魔力が底をついているのだ。


「サトー、指輪にある魔力を補充すればいいじゃないー」

「そうだった。その手があった」


 リーフが当たり前の様な事を言っていたが、確かにその手があった。

 すっかり指輪の存在を忘れていた。

 指輪から魔力を補充すると、全快とはいかなかったがある程度は魔力を回復できた。

 レイアに手をひかれながら治療所の所にくると、四肢を失っている人は全部で四人。片目を失っている人が一人。

 

「サトー、先ずは片目を失っている人から始めよう。先ずは包帯をとって」


 リーフに言われて、メイドの顔を覆っている包帯をとる。結構な傷跡だなあ。

 

「意識を集中すると悪いところが黒く淀んでいるからー、そこを聖魔法で治すイメージだよー」


 リーフにアドバイスをもらうが、これは俺の中で暴れていた黒いのを抑え込んだ時と同じイメージだ。

 メイドさんに触れて軽く魔力を流すと、体のあちこちに淀みがあった。意識を集中して淀みを治す様に、聖魔法を循環させていく。

 おお、かなり魔力を持っていかれるぞ。淀みが治るように念入りに魔力を循環させると、次第に淀みが取れていった。

 完全に淀んだ所がなくなったのを確認したところで、魔力を流すのをやめた。

 見た感じ、顔はキレイに治っている。

 果たして視力も戻っているのか。それが重要だ。


「どうですか? 目は見えていますか?」

「見える、目が見えています。ありがとうございます、ありがとうございます」


 メイドさんは嗚咽を漏らしながら、俺に感謝をしていた。

 顔の傷のことは、半ば諦めていたのだろう。

 他のメイドさんも、ありえない奇跡に希望を持ったようだ。

 と、ここでいつの間にかギャラリーが増えていたのに気がついた。


「ほー、ここまで治るとは。サトーの聖魔法は凄まじいのう」

「是非軍人も治してほしいものだ。軍にも傷ついた者がおるからな」

「でもかなり非常識な魔法ですよ。教会でも奇跡として語り継がれるでしょうね」

「あまり人前で見せてはいけない魔法ですね」


 ビアンカ殿下に軍務卿、エステル殿下にオリガさんが俺の後ろから覗き込んでいた。


「えーっと、場所を変えてから魔法をかけた方がいいですか?」

「そうじゃのう。屋敷の中で治療した方が良いじゃろう」


 ということで、メイドさんを手分けして屋敷内に運ぶ。

 それぞれの部屋があるから、ベットに運ぶ。

 ちなみに玄関ホールを一部避難所にして、保護された子ども達の面倒を見る予定。

 屋敷を維持するだけの人員もいないし、それ以前に統治をどうするかという問題もある。

 とりあえず早くメイドさんを治して、人手を増やさないと。


「ではいきます」


 今度は片足を失ったメイドさん。

 体の様子をみると、複数箇所に淀みがある。

 今度は片足を再生させないといけないので、さっきよりも多くの魔力を持っていかれる。

 それでも集中して魔力を流すと、無事に足が再生されたようだ。


「パパ凄い!」

「ララはまだそこまでできないや」

「リリも無理だよ」

「しかし本当にサトーは非常識だな」

「そこはサトーさんですから」

「聖人ではなく変人とは、流石ですね」


 先程とは別のギャラリーが、俺の後ろにいる。

 アルス王子とリンさんの言い方は、マリリさんが言っている通りに変人扱いだ。

 くすん、ちくしょう。


「ギャラリーを無視して、もう一人を治しますか」


 もう一人のメイドさんも片足がない。

 同じ様に集中して、聖魔法を流す。おお、魔力がだいぶ少なくなってきたぞ。

 気を取り直して集中すると、同じ様に足が再生できた。

 あかん、頭が少しフラフラだ。


「魔力の使い過ぎだねー。少し休まないとー」

「しかしながら、主の魔法は凄いのだぞ」

「うんうん、僕も関心しちゃったよ」


 また新たなギャラリーがやってきたけど、確かにリーフの言うとおりだ。

 魔力を予備の指輪から吸収しても、まだフラフラが治らない。

 と、ここでミケが血相を変えて部屋の中に入ってきた。


「お兄ちゃん、二階のお姉ちゃんの様子がおかしいの」

「何だって? すぐにいくよ」

「私達も、お嬢様の所に向かいます」


 末の娘の容態が良くないらしい。

 治療したメイドさんも一緒にくるというので、みんなで二階に上がる。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「お嬢様、大丈夫ですか?」


 ミケとメイドさんが声をかけるが顔色が真っ青で息も荒く、一目で容態が良くないのが分かった。


「そういえばビルゴという男が、お嬢様に何かを飲ませてました。これを飲めば手足が再生すると言って」

「あのバカ野郎、魔獣化の薬を飲ませたな」


 伯爵夫妻は、薬を飲んでも魔法抵抗が強くて魔獣化しなかったと言っていた。

 恐らく末の娘も魔力抵抗が強いのだが、まだ小さくて体が持たないのだろう。

 急いで体の様子を見るが、全身が真っ暗に淀んでいるのが分かる。

 俺は、末の娘に聖魔法をかけた。

 徐々に黒い淀みが取れていくのが分かるが、手足までは再生できないや。

 次第に俺の意識が飛びそうになるが、それでも踏ん張って聖魔法をかけた。


「ど、どうだ?」

「お嬢様の顔色がだいぶ良くなりました」

「そ、それはよか……った」

「お兄ちゃん!」

「あーあ、完全に魔法の使い過ぎだねー。精神力を使い果たしたんだよー。寝かせて置けば大丈夫だよー」


 俺は、魔法の使い過ぎで気絶してしまった。

 気絶する前にリーフが寝ていれば治ると言っていたので、少し安心していた。


「うーん、ここは?」

「玄関ホールですよ。サトーさんは魔法の使い過ぎで気絶したんですよ」


 暫くして目を覚ますと、俺はいつの間にか玄関ホールの担架に寝かされていた。

 呆れた様子で、リンさんが俺の事を覗き込んでいた。

 その周りには、涙目のミケと子ども達がいた。


「ミケちゃん達が泣きながらサトーさんが倒れたと言ってきたのですよ。こちらも肝を冷やしました」

「面目ないです」

「人命救助だからといって、無茶しすぎです」

「すみません」

「とりあえず、あの子の容態はよくなりました。スラタロウとララちゃんの聖魔法でもある程度は治療できるので、サトーさんは暫く休んでください」

「はい、分かりました」


 リンさんは俺にお小言を言っていたが、リンさんにも心配をかけてしまったらしい。

 ミケ達にもかなり心配かけたので、謝っておいた。


「おや、気がついたようじゃな」

「はい、ご心配をおかけしました」

「元気になればそれでよい。あの娘は、四肢を回復させるまでに薬の影響を取り除かないといけないとの判断になった。幸いにして、先程のサトーの聖魔法のお陰で危機は脱したのじゃ。暫く娘の治療はララとスラタロウに任せて、お主はメイドの治療に注力するのじゃ」

「ララ、治療頑張るよ!」

「そっか。すまんな、任せてしまって」

「大丈夫!」


 ビアンカ殿下がやってきて、今後の治療方針が伝えられた。

 確かにまだ体の中の淀みは取れてなかったので、もう少し治療してから四肢を再生するとしよう。

 暫く治療を任せるララの頭を撫でてやった。


「リリ達も、あの子の友達になってやってな」

「リリ頑張る!」

「レイアも」

「僕も」

「ミケはもうお友達になったよ!」


 歳が近いこの子達なら、きっといい友達になれるだろう。

 そう思いながら、俺はもう少し寝るようにした。

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