第百三話 子ども達の悪人の見分け方

「むにゃむにゃ」

「くー」

「すやすや」


 ベットが追加された翌日の朝。

 子ども達は相変わらず俺にくっついているが、それでも以前のような窮屈感はない。

 今日は寝ている間のトラブルもなく、久々に熟睡できた気がする。

 まあ、ベリルがまたベットの布団に潜り込んでいるのはこの際目をつむろう。

 背伸びをしてベットから抜け出す。

 

「うーん、パパおはよ。くぁあ」


 おや、レイアが起きたようだ。可愛らしいあくびをしながら伸びをしている。

 さて、着替えて朝食を食べに行こうか。


「疲れた、へろへろー」

「ワフー」


 今日も朝からシルの特訓を受けていたドラコとベリルは、特訓の疲れから朝食後にへろへろになっていた。


「シル、ドラコとベリルの仕上がりはどうだ?」

「訓練を始めた頃よりはいいが、まだまだ。次の訓練にうつるには時間がかかるのだぞ」

「そうか、じゃあ当分は朝の特訓は継続か」

「がーん」

「クーン」


 シルにダメ出しをされて、ドラコとベリルはショックを受けていた。

 魔力制御もまだまだで、魔法障壁を出すところまでたどり着いていない。

 回避と防御力を上げないと、この後の戦闘には参加できないな。

 

「リンさん、道中の準備は大丈夫ですか?」

「大丈夫です。まあ道中は、サトーさんやスラタロウの料理を食べられないのは残念ですが」

「そういえば、何気に昼食とかは凝ってましたからね」


 朝食後にお屋敷の門の前にいるリンさんに声をかける。道中の準備は万端の様だ。まあ食事は我慢してほしい。

 と、そこにお屋敷からエルテル殿下がやってきて、俺の後ろから抱きついてきた。

 あの、背中に色々当たっているんですけど。


「だから、サトーも一緒にきてよ」

「行きたいのは山々なんですが、文官が揃うまではあの書類を片付けないといけないんですよ。一緒にやりますか?」

「うう、それは嫌だな」


 一緒に書類をやると笑顔でエステル殿下を誘ったら、物凄く渋い顔をして俺から離れた。昨日の書類処理の量は相当こたえたらしい。

 

「じゃあ、暫くサトーに会えないから、その代わりに私をぎゅっとして」

「ああ、ずるいです。私もぎゅっとしてください」

「は?」


 エステル殿下が何か不穏な事を言ってきて、それにリンさんも乗っかってきた。

 いやいや、この二人いきなり何を言い出すんだ。


「王族や貴族の未成年の令嬢に、成年の男性がハグするのはまずいでしょう」

「将来結婚するんだからいいじゃない」

「そうです。問題ありません」


 おお、久々に二人が暴走モードに入ったぞ。

 こうなるともう誰も止められない。

 他の人を見回したが、アルス王子とオリガさんは苦笑した様子で諦めろと首を振っており、ビアンカ殿下とマリリさんはニヤニヤしながら早くやれと急かしている。

 ここは諦めるか。

 ぎゅっと、二人まとめてハグしてやった。


「仕方ないお嬢さんたちですね。無事に帰ってきてください」

「うん、えへへ」

「無事に帰ってきますね」


 エステル殿下とリンさんは、笑顔になって俺の事を抱き返してきた。

 後ろでビアンカ殿下とマリリさんがわざとキャーキャー言っているが、気にしないようにしよう。


「行ってきますね」

「サトー、浮気しないでね」


 ハグを解くと、二人は名残惜しそうに馬車に乗り込んだ。

 リンさんの合図で馬車は出発して行った。

 あとエステル殿下、俺はナンパ野郎ですか。

 

「うん?」

「「お兄ちゃん」」

「パパ、レイアも」

「ミケもミケも」

「僕も」

 

 袖を引っ張られたので振り返ったら、子ども達が俺の事を見上げていた。

 どうもリンさんとエステル殿下のハグを見て、自分達もしてほしいらしい。

 しょうがないから五人まとめてハグしてやると、子ども達はきゃっきゃ言っていた。


「奥さん、奥さん。本命がいなくなった瞬間に早速浮気ですわよ」

「しかも一度に五人とは。サトーは豪傑じゃな」


 マリリさんとビアンカ殿下が三文芝居をしているので、見ないことにしておこう。

 さて、俺達も仕事をしないとな。


 執務室で書類を整理中。

 みんなで書類を黙々と確認しているが、エステル殿下がいないとあってだいぶ静かだな。

 エステル殿下の座っていた机を見ていると、ビアンカ殿下が声をかけてきた。


「何じゃサトーよ、もうエステルお姉様が恋しいか?」

「いや、エステル殿下がいないと随分静かだなと」

「ああ、それはあるな。余計な声がないから集中できる」

「殿下も何気に酷いですよ」


 アルス王子も同意してきたが、何気に言い方が酷い。

 思わずルキアさんも苦笑していた。

 

「そういえばアルス王子、難民問題が動き始めると言うことはランドルフ伯爵領の件も動き始めると言う事ですか?」

「鋭いなサトーよ。既に一個小隊がバスク領へ向かっている。難民と一緒にブルーノ侯爵領に向かってくる予定だ。その後に二個小隊が合流して、最終的には一個中隊の規模となる」

「結構な人数ですね」


 中隊クラスになると、かなりの規模の駐屯となるな。

 それだけ王国もこの件は本気になっているのだろうな。


「ただし、これはブルーノ侯爵領での話だ。バスク領にも一個中隊と置く。エステルとリンにはこの件もバスク卿に話をしてくる様に言いつけてある」

「バスク領からランドルフ伯爵領に向かう街道にも部隊を配置するんですね」

「そうだ、部隊の指揮は軍務卿がつく事になる」


 軍務卿が自ら指揮する事になると言うのは、それだけ重要な事なんだろうな。

 でも軍務卿って誰なんだろう?


「アルス王子、軍務卿はどなたが務めているんですか?」

「ウェリン公爵だ。代々軍人を輩出してきた歴史ある貴族だな」

「そうなんですね、そのような方が来るなんて心強いですね」

「実はビアンカはそこの孫と婚約している。今回は当主とその孫もくるそうだ」


 代々軍人を出している、歴史ある公爵家か。

 ビアンカ殿下の婚約者になるだけあって、きっとすごいお孫さんなんだろうな。

 と思ったら、ビアンカ殿下が渋い顔になっている。


「ビアンカ殿下。どうしたんですか、その表情は」

「何でもないではサトーは誤魔化せぬな。まあ、会えばわかるのじゃ」

「はあ、わかりました」


 ビアンカ殿下がこう言った以上は、今は何も言わないだろう。

 本人に会えたときの楽しみにしておこう。


「失礼します」

「あれ? ケリーさん、どうかしたのですか?」

「今日スラムで面接した人物の書類と、自治組織から推薦する人物の書類です」


 その後も書類整理をして夕方になった時に、今日スラムの炊き出しに同行していたケリーさんが執務室に入ってきた。

 どうも今日スラムで面接した結果だけど、書類ができるの早くないか。

 と、そこにミケとドラコも入ってきた。二人ともやりきった表情をしている。

 ケリーさんに聞いてみよう。


「書類できるのが早くないですか?」

「わたしもそう思います。しかし、そこに残っている方は全てミケ様とドラコ様の確認で問題ないと判断された方です」

「二人の判断?」

「ミケ確認したよ。悪い人は何となく分かるんだ」

「僕は匂いで分かるよ。シルも一緒だから、間違いないと思うよ」

「成程、二人の特性ですね」

「はい。実際に問題があると判断された人は犯罪者でしたので、治安向上にも役にたっております」


 シルも後に控えていて二人のチェックを通ったなら、マトモな人達だろう。

 しかし結構な人数がいるぞ。これを確認しないといけないのか。


「ちなみにお屋敷前の炊き出しの所でも面接を行っておりますが、同じくララ様とリリ様とレイア様がチェックしております。書類ができるのは明日になりますが、ワース商会や人神教会の残党も捕まっており大変ありがたいです」


 ついでとばかりにララ達も活躍したとケリーさんが報告し、執務室に入ってきたララ達もドヤ顔でピースしている。


「優秀な人材が多い分には全く問題ないな。近い内に貴族になるサトーの分も含めて多めに採用しておこう」

「国としても人材はほしいのじゃ。今はここで研修扱いにしておけば良いじゃろう」


 アルス王子からもビアンカ殿下からも問題ないと言われたけど、俺が貴族になった時の人材はまだ早い気がするが。


「じゃあ、今日はみんな頑張ってくれたから夕食にデザートをつけようかな」

「「「「「やったー!」」」」」


 ルキアさんからのご褒美に、子ども達は大喜び。

 夕食時に出されたフルーツの盛り合わせに大興奮していた。

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