第九十九話 ブルーノ侯爵領への帰還

「朝日が眩しいよー」

「ドラコ、道中は馬車の中で寝ていていいよ」

「そうするよ」


 昨日のサーシャさんのファッションショーに強制参加となったドラコは、朝早くに目が覚めてしまった。

 服装自体は青色のチャイナドレスで、意外とドラコの髪の色にもあっていた。

 まあ、あのファッションショーはかなりの体力を使うけど。


「パパ、今日は何やるの?」

「そっか、レイアは魔力圧縮できたんだよな。魔法障壁をやってみよう」

「おー」


 レイアは一足早く魔力圧縮ができたから、魔法障壁を試してもらう。


「パパ、できた」

「おっ、すごいな。よくできたね」


 レイアは魔法障壁もあっさりできた。魔法センスが素晴らしい。

 ちなみにララとリリはまだ魔力圧縮の練習中。

 レイアは、ララとリリに魔力圧縮を教えに行った。

 さて、ドラコにはもう魔法剣のかけらもないこれを渡そう。


「これは何?」

「本来は魔法剣の柄なんだけど、これは完全に鉤爪だね」


 ドラコに渡したのは、鉤爪型の魔法剣の柄。

 一回俺が手本を見せてやる。


「こんな感じて、魔力操作をすれば鉤爪が現れる」

「おー、やってみるよ」


 ドラコは鉤爪を受け取って魔力操作をするが、中々上手くいかない。

 

「鉤爪を自分の体の延長だと思ってやってみて。肩の力を抜いてリラックス」

「うん」


 何回か試してみたら、不安定ながら発動ができた。


「今日はここまでだね。発動できたから、後は練習あるのみだ」

「うん、できて良かった」

「ドラコもやればできるんだから」


 昨日は色々な事が散々に終わったが、一つでもできると嬉しいはずだ。

 俺はホッと胸をなでおろしているドラコの頭を撫でてやった。


「お兄ちゃん、きたよ」

「こっちも魔法の訓練終わったから

ちょうどいいな」


 裏庭にミケとビアンカ殿下とエステル殿下が現れた。

 後はポチにフランソワにショコラもいる。

 あ、その後からシルに引きずられてベリルもきた。


「主よ、こいつも混ぜてやるのだ」


 シルは、ポイッとベリルを置いてきた。

 ベリルも何が何だか分かっていない様だ。

 すると、ポチとフランソワとショコラから魔力の集まる感覚があった。

 まさか……


「主よ、ドラコに手本を見せてやるんだぞ」

「おい、イキナリかよ!」

「ワオーン!」


 それから暫くの間、俺とベリルは放たれる魔法をひたすら避けていた。

 ベリルは何も聞いていなかったのか、時折俺に見せる表情が涙目だ。


「はわわわわ」


 ドラコは俺とベリルが魔法を避ける様子を見て、顔が真っ青になっている。

 しかしドラコは気がついていない。

 俺とベリルの次に、ドラコがこの魔法を避ける訓練をすることに。


「ぜいぜいぜい」

「クーン」


 数分後、俺とベリルは地面に横たわっていた。

 ここしばらく朝寝坊していたベリルはともかく、何故俺が同じ目にあわないといかないんだよ。


「ドラコよ、主の近くに行くのだ」

「えっ、このあたり?」

「そうだぞ」


 何も知らないドラコは、シルに言われるがままに俺の近くにきた。

 

「ドラコよ、いくのだぞ」

「えー!」


 シルは、ドラコの気持ちが固まる前に訓練を始めていた。

 必死になって魔法を避けるドラコ。

 だが、放たれる魔法のスピードは抑えめ。

 しかしながら、今のドラコにはそんな余裕はないだろう。


「ハアハアハア」


 数分後、地面の上に大の字で横になっているドラコの姿が。

 一度も当たらずによく避けきったよ。


「はい、ドラコちゃん」

「ありがとう、ミケちゃん」


 ドラコはミケからタオルを受け取っていた。

 ちらりと後ろを見たらマルクさんがいたので、用意してくれたようだ。


「ドラコ、やってみてどうだ?」

「いやあ、これは大変だね。でもサトーもやっていたんでしょ?」

「ああ、ハンデをつけた状態でね」

「ハンデ?」


 ドラコは少し復活したみたいだが、俺達もやっていた事に驚いていた。

 そしてあの制御の腕輪の事を話してなかったな。

 アイテムボックスから一個取り出す。

 ララ達も気になってこちらにきた。

 

「「「何これ?」」」

「これは制御の腕輪で、これをつけると魔力や体の動きが制御されるんだよ」

「ふーん、貸してみて」

「あっ、こら。勝手につけるな」


 ドラコは説明の途中で俺から腕輪をひょいと持っていき、自分の腕に装着した。


「何これ? 体が重くなったよ」

「それは腕輪の効果だ。お前達は冒険者の訓練を始めたばっかりだから、この腕輪を付けるのはもう少し後だよ」

「ちぇー」


 ドラコから腕輪を外しながら効果を説明してやったが、特にドラコにはまだ早い。

 ドラコは不満を漏らしていたが、もう少し動けるようになってからだ。


 さて、訓練も終わり朝食も食べたのでブルーノ侯爵領へ向かう準備をする。


「お父様、バタバタして申し訳ありません」

「いや、こればかりは仕方ない。また難民の件で直ぐに来るのだから。怪我には気をつけなさい」

「はい、お父様」


 またくるので、挨拶もそこそこにギルドへ出発する。

 ギルドでチナさんを乗せて、ブルーノ侯爵領へ出発。


「リン様、お疲れ様です」

「ブルーノ侯爵領へ行ってきますわ」

「分かりました。お気をつけて」


 門番さんとリンさんが簡単なやりとりをして、街道を進みはじめる。

 ちなみにドラコとシルとベリルは既に爆睡中。

 ララとリリとレイアも初めての長距離移動ではしゃいでいたが途中で寝てしまい、結局ブルーノ侯爵領に着く直前になってようやく起きてきた。


「何だか、馬の進む速度が早くないですか?」


 ふと、チナさんが俺に馬車の速度について言ってきた。

 あ、俺達は慣れたけど、普通の人にとってはかなり速いんだっけ。


「この馬は特別で、普通の馬よりも速く走る事ができます」

「そうなんですね、流石は貴族の方の馬車です」


 チナさんが褒めてくれたけど、まさか魔法が使える馬とは言えないな。

 しかもギルドから借りている馬と馬車だし。

 そういえば、こいつらもいつかは返さないといけないんだっけ。


 そんな事も思いつつ、馬車は順調に進んで行く。

 予定通りに、夕方前にブルーノ侯爵領に到着する。

 寝ていた人も、ようやく起きたようだ。

 城門のチェックで順番に並んでいると、前の人が手続きでカードを出しているのにララ達が気がついたようだ。


「「「「「はい!」」」」」

「はい、確認しましたよ」


 ミケとドラコもカードを出していて、門番さんは苦笑していた。

 というのも、乗っているのが俺達で既に顔をあわせているので、細かく検査しないつもりでいたらしい。

 門番さんは、子どものノリに付き合ってくれたようだ。


 まずは冒険者ギルドに向かっていく。

 そういえば、ブルーノ侯爵領の冒険者ギルドには行ったことないな。

 ギルドはバスク領と同じ位の大きさで、そこそこ人で賑わっていた。

 ここは行ったことのあるリンさんを先頭にギルドの中に入っていく。

 中は比較的オッサンが多かったが、中には小さい子もいる。

 どうやら、護衛一辺倒の依頼ではなくなったようだ。


「すみません、手続きをお願いします」

「はい、少しお待ち下さい」


 指名依頼なので、窓口に直接指名依頼書を出した。

 そのまま全員のギルドカードを受付のお姉さんに渡して、手続きを行う。


「奥のテーブルで薬草の確認をしますので、出して頂けますか?」

「分かりました。このテーブルで良いですか?」

「はい、ありがとうございます。物凄い量ですね」


 指定されたテーブルに薬草を出すと、受付のお姉さんはかなりビックリしていた。

 何人かの職員と手分けして確認している。

 事前にこちらで種類別に分けておいたので、量の割には時間はかからなかったようだ。


「はい、確認できました。お金はいかがしますか?」

「全員に均等にお願いします」

「わかりました、そのように処理いたします」


 みんなで沢山集めたのだから、ここは公平に均等にしておこう。

 特にビアンカ殿下とかからも異論はなかったし、そのままスムーズに手続きは終わった。


「サトーさん、流石にこの金額は受け取れません」

「いや、これはみんなで薬草を取った結果ですので、そのまま受け取って下さい」


 たかが薬草、されど薬草。

 いくら単価が安くてもその分量で補えば、金額はとんでもない事になる。

 チナさんは新人冒険者にとって多すぎる金額に驚いて受け取りを辞退しようとしてきたので、無理矢理納得してもらった。


 ギルドを後にして、コマドリ亭に移動。

 チナさんには馬車の中で待っていてもらっている。


「こんにちは!」

「ミケちゃんいらっしゃい」


 宿は賑わいを取り戻していて、何人ものお客さんが食堂にいた。

 ちょうど娘さんが応対してくれた。


「サトーさん、今日は男性なんですね」

「ははは、もう女装はコリゴリですよ」

「えー、よく似合ってましたよ」

「それはどうも。俺達じゃないんだけど、三名宿泊は可能性ですか?」

「ちょうど三人部屋が空いてますよ」

「それは良かった。ちょっと呼んできますね」


 うまい具合に三人部屋が空いていたので、宿泊も問題なさそうだ。

 馬車の中からチナさんを呼んでくる。


「お姉ちゃん」

「チナどうしたの?」

「お姉ちゃんからの手紙をみて居ても立っても居られなくて、サトーさんに連れてきてもらったの」

「そう」


 娘さんは、飛び込んできたチナさんを抱きしめていた。

 チナさんは娘さんの胸の中でワンワン泣いていた。


「おばさんは元気になった?」

「良くなったよ。まだ歩くには時間かかるけど、病気はもう大丈夫だよ」

「良かった」


 チナさんはホッとしていた。

 これでおばさんに会えればもう大丈夫だろう。


「サトーさん、本当に色々ありがとうございます」

「いや、できる事をしたまでですよ」

「それでも感謝しています。それで、おばさんの治療をしてくれた人にもお礼を言いたいのですがかのうですか?」

「えーっと」


 チナさんにルキアさんの事を話していいか迷った。

 ちなみに娘さんはあちゃーって顔をしている。

 宿を引き払うときに俺達の事を話したので、娘さんは俺が迷っている理由を分かっている。

 旦那さんは、ルキアさんとエステル殿下とビアンカ殿下の事を知ったときは腰を抜かしていた。

 奥さんは、「あらあらそうですか」って感じで受け止めていた。

 母親は強しって感じだな。


「サトーよ、別にいいのでは? 今回は問題ないと思うのじゃ」

「そうね、今回はビアンカちゃんに賛成ね。大丈夫だよ」


 ビアンカ殿下とエステル殿下にオッケーを貰ったので、明日の朝にお屋敷に連れて行くことにしよう。


「ではチナさん、明日朝に迎えにきます」

「はい、ありがとうございます」

「今日はいとこ同士、ゆっくり話しして下さい」


 明日朝に迎えに行くということで、コマドリ亭を後にした。

 後でルキアさんにも報告しないと。


「うわあ、大きいお家だね」

「こんなお家初めてみた」

「レイアも」


 お屋敷に到着すると、ララ達はその大きさにビックリしていた。

 確かに豪華さに目が行きがちだけど、広さも凄いよな。

 そんな事を思いながらお屋敷の中に入ると、ちょっとマリリさんとはち合わせになった。

 メイド姿で動いていて、どうも子ども達の入浴時間の様だ。


「あ、サトーさんおかえりなさい」

「マリリさん、戻りました」

「すみません、今は手がはなせなくて」

「いやいや、お仕事頑張ってください」


 マリリさんは、裸で駆け回る子どもを追いかけていた。


「元気ねー」

「元気になった、ということでしょう」


 エステル殿下のつぶやきに対するリンさんの感想が答えなんでしょう。

 子どもたちもだいぶ明るくなった気がする。


「リン様、みなさま。おかえりなさいませ」

「オリガさん、今戻りました。ルキアさんはいますか?」

「今は執務室におります。案内します」


 ちょうど通路の向かい側からオリガさんが歩いてきたので、ルキアさんのところに案内してもらう。

 ララ達は周りをキョロキョロしながら俺やミケの手を掴みながら歩いていく。


「失礼します。みなさまお帰りになりました」

「ありがとうございます。入って下さい」


 オリカさんが俺達が着いたと報告したら、中からはルキアさんの声がした。


「失礼します」

「みなさま、おかえりなさいませ。ララちゃん達もいらっしゃい」


 中に入るとルキアさんとルキアさんのお父さんとアルス王子がいて、何か書類を確認していた。

 ちなみにルキアさんは冒険者姿ではなく、貴族令嬢らしいドレスを着ていた。

 ルキアさんのお父さんが座っているのは、車椅子の様なものだ。まだ歩くのは大変なのだろう。

 俺達はソファーに座った。


「だいぶ忙しそうですね」

「ええ、やらなければならない事が沢山あるので」

「俺達も手伝いますので、何かあったら言ってください」

「ありがとうございます」


 色々な種類の書類を見ていたので、ここは分担してやったほうがいいな。

 後でリンさんとビアンカ殿下に聞いてみよう。


「ギルドへの薬草の納品が終わりました。まだ足らないと思いますが、急場は凌げると思います」

「ありがとうございます。ギルドに依頼して安全に薬草がとれる場所を確認してますので、場所が確定したらまたお願いするかと思います」

「任せて下さい。俺は本当は冒険者ですから」

「サトー様は何でもやられるので、つい冒険者だということを忘れてしまいそうです」


 ルキアさんが少しからかいながら話してくれたが、子どもたちでも薬草が取れる場所があれば需要に供給が追いつきそうだ。


「タラちゃんとかは役にたってますか?」

「大助かりです。私が動けず、まだまだ教会も機能しているとは言えないのです」

「当分は専属で治療にあたった方がいいですね。リリとララとレイアも回復系使えますので、練習兼ねて手伝いをさせますので」

「それは心強いですね。なにせ本当に手が足りないもので」

「ララ、リリ、レイア。明日から困っている人のお手伝いをしてくれるかな?」

「ララ頑張る!」

「リリも頑張る」

「レイアも」

「くすくす、頑張ってくださいね」


 想像以上に治療が必要な人が多いらしく、それも宿の奥さんの様に何回も治療しないといけないので、ララ達は当分魔法の練習を兼ねて回復班の手伝いだ。


「他には何かあります?」

「屋敷の前で炊き出しをしてますが、できればスラムの近くでも行いたいのです」

「それなら手を分けましょう。スラタロウとタコヤキを炊き出しに割り振って二箇所にします。ミケ、また炊き出しのお手伝いできるかな?」

「おお! ミケにお任せだよ」

「なら護衛も兼ねて、ドラコも一緒にやってもらおう」

「僕も頑張るよ!」


 ミケとドラコがいるなら、スラムでの炊き出しも可能だ。

 護衛には、念の為にシルとベリルをつけておけば良いだろう。


「難民の件はあと二、三日かかります。直ぐに動けるところがわかりましたら、またバスク領へ行って頂く事になります」

「最悪手が足りなかったら、それは私とリンちゃんで行くよ。バスク領の話だからリンちゃんは必須だと思うし」

「そうですね。私達の従魔とあの馬なら、護衛としても大丈夫だと思います」


 うーん、今回は俺は手が塞がりそうだから、もしかしたら難民問題はリンさんとエステル殿下に任せっきりになるかも。


「なら妾とサトーは、暫く内政に専念となるな」

「少しでも手が多いほうがいいでしょう」

「すみません、お願いします」

「ルキアさん、今すぐ手伝いますよ」

「サトー様は到着したばかりです。今日は休んで頂いて、明日からお願いします」


 ルキアさんからも今日は休むように言われたので、素直に従おう。

 実は子ども達が眠くなっているのもあるのだ。


「ルキアさん。コマドリ亭の奥さんの治療の件で親類の人がルキアさんにお礼したいそうです」

「まあ、わざわざ申し訳無いです。朝のうちなら大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。朝イチでこちらにお連れします」


 チナさんの件は、これで大丈夫。

 朝イチで迎えに行けば良いだろう。


「「お兄ちゃん、まだ?」」

「パパ、疲れた。眠いよ」


 おっと、子ども達は暇になったからあきてきた。

 眠そうにしてたし、ずっと座りっぱなしだからな。


「お疲れのようですね。ここまでにして、夕食にしましょうか」

「「「「「やったー!」」」」」

「おいこら、急に元気になって」

「いいじゃありませんか。子どもは元気が一番です」

「そうじゃぞ、サトーよ」


 食事になったら元気になるとか、ある意味単純で助かる。

 ビアンカ殿下はルキアさんの意見に同調してますが、あなたもまだ子どもですよ。


 ルキアさん達は保護された子どもと一緒に食べているらしく、俺達も一緒に食べた。

 子ども達の方から俺達に話しかけてきたりと、随分回復してきたな。

 ルキアさんとオリガさんとマリリさんが、何人かの小さい子どもからママと呼ばれていた。

 そしてマリリさん。俺の方を指さして、子ども達に「ママがきた」と言わないで下さい。

 子ども達も、「ママが男の格好をしている」と言わないように。

 アルス王子含めて、俺の方を向いてみんなで爆笑していた。


 その後は案内された客室で休むことに。

 ララ達は食事をしたら寝てしまったので、ベットに運んで寝かせる。

 俺が寝るスペースがなくなったので、寝袋を床に敷いて寝ることにした。

 寝るときにリーフとタラちゃんから街の様子を聞いたけど、美人店員がいなくなったとそこら中で噂になっているのは何でだろうか。

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