第二十九話 残念なお兄様の到着

 ビアンカ殿下のお兄様が到着するまでに少し時間があるので、応接室でお茶を飲みながらみんなでワイワイやっています。

 特に女性は身分関係なく一緒になって何かを話しています。

 それを男性陣が苦笑しながら見ています。

 最新のオシャレやお菓子の事とか、冒険の愚痴とか。

 どこの世界に行っても、女性はおしゃべり好きですね。

 そしてそんな女性軍団に何故かスラタロウが混じっている。

 話に相槌打っているけど、お前にオシャレは不要だろう!

 シルクスパイダーも三匹集まって何か会話しています。

 もしかしてお互いの主人の事かな?


「失礼します。御館様、飛龍部隊がもうそろそろ到着と言う事です」

「そうか、ありがとう。しかし随分と早くついたな」


 おしゃべりもひと段落した所で、執事のグレイさんが飛龍部隊がそろそろ着くと教えてくれた。

 バルガス様も疑問に思っていたけど、到着は夕方ではなかったっけ?

 まだ三時位なので、予定よりも随分と早いぞ。


「あー、アルス兄上はその、妾の事が心配で早くきたかもしれんぞ……」


 お兄さんが心配して早く来てくれるなんて良い事に思えるが、何故かビアンカ殿下には珍しく言葉の歯切れが良くない。

 何か問題でもあったのだろうか?


 お屋敷の庭に着陸すると言うことなので、みんなで玄関に出て待つことに。

 ここの庭は広いから、飛龍の数匹の着陸位は全く問題なさそうだ。

 よく見ると、遠くの空から飛龍が近づいてくるのが見える。

 あれ? 一匹だけやけに先行してきているぞ。

 一匹の飛龍だけどんどん近づいてきて、庭に着陸。

 金髪の長身でスラっとしているけど程よく筋肉質のイケメンが飛龍から降りてきた。

 どう見てもあれがビアンカ殿下のお兄さんだな。


 ばた……


「ゼエゼエゼエ……」


 おーい! 飛龍がぶっ倒れたぞ! どう見ても疲労困憊でぐったりしているぞ!

 それを無視してイケメン金髪がこっちに猛ダッシュしてくる。

 イケメンなのに、必死すぎてなんだか残念なお顔になっているよ。

 ビアンカ殿下とバルガス様以外、みんなポカーンとしています。

 うん、俺もその気持ちはよくわかるよ。


「ビーアーンーカー!」

「お兄様、ちょっと落ち着いて……」

 

 ビアンカ殿下が何かを言おうとしたけど、それを無視してお兄さんはビアンカ殿下にガバッと抱きついた。

 あれ? お兄さん号泣していない?


「ビアンカ大丈夫? どこも怪我していない? ビアンカが襲われたって聞いて、お兄ちゃん心配で心配で心配で仕方なかったよ。もうお兄ちゃんが来たから安心してね。本当は家族みんなで来るって言ったけど……」

「お兄様、ちょ、落ち着いて……。くるし……。誰か、助け……」


 おお、ビアンカ殿下が妙に歯切れ悪かったのはこういう事か。

 どう見てもすんごいレベルでのシスコンだ。

 みんな一歩引いているよ。その気持ちよくわかるよ。

 イケメンだけにその衝撃が大きいよね。

 でもビアンカ殿下を抱きしめすぎて、ビアンカ殿下が窒息寸前じゃないかな?


 バサバサバサ


「殿下! 速すぎです!」

「殿下、いくら妹君が心配だからって飛ばしすぎですよ! 殿下の飛龍が疲労困憊ですよ!」


 やっと追いついたもう二人の飛龍に乗っていた人も、遠慮なくお兄さんに注意していた。

 これは日常茶飯事にやっているなあ。

 でもお兄さんの耳には全く届いていないみたい。


「お兄様! 落ち着いて下さい!」

「おお、ビアンカの顔を見たら我を忘れてしまったよ」


 ビアンカ殿下が大声で叫んで、ようやく抱擁が解かれたようだ。


「お兄様、正座!」

「はい!」

「どうしていつも妾の事になると我を忘れるのですか!」

「それはビアンカが心配だから……」

「心配してくれるのはありがたいのじゃが、周りをよく見てくだされ。お兄様にはもっと王族としての自覚を持って……」

「しゅん……」


 今度はビアンカ殿下がお兄さんの事を説教し始めた。

 お兄さん正座して小さくなっているけど、流石に庇えないなあ。


「バルガス様……」

「はい、ビアンカ殿下と他のご兄弟とは歳が離れており、また小さい頃にビアンカ様のお母様が亡くなった事もあり、国王陛下に王妃殿下、側室の方を含めみんなでビアンカ殿下を可愛がりました。その結果、皆様親バカにシスコンとなってしまって……」

「ああ、そんな経緯が……」

「ビアンカ殿下も皆様が悪気がないのはわかっていらっしゃるのですが、流石に人前でシスコンぶりを発揮されたので……」


 バルガス様に経緯を聞いたけど、そんなにはっきりと言い切るとは。

 きっと公然の事実なんだろうな。

 でも流石に人前ではビアンカ殿下も怒り心頭でしょうね。


「とはいえ、このままで埒があきませんな。ビアンカ殿下、皆様お待ちです。そのへんでいかがでしょうか」

「うむ、妾とした事が少々熱くなってしまったのう」

「助かった……」


 バルガス様がビアンカ殿下に声をかけて、説教は終わった様だ。

 ほっと一息をつくシスコンが若干一名いるが、自業自得なので誰も気にしなかった。


「では改めて、第三王子のアルスだ。近衛部隊所属で、本件の捜査指揮をとる。何かあったらすぐ私に報告する様に」


 改めてと言うことで、お兄さんが自己紹介をした。

 キリリとしていて、この姿だけならとてもモテそうだ。

 ……重度のシスコンがなければなあ。なんか殿下って呼びにくい。


「アルス殿下、お久しぶりにございます。この度は我領での事件でご足労頂き申し訳ございません」

「いや、卿も襲撃されて怪我をされたという。無事で何よりだ」

「私の横にいるのが、この度の襲撃の際に助けて頂いた冒険者でございます。ビルゴ様のパーティと、リン様のパーティ。それにサトー様のパーティにございます」

「ふむ、なかなかに優秀だと聞き及んでいる。リン嬢は確か隣の子爵家の者だったな」

「はい、領地経営の勉強の一環で、冒険者をしております」

「うむ、様々な経験を積むことはとても良い事だ。これからも励むように」

「ありがたきお言葉です」

「そしてサトーにミケか。ふむなかなかに面白い存在だと聞いておる。後ほど詳しく話を聞きたいものだ」

「私には勿体無いお言葉です」

「謙遜するな。既に上級の力もあるという。父上も注目しておったぞ」


 こうして真面目に喋っている分には、本当に良く出来る人物なんだろう。喋り方も威厳があるし。

 頭の切り替えが早いんだろうね。


「さて、大体の事件のあらましは聞いておる。先ほど父上からも追加の情報を頂いた。さらに不測の事態が起きてもこれだけの実力者がいる。早速容疑者を呼ぼうとするか」

「うぬ、もう言い逃れの出来ない位の証拠がある。もはや逃げられまい」

「そうしよう。ふふふ、ビアンカを襲った報いを受けるが良い!」


 おお、またシスコン魂に火がついた様だ。

 背後に火がメラメラと燃えているぞ。

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