27.田舎者、ぼったくられる
しばらく森の中を歩き、三人は亜人の村へとたどり着いた。
「この村、何て名前の村なんだ?」
「ヴェルン。一応、私の故郷ね。出来れば来たくはなかったけど……そうも言っていられないから」
苦い顔をしてイェイラは閉口する。
そういえばヘイロンは彼女の過去を全く知らない。もちろん、イェイラだってヘイロンの過去を知らない訳だが……あの表情を見る限り、あまり良い思い出はなさそうだ。
「治療院は村の大通りを通って一番奥。私たちは宿を取っておくから、いってらっしゃい」
「金はどうする? 亜人は人間の通貨は使わないだろ?」
「ああ、そうだった……これで足りると思うから。とりあえずこれで払ってきて」
「分かった」
イェイラは硬貨の入った袋を投げて寄越した。
丸い硬貨がいくつか入っていて、真ん中に穴が空いている。硬貨によって穴の数が違っていて、数が多いほど価値が高いということだった。
一から五まで、穴が空いた硬貨がある。
穴が一つ空いている硬貨が一ファイ。二つ空いているのが十ファイ。三つ空いているのが百ファイ。
一番価値が低いのが一つ穴で、そこから穴が増えていくごとに価値も上がっていく。
人間が使う硬貨よりも覚えやすい。
ニアが最初、金貨や銀貨を見て難しい顔をしていた理由が分かった。単位も使い勝手も、亜人硬貨の方が易しいのだ。
二人と別れてヘイロンは治療院を目指す。
先ほど寄った村でもそうだったが、ここでも人間のヘイロンは注目を集めるみたいだ。
「これ、一人で行って診てもらえるのか?」
不安になりながらヘイロンは治療院のドアを叩く。
すると治療師であろう女性が出迎えてくれた。
「どうしました?」
「怪我の治療をしてほしいんだが……大丈夫か?」
「ええ、もちろんです」
治療師はヘイロンを椅子に座らせると傷の具合を見てくれた。
「おれ、人間だけどいいのか?」
「患者であるなら人間だろうと亜人だろうと関係ありませんよ」
微笑んで治療師は怪我の診察をしていく。
「この村にはどういった経緯で? 遭難でもされたのですか?」
「いや、案内してもらったんだ。この村出身の奴がいてさ」
「それはもしかして……いいえ、なんでもありません。気にしないでください」
誤魔化すように笑って治療師の女は回復魔法を掛けていく。
ヘイロンはそれに違和感を覚える。何かを隠しているのか。知られたくないのか。
気になるが余計な詮索はしない方が良いだろう。亜人たちの反感を招いてしまっては元も子もない。
「傷は塞がりましたけど、痕が残っちゃいましたね」
「動けば問題ないよ。ありがとう」
グルグルと右肩を回してヘイロンは感触を確かめる。
可動に問題はない。前と同じように動かせる。これなら肩車もバッチリだ。
「治療費、七千ファイになります」
「あ、ああ……これで足りるか?」
「ええ、頂戴しますね」
ヘイロンには相場はわからない。そして亜人通貨の価値もよくわかっていない。
今の七千ファイ。人間通貨であればどれくらいの換算なのだろうか。
軽くなった財布を懐にしまって、ヘイロンは治療院を後にする。
向かったのは二人が居るであろう宿。部屋のドアを開けると、ベッドの上でイェイラがニアの髪を乾かしていた。
「あっ、ハイロぉ!」
「待ちなさい。まだちゃんと乾いてないでしょう!?」
イェイラの静止も聞かず、ニアは戻ってきたヘイロンに抱き着く。
火照った身体は温かい。軽い身体を持ち上げるとほのかに石鹸の香りが漂う。
そのままヘイロンはニアを肩車してやった。
「いいな、風呂に入ってきたのか?」
「うん!」
「ちゃんと乾かさないと風邪ひくぜ?」
天井につきそうなくらい持ち上げてあとニアをベッドに置くと、乾いたタオルを取って髪を拭いてやる。
ゴシゴシと拭ってやると、ニアは気持ち良さそうに目を瞑ってまどろんだ。
「あなたも入ってきたら? その恰好、不衛生よ」
「うん? ああ、そうだな。そうするよ」
イェイラの指摘通り、ヘイロンの恰好は良いとは言えない。ジークバルトとの戦闘での負傷。服も体も血で汚れている。
小さな村には珍しく、宿の風呂は大浴場が備えてあった。
でかい風呂なんて大きな都市にしかないと思っていたが、あるところにはあるみたいだ。
こんな贅沢はヘイロンも久しぶりだ。何を隠そう、ヘイロンは風呂が好きなのだ。
「じゃ、行ってくるよ」
「あなたが上がったら、食事に行きましょう。それまでゆっくりさせてもらうわ」
「どうぞ、ごゆっくり~」
嬉しそうなヘイロンの様子にイェイラは苦笑した。
ヘイロンが出て行ったあと、ベッドに腰かけ溜息を吐く。
「何なのかしら、あの男」
「イェイラ、ハイロのこときらい?」
「好きとか嫌いとか、まだ分からないわね。悪い人でないのは確かだけど……」
「ニア、すきだよ!」
「ふふっ、しってる」
ニアを膝上にのせて、イェイラは考える。
幼いニアがヘイロンの事を好いているのは知っている。彼が優しいというのはイェイラも知るところだ。
他の人間のように亜人だからと差別もしないし、一緒に居て少し心地よいと感じることもある。
けれど、時折不気味さを覚えることもあるのだ。人間なのに得体の知れない化け物がそこに居るんじゃないかと錯覚してしまう。
「おかしいわね……化け物は私の方なのに」
「なに?」
「ううん、なんでもない。ニア、何か食べたいものはある?」
「ごはん!? えっとぉ……」
腹が空いていたニアはあれこれと食べたいものを述べる。
イェイラは彼女の要望を聞きつつ、ハイロに預けていた財布の口を開けた。
「これ……、なんでぇ!?」
イェイラは絶叫する。
なぜなら、財布の中身がごっそり減っていたからだ。
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