21.鬼神、殲滅する
村を出て故郷に戻るまで、レオスは一睡もしないで歩き通した。
その様子はもはや狂気さえも感じさせるものだった。
ニアはレオスの背でいつの間にか寝てしまっていた。
泣き疲れて眠って、起きると見慣れた景色が目の前に広がっている。
「ニア、そろそろ着くよ」
レオスの掛け声に、ニアは目を擦って前を見る。
そこには故郷の見慣れた家屋が並んでいた。ここの一番大きい屋敷がニアの住んでいた場所だ。
けれど、どういうことか。
村のどこにも人が見えない。誰もいない。ひどく閑散としている。
困惑しているニアの目に飛び込んできたのは至る所に飛び散った血の跡だ。
「っ、……これ」
レオスの背でニアは絶句する。
誰かの痕跡が、生きていた痕が絶たれたもの。まだ幼いニアにだってこの惨状が何なのか理解できた。
それなのにレオスは、まるでそれが見えていないかのように村の中を進んでいく。
「ニア、僕たちは償いをしなくちゃいけない。ここから逃げ出した罰を受けなくちゃ。きっとそれで皆も許してくれるよ」
熱にうなされたように、レオスは意味の分からない話をする。
ニアは彼が何の話をしているのか。まったく見当がつかなかった。
村の奥に進んでいくたびに、道端に転がる死体は増えていく。
漂う死臭に、ニアは必死に吐き気を堪えた。まるで地獄だ。この地獄の先に何が待ち構えているのか。
鬼か悪魔か。それとも死神か。
ハイロがここにいてくれたら、鬼でも悪魔でも、死神だったとしても倒してくれるだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えていると、ふいにレオスの足が止まった。
二人の目の前には真っ赤な鬼神がいた。
頭からつま先まで、血しぶきにまみれて立っている。その男が仁王立ちしている、その後ろには斬首された亜人たちの頭がずらっと並んでいた。
そのさらし首の中にはニアの両親、兄弟たちの顔もある。
「……なんだ? 戻ってきたのか? そのまま逃げだすと思っていたのに、存外肝が据わっている」
その男はレオスに気づくと薄っすらと笑みを浮かべた。
こんなにも残虐な事をしたのに、笑っている。そのことにニアは怖気を感じた。
「お前たちは一匹たりとも逃がしはしない。殲滅が私の使命。恨むのなら――呪われた、その血を恨め」
男は地面に突き立てていた剣を抜いて、ゆっくりと迫ってくる。
血に濡れた足跡を残して、死臭を漂わせて。
構えた剣先が、二人を捉える――その刹那。
「ニア、ごめん。やっぱり無理だ。僕にはやっぱり出来ない。ごめ――」
閃いた剣の切っ先は、レオスの首を一瞬で狩っていった。
離れた胴は支えを失って前のめりに倒れていく。その衝撃でニアはレオスの背から地面へと落ちる。
飛び散った血しぶきと流れ出た血液で、ニアは血まみれになりながら呆然とするしかなかった。
レオスが何を謝っていたのか。ニアは理解できなかった。
どんな顔をしていたのかも。何を想っていたのかも。分からない。
けれど――それでも、こんな風に死ぬことをニアは望んでいなかった。
「こいつは何をしに来た? 死にに来たのか? あのまま逃げていればこんな結末にはならなかったものを……理解に苦しむな」
男は冷ややかな眼差しでニアを見た。
そこには何の感情もない。何も思っていないのだ。こんな惨状を引き起こしたというのに。こんなにたくさんの人を殺したのに。
「お前は何だ? こいつらの縁者か?」
転げ落ちたレオスの頭を剣で突き刺して、男は問う。
ニアはそれに何も答えられない。声を出そうとしても喉奥から言葉が出て行かない。
「であれば死ぬがいい。お前たちは一匹たりとも逃がしはしない」
血に濡れた剣が振り上げられる。
それをニアはじっと見つめる。これから殺されるであろう瞬間を。
――でもそれは、永遠に来なかった。
刹那、男の表情に罅が入った。
何か違和感に気づいたように、彼は振り下ろそうとした剣を止める。
その直後――
「ウウゥッ、ガアアァアアッ!!!」
獣のような唸り声と、まっくろな闇がニアの五感を支配する。すぐそばから聞こえた咆哮とその姿はニアの知っているもの。
イェイラの相棒であるハイドだった。
「――っ、グウゥ!」
現れたハイドはその膂力から強烈な爪撃を繰り出した。
突然の事に男は避けられず、剣で受け止める。
すさまじい力で放たれた攻撃は、男を数歩押し返した。
直後、両者の間に降ってわいたかのように、もう一人出現する。
それは、ニアがいま一番会いたい人。
「なぜ貴様がここにいる……?」
――ヘイロン、その人だった。
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