20.兄人、真実を告げる


 ニアはレオスに背負われ、森の中を進んでいた。

 逃げ出そうとも考えたけれど、子供の身体では大人には適わない。余計に痛い思いをするだけだ。

 それが分かっていたニアは、大人しくレオスの背にしがみついていた。


「まさかあそこで再会するなんて! 僕はなんて運が良いんだろう!」


 嬉しそうにレオスは独り言を言う。

 ニアへ語り掛けているのではない。ずっとブツブツ飽きもせずに喋っている。

 記憶にある兄はこんな人ではなかった。それに言い知れぬ不安を覚えながら、ニアは恐る恐るレオスへ質問する。


「……どこにいくの?」

「帰るんだ。家に戻るのなんて久しぶりだろう? もう少しで着くからな」


 嬉しそうに言って、レオスは笑う。

 彼の様子にニアは困惑した。意味が分からない。

 ニアがあの場所に戻りたくないのは、知っているはずなのに。それをこんなに嬉しそうに話すのだ。

 気味が悪くなって、ニアは背で縮こまる。


「い、いきたくない。いやだ……」

「そんなこと言うと、父様も母様もかわいそうだろ? みんな、ニアが帰ってくるの待ってるんだ」


 ――これも嘘。


「なんでウソいうの? だれもそんなこと、思ってないのに」

「……ぼくはずっと思っていたよ。お前が出て行った後もずっと心配していたんだ」

「……っ、ウソだ!」


 あの時、ニアに酷い言葉を投げつけて罵倒したのは、他でもない。兄であるレオスだった。


「出来損ないはいらない」

「さっさと出ていけ」

「二度と戻ってくるな」


 どれも鮮明に思い出せる。ニアの心の傷は未だ癒えてはいない。思い出すと泣きたくもないのに涙が溢れてくる。


 ――ハイロはいつも笑顔だ。

 ニアが泣いたら悲しい気持ちにさせる。せっかくの笑顔が消えてしまう。だから泣きたくはないのに、何度我慢しようとしても無理だった。

 その度にハイロは慰めてくれる。冗談を言って笑わせてくれる。


 こんなことをしてくれる人は、ニアの傍には誰もいなかった。父も母も、他の兄弟たちも。誰もニアを見てくれなかった。

 たまに気にかけてくれていたのは、レオスくらいだ。けれどそんな兄もニアを裏切った。


 震える声で否定するとレオスはすまないと謝った。


「あの時はああするしかなかったんだ。ニアは生まれつき魔力がないだろ? 亜人としてそれは致命的だ。生きていても価値がないと父様も母様も判断した。でも女の兄弟はニアだけだ。僕たちの一族が特別なのはニアも知っているだろう? だから存続の為に仕方なく飼っていた。僕はそれを知っていて、ニアがあそこにずっといても未来がないことも分かっていたんだ」


 だから――とレオスは続ける。


「厳しいことを言って、ニアを遠ざけたんだ。僕もあんなこと言いたくなかった。本当にすまないことをした」

「っ、おにい……」


 彼の告白が本当なのか嘘なのか、ニアには分からなかった。もう何も信じられない。信じたくない。

 でも、少しだけ。レオスがニアを気にかけていたのは知っていた。あの家でニアに話しかけてくれるのは、兄であるレオスだけだったのだ。


 それが、ある時を境に人が変わったようになってしまった。

 確か……あの時、何かのお祝いをしていた。ニアはそれが何の為のものか分からなかった。でもみんな、口をそろえておめでたいことだと言っていた。これで大人の仲間入りだと。


 その日から、レオスはニアを避けるようになった。話もしなくなった。同じ家に居ても会わなくなった。

 理由も分からず、ニアは嫌われたのだと思った。他の皆と同じようにレオスもニアを嫌いになったのだと。


「おにいはニアのこと、きらいじゃないの?」

「そんなことない。嫌いだったらこうして探したりしないよ」


 笑みを零してレオスは告げる。

 その一言にニアは少しだけほっとした。もしかしたら嘘かもしれないけれど、噓であっても嬉しいと思ってしまった。


 けれど、そんな淡い歓喜もすぐに消えてなくなる。


「ニアはいい子だ。だからあの時、僕が逃がしてやったことの恩返しをしてほしい」

「……え?」

「あそこで会ったのは運命だ。僕はずっとニアの事が心配だった。きっと皆も認めてくれるよ。だって、仲間外れはかわいそうだろ?」


 レオスが何を話しているのか。ニアは理解できなかった。

 何の話をしているんだ、と聞く前に彼はぽつりと呟いた。


「もう残ってるの、僕とニアだけなんだ」


 やるせなく笑って、レオスは森を行く。

 この先にある景色がどんなものなのか。ニアの目には、はっきりと映らなかった。



















補足

ニアの年齢はヘイロンが見た目で推測したもので、実際はもうちょい上です。

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