19.亜人、ドン引く

 

 袋叩きにされたヘイロンは、すぐに追いかけたい気持ちを堪えて耐えた。

 ここで村人に危害を加えたらどうなるか。火を見るよりも明らかだ。だから断腸の思いで耐え忍ぶ。


 制裁が終わり、ヘイロンは村の牢屋へと入れられた。

 冷たい石床に胡坐をかいて、ここからどう出るか思案する。


 出るのは簡単だ。力技でどうとでもなる。しかし脱獄したとしてもニアの居場所が分からない。

 レオスがどこに連れて行ったのかも。何が目的なのかも。まるで分からない。情報が少なすぎて動けないのだ。

 気持ちだけが逸って、落ち着きなくソワソワとしていると不意に誰かが牢の前に現れた。


「あなた、何やってるのよ」


 冷たい声音は村の入り口で別れたっきりだったイェイラのものだった。

 彼女はじっとヘイロンを見つめてこれ見よがしに溜息を吐く。


「イェイラ、ちょうどいい所に。さっさとここから出たいんだ。助けてくれよ」

「人攫いが出たって村中大騒ぎだけど、あなたのせい?」

「俺は何もやってない! あいつが――!」

「分かってるわよ、そんなこと」


 やれやれと肩を竦めて、イェイラは嘆息する。

 どうやらヘイロンに対しての信頼だけはあるみたいだ。言い訳など聞かないと突っぱねて、彼女は獄中で酷い顔をしているヘイロンに言い聞かせる。


「良い? 私が誤解を解いてくるからあなたはここで待っていて。勝手に出て行っちゃうと更に面倒なことになるから、ちゃんと説明してからね。それまで待てるわよね?」

「……っ、なんとか」

「よろしい」


 ――数分後。

 イェイラは宣言通り、村長を説得すると牢の鍵を入手してヘイロンを解放した。


「それにしてもあなた、酷い顔ね。それは治さないの?」

「ああ、これはもう無理だ。こんくらいじゃ死にゃあしないし放っとけばいい」


 ヘイロンの返答にイェイラは不思議そうな顔をした。

 魔法を使えば一発なのに、彼はそれをしないと言う。


「どういうこと? 回復魔法ならそのくらい治すのなんてすぐに出来るじゃない」

「俺が使うのは回復魔法じゃないんだ」

「えっ?」


 イェイラは驚愕に目を見開いた。顔にはどういうことだと書いてある。


「そもそも、回復魔法じゃ千切れた腕は治せないし、一瞬で傷を塞ぐなんて芸当出来ないだろ」

「そ、それはそうだけど! なら、あなたのアレは何なのよ!」


 イェイラは目の前でヘイロンの傷が跡形もなく治ったのを見ている。あれが見間違い、なんかで誤魔化せるはずがない。


「あれは復元だよ。治っているように見えるのは身体を元の状態に戻してるからだ」

「な、なにそれ。聞いたことがない」

「まあな、こんなの使うのなんて変わり者だろうよ」

「あなたがヘンな人だっていうのは、分かるけど……」


 回復魔法よりも便利なものだな、とイェイラは思った。

 これがあれば医者いらずである。

 けれどヘイロンはそうじゃないとかぶりを振った。


「使い勝手が良さそうに見えるだろ? でもこれ、制約が多くて案外そうでもないぜ?」


 元の状態に復元するには、その状態を記憶していなければならない。つまり時間が経ってしまうと上手く機能しない。出来たばかりの怪我や傷にしか使えないというわけだ。

 加えてこの復元魔法には一つだけ致命的な弱点がある。


「他人には使えない。やろうと思えば出来なくもないだろうけど……かなりリスキーだ。そいつの身体の構造、隅から隅まで知っていないと不完全な状態で復元することになる」

「へぇ……意外と複雑なものなのね。でもやろうと思えば私でも出来そう」

「あー……隅から隅までっていうのは、身体すべての造形、骨格。あと中身……血液や体液なんかだな。ぜんぶ一度食っちまえば手っ取り早い」

「……たべる??」


 突然、意味の分からない話になった。

 想像したら気持ち悪くなって、イェイラは口元を手で覆う。

 ヘイロンの話はたぶん比喩ではなく全部本気でやることなんだろう。つまり……彼はかるーく一線を越えている。飛び越えてしまっている。


「俺がポンポン使えるのは自分の身体を知り尽くしているからだ。伊達に腕やら足やら千切ってるわけじゃないんでね」

「あなたの頭がおかしいってことはよーく分かったわ。この話は金輪際しないで。特にニアには、ぜったいに話さないこと! あなた、嫌われたくないでしょう?」


 念押しすると、イェイラは足早に牢の前から去っていく。それを追いかけてヘイロンは外に出た。

 ニアが連れていかれて、すでに二時間は経っていた。ヘイロンは簡潔にイェイラへと経緯を伝える。


「――それで、ニアが連れていかれた、と……」

「ああ、早く追いかけないと」


 今にも飛び出していきそうなヘイロンを宥めて、イェイラは状況を整理する。

 どうしてこうなったのかも、彼女は何も知らないのだ。


「その人、ニアのお兄さんなのよね?」

「たぶんな。あいつはそう言ってた」


 記憶を辿っても、確かにあの男は自分をニアの兄だと言っていた。

 ニアも知っていたし、それだけは間違いないはずだ。


「……どうしてここに」


 ヘイロンが断言するとそれを聞いたイェイラは眉をひそめた。

 今の話に納得できないことがあるみたいだ。


「何か気になることでもあるのか?」

「ええ、さっき小耳に挟んだのだけど。ニアの故郷、滅ぼされたらしいのよ」

「……はぁ?」


 寝耳に水とはこのことだ。

 いよいよ何が起こっているのか。ヘイロンは分からなくなる。


「あくまで噂。私も疑っているし、信じられない。だってあそこは亜人の中でもエリートの家系なんだから。ただの人攫いにやられるわけないわよ」


 イェイラもこの話は疑問視しているらしい。

 あくまで噂。だけどそれを後押しするような証拠をヘイロンは思い出す。


「そういえばあいつ、怪我してたな……何か関係あるのか?」


 レオスは怪我を負っていた。

 それもかなりのものだ。顔色も酷かったし、歩いているのも精一杯なはず。


 だからきっとあそこでニアを見つけたのは本当に偶然だったのだ。

 しかし、レオスが何の目的で彼女を連れて行ったのか。それだけが分からない。


「可能性はありそうね。とにかく一度そこに行ってみましょう。もしかしたらニアを連れて向かっているかもしれない」

「確かここから一日歩くんだったか?」

「ええ、すぐに出発できるわよね?」

「もちろんだ」


 今は夕方。急いでも明日の昼には到着できるはず。

 支度もそこそこにヘイロンはニアの故郷へと向かう。

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