18.幼女、出会う


 一日野営して、少し歩くと森を抜けたところで村の外壁が見えてきた。


「あれね。まだ人はいるみたい」

「そりゃよかった」


 イェイラの言葉通り、村に異常は見られない。

 見慣れない旅人にじろじろと視線が注がれるが、目立ったところと言えばそれくらいだ。


「ニア、ここしってる」

「へえ、そうなのか?」

「うん! まえ、いっしょにきたから」


 ニアは多くを語らないが、一緒に来たというのは家族とだろう。

 懐かしむような複雑な表情をするニアに、ヘイロンはだったら――と、こんな提案をする。


「よし、じゃあ俺に村の中、案内してくれよ」

「うん、いいよ!」


 ニアは二つ返事で了承した。

 楽しそうにはしゃぐニアを抱きかかえて肩車をしてやると、それを見ていたイェイラが思い出したかのように呟いた。


「そういえば、……この近くだったかしら」

「何の話だ?」

「ニアの一族が隠れている場所よ。ここから一日歩いたところにあったはず」

「亜人は秘密主義だとか言ってなかったか?」

「そうなんだけど、この子のところは有名だからね。誰でも名前は知ってるわ」


 だから――と、イェイラは続ける。


「それだけ恨みを持つ人も多いけどね」

「俺にはどうでもいいよ、そんなこと」


 そもそもヘイロンはニアの一族のことも、全く知らないのだ。だからどれだけ恨まれていようとも、何だろうと気にもならない。


「俺は今から風になる」

「かぜ?」

「落ちないようにしっかり掴まってろよ!」


 イェイラを置き去りにして、ニアと一緒に村の観光を楽しむことにした。

 全速力で駆けて、村を一周する。おおいに楽しませたあと、ニアに村の案内を頼む。


 村の中はヘイロンの知る田舎の村そのものだった。特に変わったところは見受けられない。


「やっぱり至る所から視線を感じるなあ」

「ハイロのこと、めずらしいからみんな見てる」

「まあ、あんだけ走ったらな。でも、人間だって言うけど亜人と姿はそんなに変わらないだろ? なんで分かるんだ?」

「だって、くさいから」

「へえ、やっぱ匂うのか……臭いって、いやだなぁそれ」


 亜人特有の嗅覚というのだろうか。それで人間を区別しているのだという。ニアが言うにはそういうことだった。


 広くもない村の中をゆっくり散策しながら、ヘイロンはイェイラの話を思い出す。

 言うかどうか戸惑って、声を抑えてヘイロンはニアに問う。


「ニア、一つ聞いていいか?」

「うん」

「イェイラがさっき言ってたこと……お前の家族のことだけど、どうしたい?」


 立ち止まって、上を見上げる。

 そこには不安げにこちらを見るニアがいた。さっきまで笑っていた顔に笑みはない。


「前に聞いた時と今は状況が違う。近場ならついでだ。連れて行くことも出来る。もちろん帰りたくないなら、せめて顔出すだけでも――」

「いやだっ!」


 唐突に叫んだニアは伸ばした手でヘイロンの視界を塞いだ。


「ぶわ――っ!」

「うわっ!」


 ドンッ――と何かにぶつかって、誰かが倒れる。

 急いでニアを下ろすと、ヘイロンはその誰かに手を差し伸べた。


「ああ、すまない。前を見てなかった。怪我はないか?」

「いえ、こちらこそ――」


 その人は酷くやつれていた。

 しかしそれよりも目を引くのは――怪我をしているのか。全身に包帯を巻いた姿。かろうじて分かる容姿といえば、頭に生えた角。捻じれているそれは一方は欠けている。


「……ニア?」


 ふと顔を上げたその男はヘイロンの背後にいるニアを見て、目を見開いた。


「やっぱりニアだ。僕だよ、レオスだ。覚えてるだろ!?」


 縋るように伸ばされた手がヘイロンの服を掴む。突然のことに声も出せずに驚いていると、男はさらに声を張り上げた。


「どこに行ってたんだよ! あれから沢山探したんだ!」

「アンタ、誰だ?」

「それはこっちの台詞だよ。そっちこそ、ニアとどういう関係なんだ? 人間だろ? どうして一緒に居る?」


 穏やかじゃない状況にヘイロンはどうしたもんかと逡巡する。

 けれど、何もやましいことはしていないのだ。ここは正直に言って聞かせるしかない。


「行きがけで助けたんだ。人間だとか亜人だとか、俺はどうでもいい。困ってるから助けた。それじゃ不服か?」

「助けられたって……ニア、そうなのか?」


 男の問いかけに、ニアは答えない。さっきから黙りこくって身動きすらしないのだ。

 それにヘイロンが訝しんだ直後、苛立ちを孕んだ怒声が響いた。


「黙ってちゃ何も分からないだろ!?」

「なに子供に怒鳴ってるんだよ。耳がイテェからデケェ声出すな」


 掴みかかろうとした手を払いのけて、ヘイロンは男を警戒する。

 ニアは男をじっと見つめていた。何も答えないけれど、彼女の手がずっとヘイロンの服を掴んでいる。

 小さな手は震えていて、今のニアが何を思っているのか。ヘイロンにはすぐに分かった。


「いいから、その子を返してくれないか」

「まてよ。お前はニアの何なんだ? それくらい教えてくれてもいいだろ」


 努めて冷静に、ヘイロンは問い返す。

 男はそれにイライラしながらも答えてくれた。


「僕はニアの兄だ。ガ・ルデオ・レオス」

「兄貴?」

「これで分かっただろ? さっさとその子を返してくれ!」


 乱暴に手を伸ばしたレオスの行動に、ヘイロンは咄嗟にそれを阻止しようとニアの手を掴む。

 その瞬間、今まで黙っていたニアが叫んだ。


「いっ、いやだ! ハイロがいい!」


 精一杯の拒絶に、レオスは驚愕に目を見開く。

 けれどそれも一瞬のことだった。


「いやだって……僕がどれだけ心配したと思ってる!? ぜんぶお前のためなんだぞ!」

「……っ、ニアのこと、いらないって言った。でっ、でていけって! ハイロはそんなこと言わない!」


 レオスは無理やりにニアを攫おうと手を伸ばす。

 それを阻止しようと、ヘイロンがレオスの腕を掴んだ直後――


「――ッ、人攫いだ!」

「……っ、はあ!?」

「こいつ、この人間が妹を攫ったんだ!」

「っ、テメェ! 何言って――ぐぅッ」


 レオスの叫びを聞きつけて、村人が総出でヘイロンを取り押さえる。

 弁明の余地もなく殴る蹴るの暴行。袋叩きに遭いながら、ヘイロンはレオスに連れていかれるニアの後姿から目を逸らさなかった。

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