17.元勇者、違和感に気づく

 

 食事を済ませた一行は宿で一泊し英気を養い、次の村へと歩を進める。


「これ以降は人間の生活圏はない。つまり、次は亜人の村に行き着くことになるな」

「その村、今もあるといいわね」


 不穏なイェイラの発言にヘイロンは足を止めた。


「それ、どういうことだ?」

「どういうことって、そのままの意味よ。亜人たちには後ろ盾の国もないんだもの。自分たちの身は自分たちで守るしかない。魔物や人間に襲われてもね」


 厳しい物言いにヘイロンは口を噤む。

 彼女の言う通りだ。ぐうの音もでないほどの正論。


「それにいま、人攫いが横行してるって言うじゃない」

「人攫い? なんでそんなこと……」

「分からないわ。でも亜人が奴隷商に捕まって売り物にされているのを何度か見てきた。あいつら、金になるなら何だって良いのね」


 吐き捨てるように言ったイェイラの話にヘイロンは険しい顔をする。

 そういえば、ニアと出会ったのも奴隷商に運ばれている最中だったか。


「そうだ。俺と出会った時、ニアはなんであそこにいたんだ? 売られたんじゃなくて、捨てられたって言ってたよな?」

「いくところ、なくて。あるいてたら、つかまっちゃった」

「ほんとう、ひっどい話ね」


 イェイラはうんざりしたように嘆息した。

 彼女がここまで憤る気持ちはヘイロンにも理解できる。


「でもニア、できそこないだから。だから……いらないから、でていけって」


 辛いことを思い出したのか。ニアは涙を浮かべてヘイロンに抱き着いてきた。

 それをしゃがんで、小さな体を持ち上げるといつものように肩車をする。


「ここにはそんなこと言う奴はいないだろ? やなことは忘れて笑ってりゃいいんだよ。俺みたいにな!」

「う、うん。そうする」


 ヘイロンの笑顔に釣られて、泣いていたニアは笑みを浮かべた。

 それを見つめてイェイラは眉を寄せる。一つだけ気にかかることがあるのだ。けれどこれは、きっとニアが秘密にしたいこと。それを察したイェイラは黙って閉口する。


 代わりにイェイラはもう一つの気になることをヘイロンへと尋ねた。


「……ハイロ、あなたさっき亜人の村があるって言ったわよね?」

「ん? ああ、そうだな。それがどうかしたか?」

「どうしてあなたがそれを知っているの?」


 突然、語気を強めてイェイラはヘイロンへ詰め寄った。

 ニアを肩に乗せながら、何事だと困惑する。彼女がどうしてこんなことを聞くのか、ヘイロンには理由が知れなかった。


「どうしてって……教えてもらったからだよ。……昔の知り合いに」

「その知り合いは人間よね?」

「あ、ああ。そうだ」


 ヘイロンの答えを聞いて、イェイラは腕を組む。

 険しい顔をしながら何かを考え込んでいる様子を見て、ヘイロンのみならずニアもどうしたのかと彼女の様子を気に掛ける。


「亜人はね。自分たちのテリトリーは他の亜人にも教えないものなの。一族の間では共有するけど、赤の他人……ましてや人間なんかには絶対に教えたりはしない。この意味が分かる?」

「そんなこと言っても亜人だって地図くらいは使うだろ。それで」

「私たちが使うものはもちろんあるわ。でもそれは人間用ではない。ましてや人間の生活圏に亜人が使う地図なんて置いてないはずよ。……そうでしょう?」


 イェイラの指摘にヘイロンは無言で頷く。

 ヘイロンが知っている地図は、王国周辺の地形しか描かれていない。国外の地図は取り扱っている所はほとんどなく、あってもそこに村の場所などは描かれていないのだ。


 それを思い出して、ヘイロンは嫌な胸騒ぎを覚えた。


「亜人が秘密主義なのは自衛のためよ。場所が割れてしまえば人間に攻め込まれるもの」

「それでさっき、あんなことを……」


 イェイラは村が無事であればいいと言った。

 それはこれを踏まえての事だったのだ。


「わるい……この話、心当たりはあるんだがまだ確証が持てない。少し考えさせてくれ」

「わかったわ。一応忠告しておくけど、その人。あまり信用しない方が良いわね」

「あー、そうだな。それは身に染みてるよ」


 ヘイロンにこの話をしたのは、彼を謀略に落とした張本人――賢者だ。

 昔はただの物知りだと思っていたが……今のイェイラの話を聞いて、ヘイロンは確信めいた予感を覚える。


 あの裏切りは、何か他の意図があった。

 ヘイロンをあの場所から排斥する以外の、何かが。


「……考えてもわからねえな。さっぱりだ」

「ハイロ、だいじょうぶ?」

「うん? ああ、そうだな。いま気にしても何にもならないか」


 気を取り直してヘイロンは森の中を進む。

 疑問は残るがあれこれ考えても詮無いことだ。今は先に進むことだけを考えよう。

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