第80話

「今日はよろしくお願いします。ゾーイさん」

「よろしくお願いします、イリアさん。すみません、僕の我儘に付き合わせてしまって」

「いえ、構いません。陛下も承諾したことですし、私もあなたに興味を寄せていたので、ちょうどよい機会ですから」


 イリアがその切れ長の瞳で、ゾーイのことを見やる。


 整った顔立ち、物腰柔らかく、女に対しても優しい。女からみれば神から生まれ落とされた天使のような男である。


 こんな男を生まれてから一度も目にしたことは無かったため、最初はゾーイに対して懐疑的な視線を向けていたが、ここ数日だけの行いを見るだけでゾーイという人間が本当に女性に対して忌避や険悪感をもっていないということが分かった。


 グレアも過去の事から抵抗こそしているものの、ゾーイの心からの優しさにほだされ始めている事がグレアの機嫌からも見て取れた。


 イリアとゾーイ、二人並んでグレアとフリーハグをした場所まで行く途中で、ぞろぞろと前にハグをした女性たちが後に続く。


 そして場所に着き、いざフリーハグをしようとボードを掲げる前にはもう列が押し寄せていた。


「ゾーイさんとハグをするものは列を作りなさい」


 イリアがそう言葉を放つと、ピシッと綺麗な列が一瞬で作られる。さすがは帝国だなとそんなことをゾーイは心の中で思う。


 色々な国でフリーハグをしてきたが、これほど素早く列を作った国は未だなかったような気がする。国ごとに特色のようなものが出ていていいなとそんなことを思う。


 それから、フリーハグをし始める。前に来てくれた人や新しく来てくれた人がいたりするので、贔屓はすることなく平等にその人のことを思ってハグをする。


 みんな、幸せそうな顔を浮かべてどこか覚束ない足取りで、自分の家や仕事場所に戻っていく。


 ゾーイがそんな風に、自国の民たちを幸せそうな顔にさせている所、そしてゾーイ本人が嫌がることもなく幸せそうにしている民たちを見て嬉し気な顔を浮かべている所を間近で見てイリアはふと、こんなことを思った。


 この人はもしかして、この世界の人ではないんじゃないかと。女性に忌避感を持たずあれほど優しくするなんてこの世界の男ではないんじゃないかとそう思った。


 まぁ、そんな非現実的な事を頭から振り落とし、ゾーイのフリーハグを見届ける。


 数時間が経ち、そろそろ城に戻ろうということになり、二人は今日のフリーハグを終わらせる。

 

 その帰り道、


「ゾーイさん」

「何ですか?」

「私がハグをしてくれと頼んだら、私にもしてくれるのでしょうか?」

「勿論ですよ。はい」


 そう言って何のためらいもなく腕を広げるゾーイに目を大きく開き、一瞬だけ固まってしまうが自分から言っておいてしないのは良くないだろうとそう言い訳をして広げている腕の中に納まる。


「どうですか?」

「これは……物凄く心地良いです」


 ゾーイの腕の中に納まり、自分とは違う硬い胸に耳を当てゾーイの心臓の音を聞く。暖かな春の匂いのようなゾーイの胸は、今までに感じたことのないほどの安心感と幸福感をイリアへと与える。


 ゾーイから離れるときには、民たちのようにはギリギリの所でならなかったもののキリリとした顔は威厳がなくなっていた。










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