悪魔の魚
それが起きたのは、出航して三日後のことだった。
「うわあ! 変なもの釣れた!」
「ん?」
マストのてっぺんで本を読んでいたら、そんな声が耳に届いた。下を見てみると、たくさんの船員さんが釣りをしてるのが分かる。晩ご飯はあんな感じで釣ってるみたい。
そのうちの一人が尻餅をついて、なんだか慌ててるみたいだった。その周りの人もちょっと警戒してる。魔獣とかではないみたいだけど……。
「変なものが釣れたって。見に行く?」
『是非是非!』
『異世界の人がびびるものってなんやろな。楽しみ』
マストからゆっくりと下りていく。私に気付いた人が安心したみたいにため息をついてるから、他の人にとっても変なものらしい。なんだろう。
「どれ? 何を釣ったの?」
「ま、魔女様! あれです!」
それを釣ったらしい若い船員さんが指さした場所。そこにいたのは、赤くてちょっとまん丸、それに触手みたいなものをうねうねしてる生き物だった。
つまり、タコ。
「あ、あれは魚の魔獣なんです! 魚が異形化してあの形になったらしいんです! 討伐を……!」
『魚の魔獣w』
『いや、まあ地球でも悪魔の魚って言われてたぐらいだしな』
『何も知らなければ確かにうねうねしていて気持ち悪いw』
私も初めて見た時はとても驚いたから、気持ちは分かる。討伐してほしい、というのも分かる。魔獣だと思ってるなら、冒険者に頼むのは仕方ない。
だから、私が気になるのは別のこと。
「倒したらどうするの?」
「もちろん海に捨てます! ギルドでも買い取ってくれませんよ! 素材なんてありませんし!」
「ん……」
そうなんだ。それは、もったいない。誰も食べるのを試さなかったのかな。
『まあ待てリタちゃん。ちょっと考えてみてほしい』
「ん?」
『魚みたいにたくさんとれるならともかく、船員さんの反応から察するにあまりとれない』
『見た目が魚とかけ離れてるからなあ……。さすがに何も知らなかったら試さないだろ』
『タコしかなかったらともかくだけど』
そういうもの、なのかな。
「どうした!」
リーダーさんたちも船室から走って出てきた。タコを目にして、うわ、と嫌そうな顔をしてる。冒険者からしても、やっぱりいらないものみたい。
「またかよ魚の魔獣……。弱いけど何の儲けにもならないから面倒なんだよなあ」
「たまに変なもの吐くしね……」
『変なもの。墨かな?』
『真っ黒だし不気味ではあるw』
真っ黒い液体だっけ。見てみたい気もするけど、別にいいか。それよりも、みんないらないみたいだし、私がタコをもらってもいいと思う。いいはず。食べたい。
「みんないらないなら、もらう。いい?」
「え? それは別に、構いませんが……。どうするつもりで?」
「食べる」
「え……」
『顔がwww』
『船員さんの顔がすごいことになってんぞw』
『ぺろっ、マジかよこいつみたいな正気を疑う顔の味や!』
『何をなめたんですか……?』
信じられないものを見るような顔、にはなってると思う。他の人の視線もそんな感じ。でも、きっと美味しい。タコのお寿司は美味しかったし。
「真美。真美。このタコは生で食べられる?」
『ごめん分からない。そっちの海がこっちの海と同じかも分からないし、そもそもそのタコが地球のタコと同じかも分からないし』
『そりゃそうだ』
『生態系が違ったら毒を持っててもおかしくない』
『ていうかそもそもとして、タコって毒持ってるからな。強いやつだと人間は死ねるぞ』
そうなんだ。じゃあ解毒の魔法とか、できるだけ準備しておこう。あとは、えっと……。どうやって調理したらいいのかな。
『可食部はいろいろあるけど、説明が難しいなあ』
『さばくのも頭をひっくり返したりとかするし、大変かも』
『今回は足だけにしておいた方がいいかも』
そうだね。だから、とりあえず。風の刃で足をすぱっと。
『ヒェッ』
『これはひどいwww』
『ちょっとかわいそうだぞ』
ん……。そうだね。頭の方は、燃やしてしまおう。このまま海に捨てたら、それこそかわいそうなことになるだろうし。
頭をつかんで、魔法で燃やす。一気に燃やして、灰も残さないように。
『あああ! 貴重なタコさんが!』
『タコに負けてうねうねされるリタちゃんが見たかったです』
『へ、へんたいだあああ!』
『そもそもとしてサイズ小さすぎるし、それ以前にリタちゃんがタコ程度に負けるわけないだろ』
『リタちゃん、変態クソ野郎は気にしなくていいぞ』
えっと……。よく分からないから、言われた通りに無視をしよう。
それじゃ、足だけど……。どうすればいいかな。
『釣りたてなら生も美味しいらしい』
『でもなんか皮を取らないととかなかったっけ?』
『面倒なら茹でちゃえ』
『あ、でも塩とかでぬめりをとらないといけないよ』
茹でる。それが一番楽そうだ。魔法で綺麗にして、アイテムボックスからお鍋を取り出して、魔法で水を入れる。お鍋を直接熱して、水を沸騰させて、タコの足をどぼんと。
「どれぐらい?」
『魔法が相変わらず便利すぎて羨ましい』
『一分から五分』
『差があるなあw』
『お好みで、だから』
んー……。じゃあ、間をとって三分だね。のんびり待とう。
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