庇われた生徒


 慣れてきたお城を歩いて、学園長の部屋へ。ノックするとすぐに、どうぞという声が聞こえてきた。中に入って学園長を見ると、書類仕事をしてるみたいだ。せっせと読んではサインを繰り返してる。

 でも私の方を一度見ると、手を止めてくれた。


「どうした? コウタの話でも聞きに来たか?」

「んー……。もう満足した」


 学園長は毎日のように私の部屋を訪ねてきて、師匠の話を聞かせてくれた。私の知らない師匠のことを知れて満足してる。でも。


「そろそろここを出ようかなって」


 そう伝えると、予想していたのか学園長は分かったと頷いた。


「君が授業には満足していないことは察していたからな。そろそろだろうとは思っていた」

「でも、楽しかったよ。教え方とかも参考になる……気がする」

「そこで言い切らないのが君らしい。そもそもとして、君が学べることは少ないとは思っていた。それで、出発はいつかな?」

「んー……。今日」

「本当に急だな……。分かった。手続きはこちらで終わらせておく。だが、エリーゼには君から伝えるように」


 それは当然と思ってる。だから、あとはエリーゼさんを待ってから出発かな。でも待つだけっていうのももったいないし、ギルドに行って依頼を受けてもいいかも。

 でもその前に。聞きたいことがあったのを思い出した。


「帰る前に聞いておきたいことがあった」

「なにかな?」

「師匠は生徒をかばって死んじゃったんだよね? かばわれた人が誰なのか、聞いてもいい?」


 私がそう言うと、学園長は分かりやすいほどに体を強張らせた。そして私をじっと見つめてくる。これは、警戒されてる気がする。でも理由が分からない。聞き方が悪かったかな。


『リタちゃん、せめてなんで聞きたいのかを説明した方がいい』

『俺たちはリタちゃんが話を聞きに行きたいだけって分かるけど、よく知らなかったら殺しに行くつもりなのかと思いかねない』


 ええ……。そんな意味のないことするつもりないんだけど……。でも、その通りなら納得もできる。生徒が殺されるかもしれないと思ったら、学園長は警戒して当たり前かな。


「師匠の最後を聞きたいだけ。それだけだよ」

「それは……。本当か? 君の師匠に誓えるか?」

「ん」


 しっかりと頷くと、学園長は安心したようにため息をついた。


「現在は休学中の子だが……。ミト、という子だよ」

「…………。なんて?」

「ミトだ」


 ミト? ミトって……。ミトさん? え? いや、ほんとに?


『変なところで繋がったなあ』

『つまりここに来るまでもなく、あいつのことが聞けたってことか……?』


 そういうことだね。ミトさんも教えてくれたら良かったのに。隠さなくてもいいと……。

 いや、うん。言えない、よね。賢者の弟子だってことを知った後なら、特に言えるわけがない。むしろ学園に通ってるっていうのは聞いてたんだから、私から聞いてあげたらよかったかな。

 むしろミトさんは、私がいつ気がつくかと気が気でなかったかも。

 よし。帰ったら、ちゃんと話を聞こう。思えばミトさんの身の上ってほとんど聞いてない気がするし。学園を卒業して、冒険者になってCランクになったことしか……。


『そういえば、さっき学園長、休学って言ってなかった?』

『言ってた。ミトさん卒業してないっぽい』


 言われてみれば、確かに休学中って聞いたね。卒業してないってこと、だよね。


「その人、どうして休学したの?」

「それがな……。コウタが死んでしまう原因になったことを気に病んでいるらしい。コウタを慕っている者も多かったからな。そういった者たちからの視線に怯えたというのもあるんだろう」


 実際はそんなこと誰も思ってないはずだが、と学園長は苦笑した。

 私もさすがにミトさんに責任があるとは思えない。ミトさんを助けたのは師匠の意思だから。ミトさんにも、ちゃんと学園には通ってもらおう。

 でもとりあえず、私はミトさんに話を聞きたい。早く帰りたい。


「ちょっと急いで帰る。話を聞いてくるから」

「それは構わないが……。誰にかな?」

「ミトさん。私のお家で勉強してる」

「そうか……。いや、ちょっと、待ってほしい。勉強? 誰が? どこで?」

「ミトさんが。私のお家で」


 そうしっかりと言ってあげると、学園長は口をあんぐりと開けて固まってしまった。


『休学して去って行った生徒が、賢者の弟子の家でお勉強中である』

『そりゃ情報の処理に困るわw』

『お労しや学園長……』


 え。これ、私のせいなの?

 少しだけ待つと、学園長ははっと我に返って咳払いをした。でもまだ困惑してるのがすぐ分かる表情だ。それぐらいには驚いたみたい。


「何がどうなってそうなったのか分からないが……。いや本当にどうしてそうなった……。いや別にいいのだが。いいのだが。いや本当に意味がわからん」

「ダンジョンの調査でミリオさんに同行していたパーティメンバーの一人」

「そうか……。いや、まあ、いい。うん。いい。元気にしているなら、私から言うことはないさ」


 そう言いながらも、学園長はまだ少し混乱してるみたい。待っていても仕方ないから、とりあえずミトさんに会いに行こう。


「ミトさん、もう一度学校に通うことはできるの?」

「え? ああ……。もちろんだ。それは、もちろんだ」


 落ち着くのに時間がかかりそうだね。まだまだ混乱してる学園長に軽く手を振って、私はお家に転移した。

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