お風呂
夕方。真美の家のリビングに転移すると、すでに真美が待ち構えていた。なんだかすごく機嫌が良さそうだ。怒ってないみたいでよかった。
「待ってたよリタちゃん!」
「ん……。それで、どうするの?」
「うん。リタちゃん、パジャマとか持ってる?」
パジャマ……。えっと、寝る時に着る服、だっけ。どこかでそんな言葉を見た気がする。
「ないよ」
「え」
『ない、だと……?』
『待ってリタちゃん今まで気にしてなかったけど服どうしてんの!?』
「ん……?」
ローブの下にも服は着てるけど、それぐらい。別に着替えとかはない、かな? 寝る時はもちろんローブは脱いでるけど。
そう説明すると、真美の笑顔が引きつっていた。
「いや、えっと……。その、不衛生というか……。汚れるから着替えたりとか……」
「ん? 魔法で綺麗になってるよ。寝る前と起きた時にちゃんと魔法を使ってる」
「あ、だめだこれ。一般的な正論が魔法で全部封殺されるやつだ」
『そこで諦めるなよ真美ちゃん!』
『リタちゃんを助けられるのはお前だけだ真美!』
『がんばれ超がんばれ!』
「うん! 私、がんばるよ!」
なにこれ。いや本当に、なにこれ。
こほん、と咳払いして、真美が続ける。
「リタちゃん! お風呂のあとはパジャマを着るものなの!」
「う、うん。そうなんだ」
「そうなの! リタちゃんの背だと私が昔使ってた着ぐるみパジャマになるけど、大丈夫?」
「ん。よく分からないけど、大丈夫」
お風呂そのものがよく分からないから、真美にお任せするよ。
「それでね、質問だけど! リタちゃん、犬と猫、どっちがいい?」
『犬の着ぐるみか猫の着ぐるみかってことかな』
『リタちゃんならどっちも似合いそう』
『これは楽しみ』
んー……。どっちでもいいけど、どっちかで言えば、私は犬の方が好きかな。
「犬で」
「そっかリタちゃんは犬派なんだね! でも残念、キツネさんの着ぐるみしかないよ!」
「なんで聞いたの?」
『草草の草』
『なんか真美ちゃんのテンションが無駄に高いぞw』
『せめて選択肢に入れろよw』
今日の真美はなんだかちょっと怖い。不思議な圧力があるよ。ちょっと、困る。
今日は一度帰った方がいいかも、と考えてる間に、真美に左手を掴まれた。真美は満面の笑みだ。
「それじゃ、行こっか」
「…………」
こわい。
『いったい何が真美ちゃんを突き動かしてるんだ……』
『それはともかくお風呂だぞ』
『よし全裸待機だな!』
「あ、リタちゃん、光球はちょっと離れた場所でお願いできる? 間違っても中に入れないように」
「ん」
『なんでえええ!?』
『そんな殺生な!』
『ここまで期待させておいてそれはひどいと思います!』
『断固として抗議する!』
そんな視聴者さんの抗議の声を、真美は完全に無視していた。
お風呂場、というのは意外と狭い場所だった。大きな箱みたいなものに湯気の立つお湯がいっぱい入ってる。あと、なんだかよく分からない変なもの。先端に穴がたくさんある。
「真美。これ何?」
「シャワー。はい、リタちゃんここに座って」
「ん」
言われた通りに小さな椅子に座る。真美が蛇口、かな。何か違うかも。それを回すと、シャワーの穴からたくさんのお湯が出てきた。
これ、すごいね。こんな感じでお湯が出るんだ。おもしろい。
「ところでリタちゃん」
「ん?」
「防御の魔法というか、そういうの、かけてる? 水、弾かれてる気がするんだけど」
「ん」
「解除してもらうのは、だめかな?」
「んー……」
それは、ちょっと不安というのが本音だ。昔から師匠がかけてくれていたし、自分で使えるようになってからは自分で常にかけてるものだったから。
「リタちゃん。だめ、かな……?」
「ん……。わかった。だから、そんな顔しないで」
別に真美を信じてないわけじゃない。だから、そんな悲しそうな顔をしないでほしい。
魔法を解除すると、お湯が直接肌にかかったのが分かった。熱くはないけど、不思議な感じだね。んー……。不思議。とか思っていたら、頭からお湯をかけられた。
「わぷ」
「目、閉じててね」
しゃかしゃかと、真美が頭を洗ってくれてる、というのはなんとなく分かる。
「かゆいところとか、ない?」
「ん。気持ちいい」
「あはは。それならよかった」
シャンプーとかリンスとか、そういったなんだかよく分からないものも使って洗われてる。泡がいっぱいでちょっとおもしろい。
最後にお湯で洗い流して、終了、かな?
「はい、お疲れ様でした」
「ん……。悪くなかった」
「よかったよかった。じゃ、次は体の方ね」
「え」
ちなみに、さすがに洗い方を教わって自分で洗うってやり方だったよ。ちょっとびっくりした。
洗い終わったら、お風呂。お湯の中に入るって不思議な気分だね。つま先をちょっとお湯に入れると、少し熱く感じた。
「んー……。ちょっと熱いかも」
「シャワーが大丈夫だったなら平気だよ。ゆっくりでいいから」
「ん……」
つま先からゆっくりと入っていって、足を入れて、体を入れて、肩の上まで。
ちょっと怖かったけど、うん……。悪くない。なんだかすごく、気持ちいい。
「ふへ……」
「リタちゃん、どう? 気持ちいい?」
「ん……」
これは、すごくいいね。師匠が入りたがっていたのもよく分かる。なんだかとっても、いい気持ち。
真美もお風呂に入って、二人で一息。んー……。悪くない。とてもいい。なんだか幸せ。
「ちなみに、公衆浴場とか温泉とか、そういうのもあるよ」
「なにそれ」
「どっちも基本的にはたくさんの人と入るお風呂かな。その代わりにすっごく広いお風呂。あと、いろいろ種類もあったりするかな。体をほぐしてくれるジェット噴射みたいなのがあるお風呂とか、お月様とか見ながら入れる露天風呂とか、サウナとか」
「んー……。気になる……」
「うん。今度、一緒に行こうね」
「んー……。真美と一緒なら、いいよ……」
「うん! ……って、リタちゃん寝たらだめ! 気持ちは分かるけど! リタちゃん!」
はあ……いいきもち……。
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