リタの依頼

「今日の予定だけど、まずはギルドに行くよ」


『お? またギルド?』

『昨日の今日だから行かないと思ってた』

『何しに行くの?』


「ん。ちょっと、ミレーユさんに依頼したいことがある」


 コメントにたくさんの疑問符が並んでる。私が依頼するのはちょっと不思議かもしれないけど、この世界の知り合いが少ない私だとどうにもならないから。

 とりあえず、転移。転移先はいつもの街の中、ギルドマスターさんの部屋の前だ。すぐに帰るつもりだから、時間優先で転移してみた。さすがに驚かれるかも。

 私がドアをノックするとすぐに、どうぞ、というギルドマスターさんの声が聞こえてきた。


「ん。こんにちは」

「あら、リタさん。こんにちは」


 執務机で仕事中のギルドマスターさんが少しだけ驚いて、そしてすぐに笑顔で挨拶してくれる。でもなんとなく、少し戸惑ってるような気もする。


「リタさん、一応聞いておくけれど、隠蔽せずに来たわけじゃないわよね? Cランクが気軽に入ってくるのはさすがに問題なのだけど……」

「ん。ドアの前に直接転移した」

「あ、そう……」


 頬が引きつってる。転移魔法についてはもう知ってるはずなのにね。それとも、やっぱり下で一声かけた方がいいのかな。んー……。面倒だからいいか。


「ミレーユさんは?」

「ミレーユに用事なの? もうすぐ来ると思うけど」

「ん。じゃあ、待っててもいい?」

「ええ、どうぞ」


 そう言ってから、ギルドマスターさんはまた仕事に戻ってしまった。ペンを持って、何かを書いてる。書類仕事ってやつだね。


『異世界でも中間管理職は書類仕事に追われるんやな』

『俺もそろそろ仕事行くかな』

『学校行かないと……』

『学生と社会人はがんばれよー』


 ん。視聴者さんたちもこれから仕事とか行くみたいだね。真美たちも今頃、準備してるのかな。

 ソファに座って、ミレーユさんを待つ。ギルドマスターさんがペンを動かすかりかりという音が聞こえてくる。この音、結構好きだな。

 ぼんやりと待っていたら、ドアが開いてミレーユさんが入ってきた。


「ミレーユ。いつも言ってるけど、ノックぐらいしてくれない?」

「忘れていましたわ」

「おかしいわね、ほぼ毎日言ってるはずなんだけど」


 ミレーユさんはそれを無視して、私ににっこり笑顔を向けてきた。


「来ていたのですわね、リタさん」

「ん。ちょっとミレーユさんに用事があって」

「あら。わたくしに? 何でしょう?」

「ん。魔法学園に行きたい」


 ぴたりと、ミレーユさんが動きを止めた。ギルドマスターさんのペンを動かす音も聞こえなくなってる。二人の視線が私に集中してるのが嫌でも分かるね。


『ほーん、魔法学園』

『なんで今更?』

『ミトちゃんの話で行きたくなったとか?』


 んー……。まあ、そんなところかなあ。勉強をしに行きたいわけじゃないけど。

 ミレーユさんは怪訝そうにしていたけど、すぐになるほどと手を叩いた。


「そういえば、お師匠様の軌跡を調べたいと以前話してくれていましたわね」

「ん。それ」


『あー! なるほど師匠さん関係か!』

『森を出て行ったあいつが間違いなく行った場所が学園だもんなあ』

『それ以外はどっかあったっけ?』

『さあ?』


 ん。それも学園に行ったら分かるかも。でもとりあえず、学園に行きたい。師匠が最後に過ごした場所だから。


『魔女なら、魔法使いを育てる場所に視察とかもあり得そうだし、わりといけそう』


 あ、それいいかも。使わせてもらおう。


「隠遁の魔女として視察、とかでもいいよ。行けたらいい」

「それが一番手っ取り早いですけれど……。でも、それだとあまり時間は取れないですわ。それに、魔女が滞在していると知られれば、きっとどうにかして依頼しようとする者が出てくるはずですわ」


 んー……。それはすごく面倒だ。相手したくない、というのが本音だね。それにしても、なんだかとても実感がこもってる言い方だった。


「もしかして、経験談?」

「経験談ですわ。すごくうっとうしかったですわ。焼き尽くしたくなりましたわ」


 うふふと笑うミレーユさんはとても怖かった。


『ヒェッ』

『この人ちょいちょい怖いなw』

『まあしっかり王子様に復讐した経験もあるお人ですし』

『改めて言われるとマジですごいなこの人』


 ん。私の友達はとってもすごい。


「じゃあ、どうすればいい?」

「そうですわねえ……」


 腕を組んで考えてくれるミレーユさん。ちなみにギルドマスターさんは仕事に戻ってる。ペンを動かす音が聞こえてきてるから。

 でも提案は、そのギルドマスターさんからだった。


「留学生みたいな感じならどうかしら。隠遁の魔女の弟子として、見聞を広げるために一時的に通うことになった、とか」

「それですわ!」


 ん。留学生、だって。私はあまりぴんとこないけど、ミレーユさんが言うにはとてもいい案らしい。でもばれたりしないのかな。私が弟子役をするなら、魔女としては行けないわけだし。隠遁の魔女を連れてこいって言われたらちょっと面倒だよ。


「ばれない?」


 短くそう聞くと、ミレーユさんとギルドマスターさんはにやりと笑った。


「魔女の紹介とするなら、魔女本人が弟子を連れて行かなければいけませんわね」

「でもね。今回に関してはとてもいい抜け道があるのよ」

「ん……?」

「リタさん、アート侯爵家は覚えているかしら」

「ん。昨日助けた人」

「そうですわ。そのアート侯爵家の当主が、学園長ですわ」


『おー!』

『世間は狭いというかなんというか……』

『これはやっぱり今行くべきやな!』


 少しだけ、できすぎのような気もするけど、ちょうどいいのも事実だね。アート侯爵家の人には困ったら手伝ってほしいとは伝えてあるし、早速だけど協力してもらおう。


「ん。じゃあ、それで行く」

「了解ですわ、それならこちらで手続きを……」


 そこまで言って、ミレーユさんが動きを止めた。少し考えるように視線をさまよわせて、そしてまた私を見つめてくる。


「リタさん。わたくしからも依頼をしても?」

「ん? いいよ。なに?」

「護衛の依頼ですわ」


 護衛。護衛ならミレーユさんがやってもいいと思うんだけど、わざわざ私に依頼するということは、何かミレーユさんじゃ引き受けられない事情があるってことかな。

 視線だけで続きを促すと、ミレーユさんはすぐに話し始めた。


「護衛対象は、魔法学園に在籍している、わたくしの妹ですわ」

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