感覚派に期待してはいけない


「殺してください」


 テントの前で三角座りして、ミトさんは顔を真っ赤にしてそう言った。遠い目をしてる。でも顔は真っ赤。すごく恥ずかしかったらしい。


「よしよし。ミトさんえらい。がんばった」

「殺して……いっそ殺してよ……」

「ん……。ごめんね。一日休んで、心の準備をしてからの方がよかったよね……。ごめんね」


 ミトさんの頭を優しく撫でながら、私は久しぶりに本気で反省した。配信してなくてよかったよ。絶対にからかわれるところだった。


「ミトさん、美味しいもの食べて元気出そう。これあげる。チョコバー」

「ありがとうございま……、なんですかこれ!?」


 わ、一気に元気になった。日本のお菓子、チョコバーを握りしめて驚いてる。あんまり握ると体温で溶けちゃうよ。


「チョコバー。美味しいよ」

「チョコは分かります! でもこれ、この袋! 見たことないです!」

「あー、うん……。こう、ぴりっと破って、ね……」

「これを破るなんてとんでもない!」

「ええ……」


 なんだろう、視聴者さんがいたら面白がりそうな言葉だった気がする。

 ただ、ちゃんと食べてくれないと困る。どんな反応するか見たいのに。こっそりわくわくしてるのに。


「食べて」

「でも……!」

「食べろ」

「はい」


 めんどくさくなったので少しだけ睨んだら、ミトさんは素直に包装を破いてくれた。どこから破るのかちょっと戸惑ってたけど、ギザギザのところからなら破りやすいと気付いたらしい。

 ミトさんが食べる直前に、こそっと配信魔法を使っておいた。


『ヒャッハー! 新鮮な配信だぜえええ!』

『新鮮な配信とは』

『開幕リタちゃ……、ミトちゃんやんけ』

『チョコバーかじってめちゃくちゃ目を見開いてるの草』

『勢いよく食べ始めたのも草』

『さすが我らのお菓子だ。破壊力が違う』


 気に入ってもらえたみたいで私もなんだか嬉しいよ。

 ミトさんはあっという間にチョコバーを食べ終わった。最後の一口を食べ終わってから、叫んだ。


「すっごく美味しかったです!」

「ん」

「これ、どこのお菓子ですか? わたしも買いに行きたいなって……!」

「あー……」


 買いに行くのは多分無理かなあ……。日本への転移魔法は魔力をごっそり使うから、さすがに二人分は厳しい。私が行くだけでも、ミレーユさんたちが気付いてたぐらいだし。二人分の魔力なんて使ったら、大騒ぎじゃないかな。


「ちょっと、ミトさんを連れて行くことはできない」

「そうですか……。隠れ里なんでしょうね。残念です」

「隠れ里……」


『隠れ里 (ビル乱立)』

『隠れ里 (人口一億人超)』

『なるほど隠れ里だな』

『どこがだよwww』


 ここから見たらある意味で隠れ里かな……? こっちの人たちだと、観測すらできないだろうし。

 それはともかく。ミトさんも元気になったし、ここからは魔法の勉強だ。と言っても、私は人に教えるのがとても苦手。特に師匠から教わっていたなら、落差がとってもすごいと思う。


「なので私ができるのは、今までの守護者が集めてきた本を見せてあげることぐらい。その後に、修正とかをしてあげられたらなと思ってる」

「そう、ですか……」


 教えるのが苦手なことも含めてそう伝えたら、残念そうに肩を落とした。私から直接教えてもらえる、と思っていたらしい。別にそれでもいいけど、私はいわゆる感覚派だよ。私が言うのもなんだけど、絶対に理解できないと思うよ。


「たとえば調整のやり方として、ここがぐねってるからしゅびっとして、ぐちゃってなってるところは転がして、で分かる?」

「本でお願いします」

「うん」


『即答www』

『これはマジで分からなさすぎるw』

『術式ってやつの調整、だよな……? どういうことなんだこれ……』

『私の妹に教えてるのって、かなり言葉を選んでくれてたんだね……』


 ん。ちいちゃんは真っ白だったから、すごくがんばった。真っ白だったからやりやすいっていうのもあるけどね。それに基礎の基礎だからだよ。調整のやり方になると、言葉にするのが難しい。

 ミトさんをお家に入れてあげる。ミトさんはそわそわしてたけど、とりあえず椅子に座ってもらった。


「一冊読むのにどれぐらいかかる? 速読はだめ。ちゃんと理解しながら読むこと」

「それでしたら一日一冊ぐらいです」

「ん。じゃあ、とりあえず三冊」


 アイテムボックスから本を取り出して、テーブルに置く。ミトさんは本を手に取って、表紙を見て、凍り付いてしまった。

 そういえば、私が持ってる本って本棚の本も含めて貴重なものなんだっけ。ミレーユさんも驚いてたぐらいだし。熱中して読んでたぐらいだし。


「あの、これ……。いいんですか? 借りちゃっても……」

「ん。そのために出した。保存魔法をかけてあるから、気にせずに読んで」

「は、はい……!」


 すごく慎重に本を開いてる。手荒に扱ってもそうそう破損しないから、気にしなくてもいいんだけど。


「この三冊の本だけど……、だめだねこれ」


『あの一瞬で本に集中してる……』

『ミレーユさんといい、すごいな魔法使い』

『リタちゃんに認められるほどの魔法使いならでは、だったりして』


 んー……。まあ、適当に勉強してる人を森に入れようとは思わないから、これぐらいはね。ちなみにそんな人が入ってきたら見捨てるよ。どうぞ魔獣の晩ご飯になってください。

 本の説明ぐらいはしたかったけど、読めば分かるかな。書き置きだけしておこう。この様子だと、多分夜まで読み続けるだろうし。でも一応、口には出しておこう。


「出かけてくる。お昼には戻るから」


 予想通り反応はなし。書き置きを残して、お家を出た。

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