第5章〜白草四葉センセイの超恋愛学演習・応用〜⑦
六度目の演奏にして、ようやく櫻井先生から合格のお達しが出た時は、すでに時刻は午後六時に迫ろうとしていた。
四月に入ってから日が長くなったとは言え、すでに校舎は夕陽に染まっている。
「じゃあ、十五分間きゅうけ〜い! 六時十分になったら集合ね〜」
副部長の寿先輩が部員に指示を出していた。
「げっ!? まだ、練習すんのか……」
小声で言ったつもりだったが、発した言葉に反応した部員がいた。
「吹奏楽部の大変さが、わかってもらえた?」
柔和な表情で声を掛けてきたのは、オレが、この部で最も良く知っている人物だ。
「おわっ!? 紅野か……あ〜、もしかして、今の聞こえてた?」
「うん。わりとハッキリと……」
ややバツの悪そうな苦笑いの表情で、彼女は答えつつ、
「大丈夫! 周りに他のヒトはいないから……」
と言って、フォローを入れてくれた。
その一言に、安堵すると同時に、彼女の気遣いに感謝する。
「そうか……しかし、ホントに大変なんだな、吹奏楽部の活動って……」
感じたことを素直に口にすると、彼女は、
「少しは、私たちの練習の厳しさを知ってもらえたなら、良かった……」
そう言ったあと、
「あと、『粘着イケメン妖怪』の実態もね……」
と、音楽教室の片隅で、静かに休憩をとっている顧問教師にチラリと視線を送って、イタズラっぽく笑った。
その一言に、思わずコチラも笑みがこぼれる。
「あぁ、確かに、『広報部のお二人には、時間の許す限り付き合っていただきますから』と、言われた時は、櫻井先生の本性を垣間見た気がしたな」
同調して答えながら、普段は優等生らしく、他人を悪く言うことのない紅野が口にした本音に対して、
(彼女は、自分にココロをひらいてくれているのではないか――――――?)
と、勘違いしてしまいそうになる気持ちをなんとか抑えようとする。
そんな、自分の想いをよそに、『ニュー・シネマ・パラダイス』のテーマのソロ・パートを立派につとめ上げた彼女は、吹奏楽部員らしい質問をしてきた。
「それで……広報部の目から見て、どうだったかな――――――私たちの演奏は……?」
「あ〜、専門的なことは、まったくわからないから、素人目線の感想でイイか?」
彼女の問いに、質問で返答すると、紅野アザミは、「うん!」と朗らかな笑みをたたえて、答えを返してくれた。
その表情に安心し、撮影を行いながら感じたことを素直に述べる。
「『演奏のクオリティにこだわりたい』と言ってただけあって、さすがの内容だったと思う。一回目でも十分だったと思うが、演奏を重ねるに連れて、よりクオリティが上がっていくのが、素人のオレにもわかった!」
そして、彼女の表情を確認しながら、語り続けた。
「あと、特に印象に残ったのは…………やっぱり、紅野のソロ・パートかな? なんて言うか、心に沁みてくるような演奏だったと思う。練習、大変だっただろう? 頑張ったんだな――――――」
我ながら、クサいセリフを口走ってしまったと思ったが、そんな自分の懸念に反して、サックスのソロ・パート担当者は、ハッとした表情になったあと、はにかんだような笑顔で、
「そっか……黒田くんには、今日の撮影まで部活のことでお世話になってたし……私の演奏を一番聞いてもらいたかったから……そう言ってもらえると嬉しいな」
そう言って、照れたようにほおを撫でた。
その仕草に、思わず、
「かわいい…………」
と、言葉が漏れてしまう。
週末に、自称・カリスマ恋愛アドバイザーに、さんざん練習をさせられたことが、条件反射としてあらわれたのか、またも、不用意に発してしまった一言が、耳に入ったのだろう、目の前の彼女は、
「えっ!?」
と、言葉を発したあと、今度は、ほおを紅潮させ、うつむいてしまった。
「あっ、スマン……」
こちらも、反射的に謝罪の弁が口をつくも、そのあとの言葉が続かない……。
彼女の誤解(?)を解くために、なにか、話さないと――――――、焦燥感に駆られながら言葉を探していると、思いがけないことに、紅野は、フルフルと首を振り、
「ううん……ありがとう」
と、感謝の言葉を口にした。
「えっ!?」
と、今度は、こちらが口にして、またも言葉を失う。
二人の間には、気まずくも、心が満たされるような不思議な空気が満ちているように感じられた。
(そうか……甘酸っぱい、と形容される感情は、こういうことを言うのか……)
そんなことを感じ、このまま甘い雰囲気にひたっていたい、という儚い想いを砕いたのは、我が親友だった。
「竜司〜、ナニやってんの〜? コッチは片付いたから、あとは、そこのカメラだけだよ〜。時間がないんだから、撮影が終わったら、サッサと移動しなきゃ」
壮馬の声に瞬時に反応し、紅野は「あっ……」と、小さく声をあげる。
そして、紅野とオレのようすをうかがっていたのか、さらに、声を掛けてくる人物がいた。
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