第86話 ミツルギの歪み

 学園対抗戦当日――。


 二、三年が戦いを繰り広げている最中ではあるが、俺は応接室に呼び出されて雑談の真っ最中だ。

 というのも――。


「……軍のお偉方えらがたが、一体何の用なんです?」

「この対抗戦は、君たちが思っているより注目を集めているのさ。報道陣や来賓らいひん客の多さが、それを物語っているだろう?」


 俺の前に腰かけるのは、皇国最強の魔導騎士――彩城鋼士郎さいじょうこうしろう

 国の英雄と称するべき人物であり、以前には両親繋がりで意外な関係性が判明した人物だった。


「それに私自身も招待された一人だ。まあ今年は君が出るものだと思っていたから、数年ぶりに来てみたわけだが……少々肩透かしだったかな」

「買いかぶりすぎですよ。この学園には、ご自慢のエリートが沢山いるらしいですし」

「それがまことなら興味深い話ではあるが……実際、君たちの先輩の評判は、あまりかんばしくないのだよ」

「でもこの学園が国一番の名門だって話ですけど?」

「確かに魔導技能や成績……という意味では、時代の進化にともなった向上が見られないでもない。しかし、それ以降の伸びしろがないというか、根性がないというか……現場の人間が嘆いていたよ」


 彩城少将はらしからぬ様子で溜息を零す。

 このレベルの人が新人教育なんてするはずもないだろうし、そこまで届く悪評――と、流石に居たたまれなくなって来てしまったのは言うまでもない。

 ましてや今は一人でも魔導騎士が必要なはずなのに、この様とは――。


端的たんてきに表すのなら……良く言えば、最初から完成度が高い。悪く言えば、学園卒業時点でこじんまりとまとまってしまっている……というところかな」

「型にはまった生徒が多すぎるってことですか?」

「まあ、そういうことになる。しかし最前線で生き残る戦士となる……と想定すれば、学生レベルの技能など、必要最低限度の基本に過ぎん。それが入団で満足していて、実力が上がり切らない者が役に立つと思うかね?」

「それは……」

「戦闘中の発想イマジネーション一つにしても同じことが言える。教本の陣形はすぐに覚えても、実戦で応用が効かない。それに体罰やハラスメント的なことは論外であるとはいえ、一丁前に権利だけは主張する……といった様子かな。私の時代は……と言いたくないが、近年の人材劣化は目に余るものがある。教導官のように直接接しているわけではないが、私自身も心当たりがあるしな」


 彩城少将の言わんとしていることは分からないでもない。

 つまりは就活対策というか、騎士団に入団する方式メゾットが確立された結果、そちらに特化し過ぎて素材型の人材が失われてしまっているということ。

 それは授業を受けていている俺だからこそ、よく分かる。


 これは実戦で役立つ魔導騎士を作り出すカリキュラムではないのだと――。


 “サベージタウロス”。

 “シオン駐屯地”。

 “首狩り悪魔グリムリーパー”。

 “一柳グループ”。


 実際、これまでの戦いで学園での授業が役に立ったのかと言われれば、首を横に振らざるを得ないわけで――。


「そうですね。学園の評価基準や授業内容が褒められたものじゃないってのは、自分でも分かります。せっかく良い才能を持っているのに、評価されない生徒を何人も見てきましたから……」


 学校組織である以上、通知表に良い成績が並んでいる方が優秀だと扱われるのは、当然の話であってしかるべき。

 だが魔導騎士として大成する人間が学園の成績に比例しているのか――と言われれば、決してそうではないのだろう。

 彩城少将の言う通り、学生レベル・・・・・で優秀な成績を取ったとしても、それは小さな基準の中での出来事に過ぎないからだ。


 逆に何らかの魔導適性が極端に特化して、他が壊滅的――というような素材型の方が、磨けば光ることもあるはず。

 何故ならそういう才能は、学園で習う基礎技能と違って後天的に鍛えることが難しい。言うなれば、天性の素質。


 しかし今の学園は通知表の合計成績を評価基準の絶対としているため、飛び抜けた魔導騎士が生まれてこない。

 いや、学園自らの手で若い才能を潰していると言ってもいい。


 何せ、成績順でクラスが分けられているのだから――。


 故に天性の強みを捨ててまで成績の平均化を図らなければ、上位クラスを狙えない。粗削りな原石や個性的な才能は必然的に失われていく。

 その上、生徒の家柄や卒業生への忖度そんたくまで関わって来るのだから、低い次元で完成してしまう魔導騎士――というか、お勉強だけ得意な頭でっかちが量産されるのも、分からない話ではないのかもしれない。


 現にエリートと呼ばれる連中は、普通の基準から逸脱いつだつしまくっている俺に対して総攻撃を仕掛けて来た。

 自分に才能がある――と言うつもりはないが、こうやって反射的に理解出来ない存在を潰して排除しているのだから、最後に残るのは――。


「英雄が必要とは言わんがね。半人前で折れる者があまりに多すぎる。だからこそ、久々に見所のある若者が現れたと思って、こうして来てみれば……」


 彩城少将の視線に射抜かれる。

 随分と俺のことを買ってくれているらしい。


「今時の学生というのも分からんものだな。単一戦力としては異常とも称せる君を引っ込めて、名門AE校と戦おうなど……鳳城とは何も話さなかったのか?」

「いえ、鳳城先生も同じようなことを言ってくれましたけど……」

「様々なしがらみにとらわれた結果、本来アリーナに立っているはずの君が此処ここにいるということか? 未来ある若者の才能が潰れていく……その過程が少し分かった気がするよ。これは由々ゆゆしき事態だ」


 保護者や卒業生、企業関係。

 つまりは利権や名誉――大人が札束をより多く得ることを優先し過ぎて、現場で役立つ魔導騎士を育成するという本分がおざなりになっている。

 目的が育成ではなく金儲けなのだから、戦士の質が落ちていくのも当然のこと。

 この人に言わせれば、きっとそういうことなのだろう。


 だが良くも悪くも一柳家の一件を経て、皇国自体が現在進行形で大きく変わっている。

 こうやって、一部の人間が裏で私腹を肥やす――という、歪な構造が明らかになっていくはず。


 遠くない未来、学園の腐敗が正される日が来るのかもしれない。


 そうなった時、今ふんぞり返っている者たちは今まで通り、エリートでいられるのだろうか。

 逆にFクラスを含めた下位クラスはどうなるのだろうか。


 ともかく、今のまま続いていくということはなさそうだ。

 国の英雄から目を付けられてしまったのだから。


「さて、君を抑えて選出される程なのだ。戦績は期待してもよさそうかな?」

「どうですかね。まあ自信満々でしたし、見るも無残な結果にならないことを祈るばかりですけど……」


 どこか皮肉気な彩城少将に対し、肩をすくめながら答える。


 グレイドの実力は本物。

 他の連中に関しても、奴以上ということはないにしても強敵揃いではあるはず。


 対してこちらは、雪那以外に勝敗を計算出来る人員がいない。

 風破たちには期待したいが、かなり頑張らないと厳しそうだ。


 一体どうなることやら――。


「では、そろそろ行くとしよう。あまりサボっているわけにもいかないしな」


 その直後、彩城少将はメインアリーナへ。

 対する俺が向かう先は、今もみんなが戦っているアリーナでもFクラスの教室でもない。


 俺も成すべき・・・・こと・・をしないとだからな。

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