第83話 愛すべきドジっ娘教師

 思わぬ出会いと衝撃から、三〇分ほどが経過――。


 俺はシュトローム教諭を案内する形で校内の主要箇所かしょを見回り、最後の地――対抗戦当日に使用するメインアリーナに向けて足を進めていた。


「うぅ……」

「ガラスフィルムだけで済んでよかったじゃないですか」

「でも、これで本体は三台目、フィルムも四枚目なの……」

「それは、それは……」

「またやっちゃったぁ。仕事もミスばっかりだし、教師向いてないのかなぁ……」


 シュトローム教諭は自信なさげに背を丸めると、今日何度目かになる大きな嘆息を零した。

 こんな調子である以上、一人にしておくのもはばかられる。なし崩し的ではあるが案内役を引き受けた理由について、説明の必要はないだろう。


「でも新任で対抗戦の引率になってる辺り、向いてないってことはないと思いますけど? 実際、結構な大抜擢ばってきでしょう?」

「どうなんだろ? でも代表生徒の何人かに指導を頼まれていたりしたから、呼んでもらえたのかなって。一応、腕っぷしだけは強いから!」


 シュトローム教諭は、苦笑をしながら力こぶを作る。

 だが鳳城先生のような頼もしさは皆無。

 腕を上げて生地が引っ張られた影響により、立派な胸がスーツを押し上げながら強調されただけだった。


 とはいえ、つい最近にも無駄に年を重ねただけの無能教師に絡まれたことを思えば、この人の優秀さは別次元であるはず。

 実際に腕前を見たわけじゃないが、今まで周りにいなかったタイプの実力者だと判断していいのかもしれない。


「まあ声だけデカい無能よりは、よっぽど先生してると思いますけどね」

「もう、誰の事か分からないけど、思っていても口に出しちゃいけません」


 俺の脳裏に誰が思い浮かんだのかについては、明白極まりないだろう。

 だがシュトローム教諭に白い指を突き付けられ、咎められてしまう。


 言ってしまえば、男子の憧れの一つであろう、“めっ!”を美女からされた役得状態だということだ。

 しかしやはりというべきか、威圧感は皆無に等しく、年上ながら可愛らしさが勝ってしまっていると言わざるを得ない。


 何より、雪那や萌神、鳳城先生や零華さん。

 威圧感たっぷりな女性陣に囲まれている俺が、この程度で動じるわけもなかった。


「はいはい。申し訳ございませんでした」

「もぅ……返事は一回なんだよ。分かってるの?」


 そうして話半分で足を進めていると、シュトローム教諭は頬を膨らませながら俺の顔を覗き込むように不満を訴えて来る。


 しかし本人にとっては不服だとしても、その立ち振る舞いのせいで幾許か雰囲気が幼くなってしまっていることは事実。

 眼鏡を外して黙って立っていれば、近寄りがたいクール外国美女にしか見えないはずなのに――。


「はいはい」

「むー、分かってないよね。先生のこと、バカにしてるのかなぁ?」

「突然、階段から降って来て、タブレットの画面を投げ割り……案内中も平地でこけそうになって俺に突っ込んで来たり、自動ドアに突撃しかけたりもしたのに……どこをどううやまえと?」

「はうっ!?」


 とはいえ、この脇の甘さも含めて、凄まじいギャップだ。

 だがここまで抜けていても嫌味を感じないのは、美人の特権なのだろうか。


「まあ昔は、似たようなのが身近にいたので気にしてないですけどね」

「励ましになってないよぉ」


 それに幸いかどうかは知らないが、某専属メイドのせいでドジっ娘への耐性も高いと自負している。

 ここまでの中で初等部での経験は、見事に役に立っていた。

 まあ当の教諭は、何度も俺がドジ回避に奮闘したことを思い出してか、何も言い返せないでいるようだが。


「あう、ぅ……」


 勿論、このドジっ娘教師を本気でいじめたり、論破してしまおうという思惑は一切ない。

 短期間の付き合いではあるが、好感の持てる人間だと判断したが故の軽口なのだから――。


 そうして雑談に花を咲かせる傍ら、気付けば最終目的地に到着。

 教諭の下見がてら、学園対抗戦に使用されるメインアリーナをひた歩く。


「ほえー、結構立派だね。面積はウチの方が大きいけど、こっちの方がちゃんと整備されてるかな?」

「あまりキョロキョロしないでくださいよ。そっちの方が都会人のはずだし、ただでさえ目立つんですから」

「あ、ぅ……他校の生徒にいじめられてる……」


 俺は無駄に美人過ぎて目立つ――と言ったつもりだが、微妙にニュアンスが違って受け取られている様な気がしないでもない。

 まあ気にする程でもなさそうだが――。


「あ、そういえば、君のお名前は何て言うのかな? すっかり案内して貰っちゃったけど、お礼もまだだし……」

「ミツルギ学園一年、天月烈火です。それと礼は不要……」

「アマツキ、レッカ君か……って、駄目だよ。私は先生なんだから!」


 しかし一人百面相ひゃくめんそうというか、天然が表に出ているというか。

 なんか頼りないんだよな、この人。


 ぽわぽわとした笑みを含め、やっぱり今まで周りにいなかったタイプだ。

 でも他の連中に負けず劣らず、キャラは濃さそうだ。


「……ん、誰かいる?」


 そんなこんなで観覧席を歩きながら天然全開の絡みをかわしているわけではあるが、当のシュトローム教諭は不思議そうに首を傾げた。

 俺も釣られるようにアリーナを見下ろすが、確かに本来無人であるはずのフィールド内に数名の人影があるのが見て取れる。


 その上、遠巻きからでも、何やら険悪な・・・雰囲気・・・が漂っていることも。


「あの子たち……ッ!? 何でホテルから勝手に出てるの!?」

「なるほど、随分と愉快なことになっているようですね」


 それぞれ見覚えがあり過ぎる制服と、見覚えのない制服を着込んだ一団。

 なおかつ五対五で向かい合っており、一部生徒は“魔導兵装アルミュール”を起動している。


 なら導き出される答えは――。


「ホントに何やってるの……あの子たち……ッ!?」


 本番開始前の私闘騒ぎ。


 当然、シュトローム教諭が、そんなものを見逃すわけもない。

 黒いストッキングに包まれた肉付きの良い脚を振り上げ、観客席にから飛び出そうとしているが――。


「え……!?」


 驚く彼女の隣で、俺は一陣の疾風と化す。

 直後、絹のようなブロンドを揺らしながら固まっている教諭を置き去りにして、バトルフィールドに突入する。

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