第82話 降って来る美女

 学園対抗戦前日――。


 代表生徒は決起集会へ出席。

 雪那以外の生徒会役員もそちらに参加しているらしく、教師たちは書類作成や当日段取りに明け暮れている。

 更に今日ばかりは、一般生徒の部活動や自由訓練も休止となっており、放課後の学園は随分と物悲しい様相を呈していた。


 とはいえ、俺に関しては、今も情報収集の真っ最中。


 理由は当然、代表から除名されてしまったから。

 結果、久々にフリーな時間を得たわけではあるが、これからのために工作員の真似事をしているわけだ。

 一柳の一件といい、最近はこんなのばっかりだな。


「なぁ、今の見たか?」

「すっげえ美人だったな! スタイルもめちゃよかったしな! ずっと見つめちまったけど、変な奴って思われなかったかな!?」

「お前はどっちにしても変な奴だろ? というか、タブレットをガン見してたし、どっかの企業の人じゃね?」


 だが今後について考えている最中、階段の踊り場でホクホク顔の男子生徒とすれ違う。鼻の下がとんでもなく伸びている様は、何ともだらしなさ極まりない。


 仮にも名門。

 今更、部外者ぐらいで何を騒ぐことが――と呆れながら、思考を切り替えて階段を上っていくわけではあるが、今回の事件はいつにも増して突然襲来した。


「な――ッ!?」

「きゃ、わぁぁッ!?!?」


 考え事をしながら視線を上げた瞬間、俺は驚愕と共に目を見開いた。

 理由は単純。


 階段の上から、スーツ姿の女性が降って来て・・・・・いる・・のだから――。


「ちっ……!?」


 きぬのような黄金ブロンド髪をなびかせながら、見知らぬ女性が落ちて来るとあって、流石に呆然とするしかない。

 とはいえ、そこからの行動は、自分を褒めてやりたいほどにスムーズなものだった。


「――ッ!」


 階段を蹴り飛ばすと共に飛行魔導を発動。

 悲鳴を上げる女性の脇に回り込む。


 更にそのまま女性の頭と膝裏に腕を回し、横薙ぎに抱き上げて滞空。

 彼女の落下点を数メートル上に押し留め、階段や床との衝突を回避した。


 この間、コンマ何秒の出来事。


「う、っ……え、ぁ……あれ、痛くない?」

「大丈夫ですか?」


 腕の中で目を閉じながら身を固くしている女性に対し、困惑しながら声をかける。 

 当の彼女は、聞き覚えの無い声にびっくりしたのだろう。

 現状を把握するべく目を見開いたが――。


「ふえ、っ!? はえ、えぇぇっ!?」


 女性は悲鳴と共に目を回してしまう。完全にパニック状態だ。


「一応、助けたつもりだったんですけど……。一旦、下に降りますね」


 まあ階段から落ちたはずが、何故か宙に浮いた状態で知らない人間に抱き留められていたのだから、驚くのも無理はない。

 とはいえ、さっきの一団が戻って来ないとも限らないし、いつまでも空中お姫様抱っこはマズいと静かに降下して女性を離した。


「えっと、眼鏡、眼鏡……」

「これですか?」


 更にパニックの原因はコレか――と思いながら、目を細めて周囲を見回す女性に対し、落下の衝撃で踊り場に転がっていた眼鏡を手渡す。


 だがその結果、今度は俺の方が驚くことになってしまうわけだが――。


「あ、うん。じゃあ、改めまして……助けてくれてありがとう」

「いえ、通りすがりなので気にしないで下さい。それより見かけない顔ですが……?」

「えっと、私はヴィクトリア・シュトローム。明日の対抗戦でお世話になるエーデルシュタイン・アカデミーの教員です」


 スーツ姿の女性は、穏やかな微笑を浮かべながら自分の素性を口にした。


 しかし彼女の言うことが本当なら、俺はこの間まで敵としていた相手を抱き上げていたことになる。

 その上、世界最先端の魔導騎士養成学園・教師なる人物から、こんな人畜無害っぷりを見せつけられたとあって、驚愕を禁じ得ないというのが正直なところだ。


 でもそれと同時、男子生徒が言うところの“部外者”が、この人である――と、確信を持った瞬間でもあった。


 癖のないブロンドのストレートロング。

 眼鏡越しに覗く真紅の瞳。

 顔や腕から分かる白磁の肌に、黒スーツの下で自己主張する女性らしい肢体したい――。


 これぞ異国の美女という風貌ふうぼうであり、男子生徒の興奮っぷりにも納得しか抱けないレベルだった。


「AE校の……それならどうして、こっちの校舎に? 教員棟は別にありますけど……」


 一方、今になって彼女を抱き上げた時の柔らかさが蘇って来てしまい、俺は煩悩ぼんのうを頭の中から消し飛ばす。

 だが雪那や零華さんを始め、美人に囲まれて幼少から過ごしてきたおかげで俺の美人耐性は皇国でも屈指のはず。

 幸い動揺を顔に出すことなく、俺は自分が歩いて来た・・・・・方向を指差しながら疑問をていした。


「こっちの先生方には、ベテランの同僚が対応してるんだ。私は新米だから会議に参加しないし、せめて空いた時間で施設の道順を把握しておこうと思ったんだけど……」

「間取りを見ながら歩いていたら、階段から落っこちたと?」

「な、なんでそのことを……って、あれ!?」


 この美人教師は、二重の動揺に襲われているらしい。


 まず初対面の俺に行動経路を言い当てられたこと。

 それと多分、さっきまで腕の中にあったらしい重み・・が無くなっていること。


 まあ解決策は一つだけであり、黙って彼女の斜め下を指差すわけだが――。


「あ、良か……」


 俺が指差した先には、美人教師が階段から飛び立った影響で吹き飛んでしまったタブレット端末が転がっている。

 物悲しく、画面がひび割れた状態で――。


「ご臨終じゃないことを祈るばかりですね」

「あ……あ……ッ!?」


 絶望の事実。

 スーツの美女は、ペタンと床に座り込むように崩れ落ちる。


 しかし俺が泣かせたみたいな構図は、何とかならないものか。

 何にせよ、さっきまでのシリアスな雰囲気は、肩を組んで旅立ってしまったようだ。

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