第78話 本格始動

 翌日――。


 放課後を迎えたミツルギ学園の一年生チーム数名は、その足で第二研究所へとおもむいていた。


 一方、四人中の二人は――。


「右手と右足が一緒に出てるぞ?」

「む、落ち着きがないな。もう少し気を引き締められないのか?」


 一緒に連れて来た風破ともう一人の代表生徒――祇園聖ぎおんひじりは、壊れたロボットのように全身を硬直させている。

 せっかく研究所から借り受けた“魔導兵装アルミュール”も無用の長物と化しているようだ。


「ご、ごめん……じゃなくて! まだ状況についていけてないの!? 放課後に対抗戦の訓練をするのはともかく、国で一番の研究所に来ちゃったんだよ!? もうどこからツッコめば良いのか分かんないし、しかも二人は顔パスだし……」

「右に同じく……」


 風破は、うがーっとヒートアップ。

 もう一人の祇園も顔中から冷や汗を流している。

 まあこれが普通の反応だわな――という感じだろう。


 ちなみに代表顔合わせが初対面の祇園だったが、他の連中のようにFクラスだから――と噛み付いて来ることはなかった。何というか、エリートのAクラスなのに結構珍しいタイプだ。

 それから風破より頭一つ低い身長や中性的な顔立ちが相まって、学園の弟と呼ばれているらしい。

 所謂いわゆる、男の娘というやつなのだとか。


 無論、俺にそっちの気はないが。


「今日から基本的には、こっちで訓練する。今風破が説明した通りだな」

「なんかあっさり流されちゃったけど……そもそも何でこんな凄い所に来られたのかを聞いてるんだけど? しかも“魔導兵装アルミュール”の貸し出しも、訓練スペースも自由なんて……滅茶苦茶過ぎじゃない? いや、もちろん嬉しいし、良い意味でだけどさ!」

「知り合いが研究所のお偉いさんなんだ。そのつてで対抗戦までは、ここが使えるようになった。悪いが、これ以上は説明のしようがない」

「まあ固有ワンオフ機を持っているんだから、研究所と繋がりが……ってのは、分かるけどさぁ……」

「本来はありえない好待遇だが、揚羽あげは所長の厚意によるものだ。その想いに報いるためにも、精一杯取り組まなければな」


 嬉しいはずだが、信じられない。

 二人の心境としてはそんなところだろう。


 だが昨晩、零華さんがしてくれた提案は、風破の言う内容の通りであり、俺たちにとっても渡りに船だった。


 まず二階堂の監視下から確実に逃れることが出来る。

 しかも学園以上に高水準な設備で訓練に取り組めるのだから、文句のつけようもない。

 更には“アイオーン”と“ニュクス”の改修作業を行うのも第二魔導研究所であり、わざわざ出向く手間も省けて一石三鳥。


 結果、零華さん側としてもメリットがあるということで、こうして学園の生徒を第二研究所へと招くに至ったわけだ。

 肝心の二人が浮ついているというか、妙にソワソワしているのが問題というだけで――。


 でも俺が二人の立場だとして、もし付き合いの浅い生徒から親の仕事場に招かれて、好きに訓練しなさい――と言われたら、多分同じ反応をしていたはず。

 しかも時間を気にせず“魔導兵装アルミュール”を使えるなんて、常識外れのVIP待遇に他ならない


 まあこればかりは慣れてもらう他ないわけだが――。


「もし学園に戻りたいなら、好きにすればいい。二人で二階堂の真の指導を受けて来れば、気持ちだけは一人前になれるかもだしな」

「二人だけって……」

「悪いが俺と雪那は、固有ワンオフ機の調整でここに通い詰めることになってるんだ。だから今まで通り学園で訓練するなら、俺たちは完全別行動だ」

「ああ、申し訳ないが、此方こちらを優先しなければならないのでな」


 確かに学園対抗戦は、今後の進路や成績にとって重要かつ、大きなウェイトを占める行事であることには違いない。

 教師陣の慌ただしさを見れば、学園の力の入れ方は嫌でも感じ取れるし、この二人も自覚を持って気合十分だ。


 だが俺たちは零華さんや惣一郎さんの想いを知り、皇国が置かれている現状を知った。

 そして、それを打開するため、新たな力を託されようとしているこの大切な時――俺たちの成すべきことは、あまりにも明白だった。


 まあチームを組むとはいっても、所詮しょせん一対一シングルマッチを五回繰り返すだけ。

 秘密特訓をしているらしい土守のように個人で頑張るつもりなら、仲良しこよしで無理な団体行動をする必要もないだろう。

 何より当日、自分の試合を勝ち切ることこそが最高のチームワークであるはず。


 学生の本分として行事を頑張ろうとしている二人に冷や水をぶっかけて悪いが、目指すべき場所が違うが故のすれ違いというわけだろう。

 後は連中次第だが――。


「ホントにお言葉に甘えていいの?」

「こんな自分に都合の良い話、あるわけがない……ってのも分かるが、目の前にある光景が全てだ。それに風破の目指す夢にとっては、対抗戦で活躍することが最短ルートだろ? 遠慮している余裕があるのか?」


 風破にしろ、祇園にしろ、ここまで低姿勢で遠慮されると逆にイラっと来ないでもないが、最近の若者とは思えないほどにしっかりしているとも取れる。

 何せ、俺というか、研究所の厚意に甘えるだけの自分が情けない――と、ちゃんと置かれている状況を認識しているからだ。


 実際、友達と盛り上がっている時、親や大人からダメ――っと、正論をかざされてムカついた経験は誰しもあるはず。

 ノリが悪いとか、いいじゃんそのくらい――と、思ったことだろう。

 だが五年も経ってみれば、自分たちの無責任さや無謀むぼうさに気付くこともある。


 つまり我先にと超VIP待遇に飛び付かなかったこの二人は、既に大人側の気持ちを理解出来ている――ということなのだろう。

 だからこそ、信頼して連れて来たわけだが――。


「もちろん、“魔導兵装アルミュール”の持ち出しは禁止だし、変な壊し方をすれば大目玉だ。自信がないのなら……」


 それに状況的には最高に嬉しくとも、見ず知らずの大人からの厚意を素直に受け入れられずに葛藤かっとうする――というのは、特に風破の境遇を思えばこそなのかもしれない。

 その一方で俺や雪那のことを信用してくれているからこそ、こうしてついて来たのだろう。遠慮気味だった瞳に力が宿る。


 そして風破は開き直るように声を上げ、向き合って来た。


「やります! やらせていただきますよ! もぅ、こうなったら好きなだけ特訓させてもらうからね!」


 頬を赤らめ、上目遣い。

 一歩距離を詰められ、中々に接近戦を仕掛けられていると言わざるを得ない。


 俺たちをモニタリングしていそうな零華さんの前で、思わぬ黒歴史を作ってしまった気もするが、今回ばかりは必要経費だ。

 曲がりなりにも学園の代表として行事に参加するわけだし、せめて一年チームぐらいはAE校相手に一矢報いたい気持ちがないわけじゃないしな。


 だがそうして、話がまとまったと思った瞬間――。


「――全く、お前たちは、いつまでそうしているつもりだ?」


 風破の肩に白魚のような美しい手が置かれると共に凛とした声音が響く。

 突然の事態に何事かと振り返れば――。


「ひ、っ……!?」


 風破の顔からは血の気が引いていき、その全身が激しく震え出す。

 正しく、蛇に睨まれた蛙――いや、この場合は女帝に睨まれた射手シューターというところか。


「いくら烈火の伝手つてとはいえ、時間には限りがあるのだぞ?」

「ひ、あ……っ!?」


 だが風破に向けられているのは、いつもの雪那からは想像もつかない満面の笑み。

 無論、親しみやすさなどは皆無であり――。


「か、肩……!? 何かミシミシいってるんだけど!?!?」


 雪那の目は微塵みじんも笑っていない。

 そして今にも泣き出しそうな風破は、見た目からは想像もつかない力を発揮している雪那によって、成す術もなく引きずられてしまう。


「烈火は少し休んでいてくれ。まずは二人の実力を再確認せねばな」

「ふ、ふぇー!?」


 しかも、どうにか逃れようと手を伸ばした風破が掴んだのは、祇園の首根っこ。

 結果、雪那が風破を、風破が祇園を――と、謎の連結っぷりを発揮して、二人まとめて引きずられてしまう。

 死なばもろともで手を伸ばして来る祇園の短い腕は、俺を掴むことなく空を切り――。


「さあ、ろうか……」

「ひ、ひっ!? なんか字が違っ……!? に、にゃあああああああぁぁっっ――ッッ!?!?」


 広大な訓練スペースに、風破たちの悲鳴が響き渡ったのは説明の必要もないだろう。

 しかし雪那は、どうして突然不機嫌になったのやら――。


 ともかく俺たち一年チームは、こうして学園対抗戦に向けて本格始動した。

 目指すは勝利のみ。

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