10 正体知られなきゃどうにかなる!
突然の警邏隊と、さらにはウィリアムが現れて、私は驚きと動揺+萌えに頭がパンクする。
うっわ、軍服めっちゃ似合うじゃんウィリアム! はーーーこんなときじゃなければ萌え転がりてえ!
だがギリギリで理性を引き戻した私は、通信がつながっている耳飾りに無言で思念を送り込む。
『千草、緊急事態。今すぐ離脱して』
『なん、と!?』
『ウィリアムが来た。私とアルバートなら緊急手段で脱出できるけど、離れているあなたを回収できない』
『……あいわかった』
千草の悔しげな了承の意識を感じながらも、私は、目の前に居る彼らとウィリアムを凝視していた。
ウィリアムは、地に伏している秘書とエイブさんを見て取るとなぜか驚きを示した。
そして、私とアルバートに注目するのだ。
その驚き方に私はなにか違和を覚えるが、心臓はどくどくどくと早鐘のように鳴っている。だが思考だけはめまぐるしく回転させていた。
なんでここに!?というのを考えるのは後だ。
ここからずらかることは簡単だ。私はこういう潜入の時は、いつでも緊急逃走経路を確保している。
だけど、私は今、男の格好をしているのだ。あの同人即売会でもしていた男のなりを。
ウィリアムならば同一人物だとわかってしまうだろう。何より、私はここで偽造だろうと表向きの身分で来ているんだ。本気を出して調べたらホワード商会にたどり着かれてしまう。
千草にはああ言ったけれども、その場に居たはずなのになぜ逃亡したか、と後日追求されるのは非常に困るため引くに引けないのだ!
ちょうどウィリアムも私に気づいたらしく、厳しく眇められていた目が丸くなった。
「君は、即売会の時の……」
その虚を付かれたような表情に、私は焦りが少し静まった。
おや待てよ。むしろ今の私は、「悪徳姫エルディア」だと認識されてない。ならこれはなかなか好機なのでは!?
そう、考えたとき、アルバートが私をかばうように踏み出した。
「ずいぶんとぶしつけな訪問ですが、こちらにどういったご用件でしょうか」
冷然と切りつけるように言葉を投げたアルバートに、ウィリアムは眉をひそめる。
「……私は、フェデリー王都警邏隊のウィルソン・サイクスだ。君たちの身分を明かしなさい。この状況に対する説明を求める。もし抵抗するのであればそれ相応の対応をさせて貰おう」
「それはこちらの言い分ですよ、我が商会へ無礼に踏み込んだのはあなた方だ」
その言に、周囲の警邏隊のお兄さん達も柄に手をかけて臨戦体勢だ。
しかしアルバートもまた平然とにらみ返す。
まさに一触即発の事態に、部屋の温度が数度下がった気すらした。
でも、私はウィリアムの名乗りを聞いていた。
フェデリーの王都警邏隊の、しかも偽名を名乗った。つまり、彼は今は王子として来ていなくて、本来の身分を明かす気はないのだ。
今この場で影を繋いでアルバートと相談すれば、ウィリアムは気づくだろう。
疑心暗鬼に陥らせてしまう。それは本意じゃない。
こちらが一方的に握ったカードも、今切るべきじゃない。そうすれば、私も彼の身分通りの対応をしなきゃいけなくなるのだ。
そうしたら、私の目的も達成できなくなる。彼らとはなにがなんでも協力体勢を取りたいんだから。
これはむしろ好機だ。「エルア・ホワード」のままでは、うっかりバレる可能性に怯えて攻めあぐねてた。
けれど、この姿ならウィリアムと接点を持って、コネクトストーリーの手立てを探っても、ぎりぎり大丈夫なのでは!?
いやもうまた顔を合わせちゃったからには、コレを好機にするしかないという破れかぶれもあります!
彼らがにらみ合っている間に、私は首のチョーカーを付け直した。
さあ、役に入れ。私はヲタクであることを華麗に隠し、一般人に擬態する。いざというときの他人の振りだって得意だろう!
自分を鼓舞した私は、アルバートに声をかけた。
「アルバート、良いよ。大丈夫」
振り向いたアルバートの眼差しはなぜ、と語っていたが、私はサポートお願いと目顔で返す。ぐ、と口を噤んだアルバートは、立ち位置を譲ってくれた。
そして、私は訝しそうにするウィリアム達の前に立つ。
お手本はアルバートである。私はウィリアムをまっすぐ見つめると、胸に手を当てて綺麗にお辞儀をしてみせた。
「同人即売会では自己紹介をせずに失礼をしました。サイクス様。私はエルモ・ホワードと申します。このエイブ商会は我がホワード商会の傘下にある、いわばフェデリー内の支部のような位置づけなのです」
「ホワード……?」
「まだ、立ち上げて数年の商会ですので、ご存じないかもしれませんが」
私がそっと付け足すと、ウィリアムは瞬いたあと付け足す。
「いや、もちろん知っているとも。謙遜しなくて良い。僅か数年で複数の国を股にかけるほどの巨大商会に成長した。フェデリーにも安定的に稀少素材を輸入してくれているだろう。私達もずいぶん世話になっている」
おお!よかったー! 君たちの役に立ってるんなら私も頑張ったかいがあるよ!
内心にへにへやに下がっていたが、ウィリアムが訝しそうにする。
「初代が急逝し、2代目に変わったと聞いていたが、それは妙齢の女性だった、はずでは」
来たー!! 訝しげなウィリアムの問いかけに、内心ばっくばくなのを綺麗に押し隠し、堂々と顔を上げて見せる。
「私は、現ホワード商会長である
「……ほう」
ウィリアムはすうと、目を細めてアルバートを見る。アルバートは私の言葉で、筋書きがわかったのだろう、ぐっと眉を寄せて、私の肩に手を置いた。
「エルモ様、俺はあなたの身の安全を確保するよう、姉君から言いつかっています。だからどうぞこの無礼者達との話し合いは任せてください」
「だけど、アル。私達は他国者だ。これ以上は彼らに協力をしてもらわなきゃ難しいと思う。フェデリーの警邏隊は優秀だと聞くから、きっとわかってくれるさ」
地がでないように言葉を選びながら、アルバートに訴える。
そう、だってあのウィリアムだもの。ここに来たのは、恐らくエイブ氏と秘書が起こしていた事柄に対する何らかの情報を掴んだからだ。
問答無用で私達を拘束しなかった時点で、公正に明確に処罰をしようとするはずだ。
だから、私が取るべきは、誠実にされどへりくだらないビジネスパートナー的態度だ。
アルバートは渋るように眉間にしわを寄せたままだったが、私はウィリアムに向き直る。
「あなた方がこちらにいらっしゃったのは、この商会で起きていた事柄に関してで、相違ありませんか」
こちらも始めから全ての情報を与えるつもりはない。
私たちは身分は明かした。それとなくこの商会で起きていた事を把握していない……無関係だと語った。
それでも情報を提供するという譲歩もしているのだ。もちろん強権を使うのなら、私達は他国者というのもアピールしている。さらに言えば、自分にうかつに手を出せば「姉」が黙っていないと匂わせもした。
代替わりした事を知っている位だから、ホワード商会がイストワ政府にもつながりを持っている事くらいわかっているだろう。
さあ、どうする? ほかの警邏隊たちは無礼な商会の子供にしかみえない私にイラァときてるけど。でも私の知るウィリアムなら、すべてを把握した上で、対等に扱ってくれるはず。
私がじっと見つめている中で、ウィリアムは青い瞳を瞬くと、強い興味を示す。
あれ、なんか、ちょっと思っていた反応と違う?
「私達はフェデリーに蔓延する違法薬物を追っている。この商会は薬物シンジゲートの仲介役をしていたとの情報があり、乗り込んだと言うわけだ」
「おそらく、その薬が混ざったお茶が私たちに出されました。そのティーカップの中身が証拠物品です。飲まないと襲いかかられたので、このアルバートが彼らを無力化したんですよ」
「君のお目付役は優秀なようだな」
でっしょー! アルバートはめちゃくちゃ優秀なんだから!
内心どやぁとしつつ、私はさてどうやって共闘に持ち込むかを考えていた。
ここで、接点をつくれば強制的にウィリアムのコネクトストーリーを起こせる確率がぐんと上がる。そのためには彼らが何を求めているかを把握したい。私たちと協力するのが得だと思わせて一枚噛みたい。
さあ、ここから交渉のお時間だ。と、身構えていたのだが、ウィリアムは私とアルバートをしげしげと眺めるなり語ったのだ。
「この薬物は、摂取すると多幸感、安眠作用があるが、多用すると幻覚と強迫観念にとらわれる。そして末期になると逆に薬を使わないと起きられなくなり、目覚めなくなるんだ。まだ公式発表はされていないが、ここ最近王都を中心にそのような患者が急増しているのだよ」
そんなこと初耳だ。素早くアルバートを見やっても、知っていた素振りはない。つまり公式発表がされていないことを打ち明けられた。
「……なぜ私に明かすのです?」
驚きは最小限に、けれど強く困惑をにじませていると、ウィリアムは大変含みのある表情で笑った。
「ああ、私はこれを知った君たちに協力を要請するからね」
思わぬ展開に私もアルバートも驚いた。まさかウィリアムから持ち出してくるとは思わなかったのだ。
「私はこの騒動に魔族が一枚噛んでいると考えている。しかし、未だ組織の全貌もつかめていないのが現状だ。このエイブ商会が手がかりだったのだよ」
「魔族、ですって」
「ああ、上のものは、この事件を秘密裏に処理したいと考えている。一部とはいえ魔族達と友好関係を築こうとしている今、世を乱したくない。速やかに解決できるのなら、どのような手段でもとる」
もうそんな時期か、と私はなんとも感慨深くなった。そう、アルマディナとの出会いによって、魔族側にも国と呼べるコミュニティがあること。そして歩み寄れる余地があるのだとわかるんだよな。さぐりさぐりながらも魔界の門と、そしてその向こうにいる敵に対して立ち向かっていくのだ。
それはとりあえず置いといて。この言い方だとつまり。
「私どもの商会が一枚噛んでいる可能性も捨てきれないため、監視下に置きたいのですね」
「君たちであれば、エイブ商会の関連商会を調べられるだろう? 内部の協力者がほしかったところなんだ。身の潔白を証明するためにも、ここはひとつ我々に便宜と情報提供を願いたい」
ウィリアムの言い分は一理ある。あくまで彼らの権限が及ぶのは警邏隊としてだ。商会同士の細やかなやりとりや暗黙の了解。どの人間がどういう風につながっているかという人脈は、内部にいなきゃわからない。
餅は餅屋。協力を求めるのは正しい。
ただ、それだけじゃない何かがあるような気がするが、今はそれで十分だ。
「条件があります。商売に関しては一切口を出さないこと、うかつにうろちょろされて怪しまれても困ります。こちらもそれ相応の情報提供をお願いしますよ」
「わかった呑もう。そう申し出るくらいなら、君たちは有益な情報を提供できるのだろうね」
穏やかながら、威圧的に迫るウィリアムに、内心冷や汗をかきながらも、私は胸に手を当てて笑ってみせる。
「もちろんです。私たちは商人。お互いに有益な商談になるようにさせていただきますよ」
ここまで来たら、後は踏み込むだけだ。
はーよかったびっくりした。と思っていると、今まで王者の風格で渡り合っていたウィリアムの表情がふ、と緩んだ。
「今更だが、再会できて嬉しいよ。君には例の趣味を教授してもらいたいと考えていたからね」
ウィリアムの性格として真っ先にあげられるのが、感情と使命を明確に分ける切り替えの早さだ。
昨日の友が今日の敵というのもあり得る世界で、公私を切り離して考えられる。だから、職務上で敵対していたとしても、個人的に好ましいと感じていれば、それ以外の場所では気さくに語りかけられる。
そう、つまり、今のように王者の冷徹さから、がらっと態度を変えて気さくに話しかけてくるギャップをたたきつけてきやがるんだよぉ!
このできる男の仕草を平然とやってのけるウィリアムに、どれだけの人が落とされてきたか!
表面上は取り繕いながらも、ついでにこれからどうしようと途方にくれてもいたけれど。
きざったらしく片目を閉じて見せるウィリアムに、私は思わずぐっときてしまったのだった。
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