13 アクシデントは突然に

 試合と試合の間の休憩時間に、千草が話しかけてきた。


「あの、主殿。今話しても大丈夫だろうか」

「うん? どうしたの」


 律儀に確認してくれるのをありがたく思いつつ先を促すと、千草はおずおずと言った。


「今回の目的は、アンソン殿を見せてフランシス殿の反応を見ることだったのだろう? しかしあれは常のアンソン殿ではない。本当に大丈夫なのだろうか。ふざけているととられればアンソン殿がより嫌われてしまうのではないか」

「うん? なんで?」


 千草の言いたいことがよくわからなくて私が首をかしげていると、千草が不思議そうにしている理由を察したらしいアルバートが声を上げた。


「あなたの基準はだいぶ独特ですけど。普通男性の女装は受け入れがたいと思われるんですよ」

「女装、……女装?」

「そして女装はかっこいいという価値観に結びつきません」


 私はようやく理解してよろめいた。


「……そうだ、そうだった……私の基準は一般人と乖離しているのを忘れていた」


 私はだいぶ浸かりきっているからアンソンのビーチバレー姿とか、女装のクオリティの高さとかに見とれちゃうんだけど、そもそもあれだね!? 女装男装は一般人には受け入れがたいものだったね!?

 私は衝撃を受けたけれども、はっと思い出す。むしろニッチじゃなきゃいけないんだ。


「いやでもそれでいいんだよ! だってフランシスが我が同志か否かを確かめるためのものなんだし!」


 はっそうだフランシス! どうだ!? 私が急いで双眼鏡を構えてそちらを見る。


 関係者席の場所はVIP席のすぐ下、斜め前にある。だから絶妙にそこに座る人々の横顔もきちんと見えるのだ。もちろんフランシスが座る場所もチェック済み。

 もうアンソン達は退場してしまっているけど、私の予想が正しければ……。

 双眼鏡をのぞき込んで私だったが、二度見した。フランシスは招待席に座っているはずだから、探せないわけがないはずなのだが。


「あれ、フランシスがいない」

「失礼」


 私の声にアルバートが隣に立って確認する。アルバートの視力なら私が双眼鏡が必要なこの距離でも裸眼で余裕だろう。

 だが彼も見つけられなかったらしく、眉をひそめたアルバートがどうするかと私を見てくる。


「……たしかにいませんね。アンソン達が入場した時にはきちんと席に着いていたのは確認しましたが」 

「この後リヒトくんとアンソンがトーナメントをどんどん勝ち進んでいく中で、アクシデントが起きるわ。今回リヒト君達のそばにいる戦力はアンソン、ユリア、ウィリアム、それからリデルだ。正直言うとアクシデントに対処できるかといえば心許ない」


 あくまで私の感覚だけど、リヒト君達は推奨レベルぎりぎりで対処してきている。しかもその場で借りられるサポートキャラのみで攻略している状態だ。ぶっちゃけ縛りきつくて、敵の編成内容を知っている私でもその編成で攻略できるかは難しい。

 だから私が介入できる部分では裏で戦力を確保するのが常になっていたけれど、それは有効に使えるように守る相手や場所に集中できたらの話だ。


「アル、すぐに各方面に連絡。フランシスの場所を確認して。手洗いやどっかで萌えをこらえているだけなら良いけど、先に巻き込まれていたらまずい。彼、全く戦闘向きの性格じゃないし、戦闘系の魔法も使えないからね、死なない保証はないんだから」

「かしこまりました。では失礼いたします。連絡は通信機で」

「ええ、よろしく」


 優美に一礼したアルバートが去って行く中、私は千草を振り返る。


「千草はここで待機、私の護衛をお願い」

「あいわかった。アルバート殿に御身を任されたのだ。この牙にかけてお守りしよう」


 腰の刀に手を添える千草だったがふと気になったように問いかけてきた。


「主殿、以前プレイアブルキャラ以外の人物の情報はわからないないともうしておられたが、フランシス殿は変わらずお詳しい様子。彼は違うのだろうか」

「ああうん、フランシスは実は数少なく『エルディア』が関わる人だったの。だから生身の彼と接触して知っていることがあるってわけ」

「なんと、知己でござったか」

「知己、というよりはそうだなー。彼が追放される原因になった研究に私も参加していたから顔見知りなの」


 目を丸くする千草に、私は苦笑いする。

 そう、フランシスが中心だった「魔界の門の研究」は少なからず、魔界の門と魔物の暴走がつきまとう。だから実験中の事故に対処するために聖女候補である私が起用されていたのだ。

 このあたりはさわりとはいえ本編でもフランシスの口から語られている。本編前のことだけど国から打診もあったことだし、私も研究に関わって顔を合わせれば二言三言会話するくらいには交流があった。

 ……まあ本編通りに進ませるために、無実だってわかっていたフランシスを見捨てたことには変わらない。だから今日の私も服装と化粧で雰囲気を変えているんだ。


「実際に生身で交流している人で、その人となりを知っているし、アンソンに関しても嫌っているように思えなかったから腑に落ちなかった訳なの」

「道理で主殿には確信がござったのだな」


 ふむふむとうなずく千草に、私は再び会場を双眼鏡で覗く。

 ん、2回戦が終わったところだな。またアンソン達のスーパープレイが見られるはずだ。

 いやテキストだけだから私も実際に見るのは初めてなんだ。見逃したくないしフランシスが同志なら是非共に語り合いたいくらいなんだがなぁ。


 アルバートの方が気になりつつも、私が出来ることはない。だから次の試合もそわそわと待っていると、傍らに座っていた千草がす、と立ち上がった。

 ん? と反射的に顔を上げてうっとなる。険しく顔をすがめている横顔は私が千草の表情の中でもトップに入る「周囲を警戒する顔」だ。無防備に見る顔じゃなかったあまりのイケメン度に刺さりまくる。ときめいちまう。

 ……じゃなくて!? 千草が警戒しているってことは何かしらの異常を察知しているってことじゃないか。

  千草が兎耳をぴんっと立たせながら低く言った。


「主殿、アルバート殿ではない者が来る。出来ればすぐに動けるようにして頂きたい」

「わ、わかった」


 千草が扉のほうへ一歩踏み出すと同時に、こんこん、と扉を叩く音がする。

 その後、アルバートや私の使用人なら名乗るのにそれがない。

 私も少し緊張しながらも千草に目配せすると、彼女が声を上げた。


「どなたか」


 少しの間のあと、男の声が響く。


「フランシス・レイヴンウッドです。ここに僕をこの仕事に推薦してくれた方がいると聞いて、挨拶に伺ったのだけど」


 私はその声に聞き覚えがあって目を丸くする。

 どこか柔らかく響く、ゆったりとした語り口それは、まさしく今話題にしていたフランシスだ。

 今まさに私が探していた人物が目の前にいることにほのかに安心しつつも、なぜここに?という疑問がわき上がる。

 千草が戸惑うようにこちらを見るのを目線で制しつつ、ともかく私は右耳の耳飾り型通信機をアルバートにつなげた。


「アル、フランシスを名乗る人が私の部屋に来たわ」

『……っ! すぐ戻ります。開けないでください』


 焦った様子のアルバートの通信にザザッとノイズが走り、途切れたとたんドンッと破砕音と共に扉が吹っ飛んだ。

 扉の破片が飛んできたけど、千草の刃によってはじかれて私は無事だ。

 一体何が起きたんだ!? 扉の向こうにいたのはフランシスのはず。

 こつりと、踏み込んで来た男は、確かにかつて私が魔界の門の研究を手伝っていた時と変わらないフランシスだった。

 アンソンよりも金色みがかった赤毛の襟足を無造作に結んで、魔法使いらしいちょっとゆったりした服に魔晶石の付いたベルトや装飾品を身につけている。

 手には杖を持っていて、仕事終わりで抜け出してきたという風体だ。 

 けれど、いつものんびりと朗らかな印象だった表情は酷く冷めた色をおびている。

 千草が抜き身の刃を構えたまま私を背にかばう中、フランシスは私を見るなり驚いたように目を丸くした。そして納得の色を浮かべた。


「その魔力の気配……ああ、そういうことだったんだね。エルディア・ユクレール、それなら納得だ」


 今の私はしっかり雰囲気も髪型も化粧も変えている。リヒトくん達と遭遇する可能性のある場所ではそうするように習慣づけているからだ。

 それでもユリアちゃんみたいに魔法の研鑽に長けた人なら魔力の気配で気づく人もいるにはいる。

 魔力の気配なんて、アルバートクラスにならないと変えられやしねえんだよ。

 ここは仕方がない。フランシスならあり得る。

 けれど、さらにフランシスは嗤った。

 憎悪がしたたり落ちるようなその微笑に微かに背筋が冷えた。


「ねえ、またアンソンを殺しに来たのかな。


 その、呼びかけに。私の頭は真っ白になった。

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