12 イベントが真面目なわけがない
ソシャゲでイベントというのは、本編ストーリーとは別に不定期で開催されている期間限定の番外編ストーリーのことだ。
エモシオンファンタジーではじめてイベントが開催されたのは、第一章……つまり例の悪徳姫ショックから抜け切らないお通夜状態の最中だった。
その中で告知されたのがこの「豊穣の海神祭りと願いの夢」である。
夏のイベントだったから、きっとこれは悪徳姫を失ったプレイヤーを彼らの水着姿で癒やして……ついでに課金を促すための運営からの優しさだと誰もが思った。
それは半分間違っていなかったのだが……
祭りの司会者が拡声器を使って高らかに宣言する。
『さあ! 今年も始まりました豊穣の海神祭り! エントリーされている豊穣の巫女達をご紹介いたしましょう! 今夏は多くの商会に協賛して頂きまして大変豪華になっております!』
拍手と盛大な演奏と共に広々ととられた会場へ入場してきたのは、色とりどりの花で作られた花冠をかぶった出場者達だ。みんな白をベースとした薄手の裾の長いワンピースのようなものを羽織り、長い髪をそれぞれの好みに結い上げている。
遠目から見ればきっと美しい女性揃いだと思うだろう。
もちろん中には見事な肢体を惜しげもなく晒した女性もいる。だがしかし、集団をよくよく見てみると女性にしては妙に背が高かったり肩幅がある人が多い。
美しく化粧をしているけれど、ぶっちゃけ言うと女装をした男性も顔を連ねているのだ。男女比としてはほぼ半分。
ははは前情報を入れていても観光客からどよめきが起きている。
ちょうど司会が紹介し始めた。
『さて観光客の皆様には再度、豊穣の海神祭りについてご説明いたしましょう。この祭りはかつてこの土地へ海より現れる荒ぶる海神の化身が来訪し、人々が困っておりました。このままでは村が壊滅してしまう。
そのようなとき村に住まう姉妹が名乗り出て、言いました。
「私達が陸へおびき寄せてみせましょう」
女や子供を攫っては食べていく海神の化身。たおやかな姉妹に何を出来るでしょう。けれど彼女らはこう言ったのです。
「海の者は陸に上がると動きが鈍くなる。陸ならば勝ち目がありましょう」』
司会の声が真に迫っていて、ゲームで聞いていた私もめちゃくちゃ手に汗握ってしまう。
『無策で向かったとしても食われるだけ。けれど姉妹は案があるといいます。
「手まりと白い衣を用意してください」
その献身に涙した村人は、姉妹に手まりと白い衣を用意し武器を手にとりました。姉妹はそれぞれ長い髪をくしけずり、白い衣を身につけ、手まりを持って海辺に立ちます。そして二人は海辺に立つと、手まりをとん、と投げては受け止め、投げては受け止め、手まりのやりとりをしはじめます。
手まりは打たれるたびにしゃん、しゃんと美しい音が響きます。海辺で美しい髪と衣をなびかせ楽しげに戯れる彼女達。まもなく海面が波打ち、海神の化身が現れました。姉妹の姿と音に惹かれたようにふらりふらりと海からまろびでてきます。
姉妹は叫びます「今です!」
海の者が陸に上がれば、ひとたまりもありません。こうして見事海神の化身を倒すと村は平和となりました。姉妹の功績を称えるためにこの祭りは始まり、手まり遊びはスポーツとして親しまれた結果女性だけでなく男性も参加する一大イベントとなったのです。豊穣の海神祭り、通称ビーチバレー大会!』
あははは! もはや隠す気ないなあ!
そう、あの白いワンピースみたいなのも、長い髪も、伝説の姉妹の姿をまねた結果で、男女両方に適用されたユニフォームとして定着したんだ。
しかも「長い髪の美しい姉妹」ってことからただ白ワンピを着ただけではアウト、徹底的に美しく装い、ウィッグでも良いから長い髪を身につけることが参加条件なんだ。
というわけで、たとえ男だろうと女性らしく腕によりをかけて華麗に美しく装っているのだ。それでも地元の祭りとして大人気。観光客誘致として一大エンターテイメントと化したのだ!
これがエモシオンプレイヤーの中で伝説となった、本編のドシリアス時空を全力でぶちこわす、トンチキストーリーが展開される与太イベ「水着イベント」の概要だ!
まあ確かに、悪徳姫ショックは吹っ飛んだよ。吹っ飛んだけどもはや強制カウンセリングと言っても過言じゃないくらいの力業で、みんな一時期SNSで流行った宇宙猫顔になったもんだ。
そしてこれ以降本編ストーリーが解放された後には与太イベントが開催されることが恒例となったんだよな……。
「本編見ても与太イベがあるから大丈夫」が合い言葉になったくらいだはっはっは。
私も癒やされた……めちゃくちゃ癒やされたさ……(哀愁)
だから初めてのゲームイベントとしてとても記憶に残っているんだ。
というわけで、ホテルのルーフバルコニーという特別席で私は真顔で双眼鏡をのぞき込んでいた。
なぜ特別席なんだって? 簡単だ、
『今年もホワード商会に衣装及び様々な協賛をいただきました』
という訳なんですね! だって私が気づいたときにはまだここまで有名な祭りじゃなかったんだ。立派な水着イベントになるように周辺の環境整備をこれでもかとやったんですよ。えっへん。
このホテルは元々この祭りを特等席で観覧するために作られていて、その宿泊代にチケット代も入っているのだが、かなりのお値段の上協賛してくれた関係者に優先販売されている特別席なのだ。
つまりこれは私の課金力なのである。ふふふ、財力の味を覚えてしまうと後に戻れなさそうで怖い。
いいや、私はこの祭りを見届けるまでは戻れなくったっていい!
砂浜に作られた試合会場には今二人一組のチームが十数組並んでいる。
白のワンピースと色とりどりの花冠が非常にまぶしい。
その中に私は勇者くん達を見つけて全力でひゅっと息を呑んだ。
出場はゲーム通り、ユリアちゃんとウィリアム、リヒトくんとアンソンの組み合わせで出るらしい。
そうかそうか! わかっていたけれども今のリヒト君達のパーティに女性はユリアちゃんだけなんだ。
ここ、自分が仲間にしたキャラクターがビーチバレーに参加する、という描写があったのだ。まさか女性だけだろうと思っていた私達プレイヤーを全力で裏切ったのは、どれだけがたいが良い男キャラでも、絶対に!美しく装っていたのだ。
つまりは他のキャラクター達も同じように女装していることになって、二次界隈はざわついたものだ。
いや、実際に専用立絵があったのは初期メンバーのユリアちゃん、ウィリアム、アンソンの3人なのだが、すごいんだよ……こういう所で女装をネタにせずに徹底的に美しくよそおわせたんだ。
「行くぞリヒト! 合わせろっ」
「はいっ」
トーナメント形式で行われる第一試合、野太いかけ声と共に、赤い髪がなびいた。
黒みがかった焦げ茶の髪を結んだリヒト君が、高く上げた手まりという名のビーチボールをアンソンが鋭く相手コートへ打ち込む。
シャンッと涼やかな音とは裏腹に恐ろしいスピードで飛んでいき、相手が反応する間もなくコートをえぐった。
軽々と着地したアンソンは無造作に白い衣を払い、赤い付け毛も違和感がないほど堂々となびかせている。
骨格は男性だが美しくしっかりとした骨格の彼は、アマゾネスのようなかっこよさがあった。
観客達もその活躍に熱狂する。私ももちろん大興奮だ。
「わああああ!リヒトくんナイスアシストぉおぉ!! というかめっちゃかわいくない!? 三つ編みとか素晴らしくないですか! 白いワンピースはふわふわタイプで妖精みたいだしただのかわいい美少女じゃないか。これたった一週間の練習でここまで堂々としたレシーブ出来るんだから素晴らしいというかもうスカートが乱れるはじらいっぷりがくうぅ最の高ですよ!」
双眼鏡を覗きこんで彼らを素早く追う。なによりやべえのはアンソンだ。
「というかアンソン、絶対に女性に見えないけどよく似合っているんだよな。初めての騎士服以外の立絵があれだった衝撃は絶対許さないけど、実際に動いているの見るとかっこよさ半端ないな。スレンダータイプのワンピースの違和感のなさが逆にやべえあんな薄衣が勇ましいと思ったことないよ、あんなスカートの振り払い方ある!? スリットから堂々と見える大腿筋にしびれるだろ!? 気品がにじむのがさすが騎士だよな。女性じゃないのはわかっていても美人いや美丈夫というやつか。アンソンかっこいい。そもそも二人が楽しそうで幸せだ……」
観客席も黒のリヒト君と赤のアンソンのコンビには大変盛り上がっている。確か最近は慣れた地元の住民しか上位に上がってこなくて、マンネリ化していたんだもんね。
観光客でエントリーも出来るんだけど、なかなか食い込んでくることがなかったんだ。
さらに言うと、これ華やかさもポイントに入るわけで、別部門として男女混合のミスコンまでやっているからね!
ちなみにウィリアムとユリアちゃんはミスコンのほうに出ているんだ。
ウィリアムはほんっとうに美人でしかないんだよな。さすが王子様、歩けば流石に男っぽさは隠せないけれどもにじみ出る気品が美しいんだ。ゲーム通りなら、並み居る美女を抑えて優勝するくらいといえばわかるだろうか。
うんうんそっちも気になるんだけど、今はアンソンとリヒトくんコンビだ!
一試合終えたあと、私がふぃーと息をついていると、千草がものすごく複雑そうな顔をしていた。
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