11 オタ的あるあるは深く考えてはいけない
真昼のリソデアグアの海岸広場は人でごった返していた。
そこかしこで生バンドによる賑やかな音楽が鳴り響き、色とりどりで華やかな衣装で着飾った人々が立ち並ぶ露天の店の間を行き交っている。みんな一様に楽しげだ。
そう、海より来たる大いなる存在を慰め豊穣を願うための祭り「豊穣の海神祭り」の開催日となったのだ!
私のテンションも上げ上げである。
なにせ!これが!私が待ちに待って楽しみにしていた夏イベントストーリー通称水着イベなのだから!
私が祭り会場の近くにあるホテルの部屋にあるルーフバルコニーに用意した席で、賑やかな祭り会場をうきうき見下ろしていると、アルバートが入ってきた。
今日の彼はいつもの従者服だ。夏仕様で薄手仕様だけれども、黒い手袋まできっちりはめている。
まあ完全な吸血鬼じゃないとはいえ、直射日光が苦手だから肌を露出しないんだ。
それでも暑そうな顔一つ見せないんだからアルバートは従者の鑑だよな。
ちなみに私は着心地の良い白と青ベースのサマーワンピースですがなにか。この日のために下ろした服だよ。推しがやってくるんですから気合い入れてますよ?
「エルア様、諸々のセッティングは順調です。あなたが勇者達と遭遇しないルートも確保いたしました」
「ありがとう、ここから会場が一望できるとはいえ、万が一はあるからね」
私はアルバートをねぎらったあと、すまし顔で一番肝心なことを訊ねた。
「さて、今回の豊穣祭りの演出装置が壊れてしまったって聞いたけれど、どうなったかしら」
心得た物で、アルバートも上品にわざとらしく憂いを滲ませてノッてきてくれる。
そういう所好きだぞ!
「ええ、裏で仕切っているコルトヴィア様もたいそうお困りでした。ですがリソデアグア郊外にお住まいの魔法使いに掛け合い、それなりの報酬と会場の特等席を引き替えに来て頂くことで補えたようですね。本日も会場内で準備をされています」
「それは良かったわ。みんなが楽しみにしているお祭りだもの、悲しい結果になるのは嫌よね。新たに招かれた方の不都合がないように、世話係をおいてあげてちょうだい」
「かしこまりました」
「そのう、主殿」
そこで、さきほどから一緒にいた千草がなんとも複雑そうな困惑の色を隠さず声を上げた。
ちなみに本日の千草の装いも夏仕様だ。暑さを物ともしない単衣にたっつけ袴である。彼女の白い髪が光を反射して綺麗だ、惚れ惚れしちゃう。
「あの兄弟を和解させるためにこの祭りを利用すると申されておったが、何をするのでござろうか」
「ん? ああ。そっか時間も押してたし、千草には魔物の討伐に出てもらっていて話していなかったね。もうしたの。うちでちょっと演出機材を壊したのよ」
千草には、最近多発していた暴走する魔物の討伐に出動してもらっていたから、小些細な手はずを腰据えて話をする機会がなかったんだ。
案の定ぽかんとする千草に、アルバートが淡々と説明した。
「き、機材を壊してなぜ和解につながるのでござるか!?」
「今回の演出機材は、一定時間任意の魔法を発動させる装置だ。だから壊れたとしても魔法使いを呼び込めば、代用が出来る。怪しまれずにフランシスを呼び込む絶好の口実だろう」
「そういうこと。ここでフランシスの反応を確認したあと、もう一度彼らを引き合わせようと思ってね」
千草がわけがわからないといった様子で私を見てくる。
まだお祭りまで間があるし、と私はこの後のてはずの確認もかねて千草に語ることにした。
「たぶん、フランシスはアンソンのことが嫌いなわけじゃないのよ」
「なんとあの態度ででござるか!?」
まあ千草が驚くのも無理ないか。まだオタクの性質になじみがないからね。
アルバートと話したけれど、初邂逅の映像と、アンソンからの伝聞で90パーセントくらいは確実だと意見が一致した。とはいえまだ確証があるわけじゃない。
「それを確かめるために、私はフランシスを、アンソンのかっこいいところが確実に見られるこの場におびき寄せることにしたの」
「手段としては演出装置のいくつかを破損させ、祭りの場に希少な魔法使いが必要とされる状況にした上で、コルトヴィア経由でフランシスを誘致してもらいました」
アルバートが簡単に方法を説明する。今回もうちの子たちが良い仕事してくれたわ。
「まあ、私達、悪役なので。乱暴な手段でも有効だったら選ぶことをためらわないの。準備期間がない中ではまあまあマシな手段を使えたなと思うんだ。コルトには『甘いことだな』って言われちゃったんだけどね」
私がちょっと苦笑いしていると、ぴこぴことうさ耳を動かしながら考えている様子だった千草がぽん、と手を叩いた。
「なるほど、人を狙わなかったのでござるな。フランシスに変えるのであれば魔法使いを一人排除する方が簡単であろうに、機材を壊すことで人員を補うように仕向けたのでござろう」
「ひと一人の人生を台無しにする度胸はなかっただけよ」
千草に思い至られて決まり悪い気分になっていると、アルバートがさらっと補足しやがった。
「俺達が用意した3日寝込む魔法薬を『スタッフ側でも祭りを楽しみにしている人を欠けさせるのは私の心が折れる』と却下されましたよね」
「だって、祭りは、日々の心の支えだから……」
そう、私もOLだった頃は夏と冬の祭典はもちろん、春と秋にある同人イベントやリアルイベントを励みに仕事頑張ったんだ。こっちの都合で楽しみを奪うなんてこと出来ないよ。今回参加する魔法使いの皆さん、ほんっとに海神祭りに参加することを楽しみにしていてね……。
だからといって機材を壊して良いことにもならないけど、補填だけはしっかりするから許して欲しい。
きまずい気分で自分の指を絡めていると、千草がちょっと微笑んだ。
「主殿は悪い方だが優しいな」
「千草のほうがやさしいかよ」
良いんだ、どっちみち私は悪いことをしているのには変わらないし、ただ欲望に忠実なだけなんだ。
だけども暖かい言葉が身にしみる。
「まあ、そういうわけで、フランシスがこの祭り会場に来てるの。しかも特等席で祭りを……アンソンを見ることになるわ。そこで私が実際に彼の反応を見るのが第1段階。そこで確信を得たら第2段階……仲直り計画に移行する」
といってもこっちは確固たる計画があるわけじゃないんだけど。
フランシスがアンソンを嫌っていないとわかれば、もう一度話す機会をお膳立てしても罪悪感はわかないなとは思う。つまり取れる手段は豊富ってことだ!
「穏当な手段としては『○○しないと出られない部屋』に突っ込んで強制お話し合いに持ち込むかな。魔法系はフランシスに破られちゃうかもしれないから、素直になるお薬系は難しいにしても、魔法道具ならうちの精鋭が作ったものなら負けないだろうし」
「まるまるしないと出られない部屋、とは」
あっやばい。ヲタクでも何でもない千草が宇宙を見始めてる。
アルバートが小さくため息をついて補足してくれた。
「要は監視付きの牢獄に似た場所へ閉じ込めて、こちらの指示に従わせることで閉じ込められた者達の反応を見る空間装置のことだ」
「それは監禁なのではないか!?」
「うっその通りですね……」
超常識的なことを言われて私の良心が痛んだが、それもこれもすべては彼らが明るい未来にたどり着くためだ。
「とにもかくにも私は悪役なので、悪いことは全部私のせいにしてもらって、彼らには幸せになってもらいたいのよ」
「な、なるほど」
千草になんとなく納得してもらったところで、私はパンッと手を叩いた。
「さあ! そろそろお祭りが始まるよね。双眼鏡もいざというときのための魔晶石もばっちり準備してあるわ」
「……わかりました。ところでいつもの物は持ち込まれましたか」
ちょっとアルバートの反応が鈍かった気がしたがなんだろうな、と思ったところで私はそう問われてぎくっとした。
うっオタク以外のひとが居る中でそれを言及されるのはやっぱ心がしんどい。
それでも言わないという選択肢もないけれど、とおずおずという。
「……持ってきているけれども、いつも通り絶対表では使わないわよ」
「わかっております。そのためにこの観覧席を用意したんですから」
ぐるぐる葛藤するけれども、まあ元々持ってくる気はあったので仕方がない。
アルバートの準備が良すぎて泣けてくるし、何より使わせようとするのが怖いんだけども。
自分の気持ちに嘘はつけないんだ。そう、だって! 水着イベントなんだもん!!
そのときこんこんと扉が叩かれる。現れたのはスタッフとして潜入しているうちの使用人だ。
「会場に勇者達が現れました」
私の心が高揚する。こうして私達は水着イベ。豊穣の海神祭りに突入したのだった。
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