10 どちらにせよ死
アルバートに掴まれた私の手が、アルバートの柔らかい頬を堪能している。
ひえっと私が息を呑んでいる間に、アルバートは思わぬご褒美をもらえたような、そんな意外さと嬉しさを滲ませた。
「良いんですよ、あなたは俺を所有しても」
「所有なんてそんなことしませんけど!? そもそもあなた束縛しようとしたらさくっと見切りをつけて逃げてくでしょ!?」
しってる!そういう風に首輪を付けてこようとした大富豪をサクッと殺してフリーに戻る2次とかいっぱい見た!
「好意のない人間にされて喜ぶとでも? 俺がしたいと思っているんですから、自分を差し出すのは等価交換、当然でしょう」
「うわあアルバート肌すべすべだなー!」
なんか深く考えちゃいけないこと言われた! 追求しないぞ絶対しないぞ。
とりあえず奇跡的に触れたアルバートの肌を堪能するのに集中していると、添えられたままだったアルバートの指先がそっと私の甲を撫でた。
ひえっ。
アルバートは楽しげに微笑みながら、さらにするりと腰に片方の腕を回されて引き寄せられる。
アルバートの着ているドレスのスカートが私の足にまとわりつくのをズボン越しに感じた。
「わかりました。これからはなるべくあなた以外には許しません」
「あ、そこはなるべくなんだ」
臨界点に到達仕掛けていた私でも思わず素に戻ったけど、アルバートはきっぱりと言う。
「絶対に守れないとわかっている約束はしません。任務上効果的だと思えば使います。最大限の結果を出すのが俺ですから」
けれど、とアルバートは頬に置いていた私の手を、今度はその胸に導いた。
服越しに、柔らかい感触と共に少し早い彼の鼓動を感じる。
「ですがどのような行動をとろうと、この心があなたを裏切ることはありません。嫌悪されるのなら、その手段は極力廃すると誓いましょう」
言葉に関しては慎重なアルバートが、誓うと言った。
アルバートのことはいつだって信じているけれど、改めて言葉にされれば安心感がちがう。
私の心の底に溜まっていた靄が晴れていくのを感じたけれど。
手に感じるほどよい弾力とマシュマロみたいな柔らかさに、どんな顔して良いかわからなくなった。
これうかつに指に力を入れたらやばいやつじゃん。セクハラって言われないか。柔らかとかちょっとでも思ったら死んでしまうんじゃないか。
ああでももっと体温上がるのは!
「……うすうす気づいていたけど、アルバートって私のことめちゃくちゃ好きだよね」
「そうですね、今この場であなたをどうしてくれようかと考えるくらいには」
すまし顔で言ってるけど、アルバートわりと鼓動早いよね? やっぱり胸に私の手を置いたのって意識させるためにわざとですね!?
そんなこと考えていたらアルバートが面白げに私を見る。
「ちなみに俺は今女性になっているんですが、かなり緊張されてますね?」
「こんな魅惑のふわふわがあれば女でもどきどきするし、今ご自分がどれだけの美女か鏡をご覧になったらいかがですか」
「……あなた恋愛対象の中に女性も入っていましたか?」
「二次だけですけどアルバートは別腹なので。男でも女でもおじさまでもショタでも萌えられます」
なんでもばっちこい! となかばヤケな気分で語ったとき、香水の甘い香りとアルコールの匂いのなかにスモーキーな匂いを感じた。
「んん? アルバートから煙草の匂いがする」
思わずすん、と鼻を鳴らしたとき、捕まえられてた手が離される。そしてゆっくりと一歩アルバートが離れた。
えっえっやば変態くさかったよなごめん。だだ焦りした私だったけれども、アルバートが気まずそうな顔をしている。
「すみません、浮かれて忘れていました。酒場帰りでしたし、あの環境に紛れ込むために事前に安煙草を吸っていたんです」
「なにそれきいてない」
「変装は匂いからごまかすのが常道です。女になっても屋敷勤めの匂いが染みついていましたから、手っ取り早く馴染むために、あなたと別れた後に少々。だから喫煙については許して頂ければ」
そんなことしてたの!? さすがプロだなアルバート惚れ直す。
「理由はさすがだなって思うし必要なら全然おっけーなんだけど。アルバートの喫煙シーンなんて色気があるに決まってるじゃん。そんなスペシャルスチル見逃したなんて絶望した!」
この世界でも喫煙は体に悪いものだから推奨はしたくないのだけど、それはそれとしてけだるげに紫煙を呑む姿は絵になるんですよ。
この世界では紙巻き煙草が主流だから長い指先で1本とって、マッチを擦って……ああいや魔法で無造作に火をつけるのも良いな。
それくらいの魔法アルバートなら簡単だろう。
そっと吸い口に唇を当て息を吸った瞬間の伏し目がちな眼差しまで脳内再生は余裕だけども、あくまで幻覚。実際にしているのならぜひ間近で見たかった!
ふぐぐとこの悔しさを堪えていると、アルバートが苦笑しつつちょっと両手を広げた。
「煙草は仕事に支障が出るのですぐには無理ですが、この俺が気になるのなら触ります?」
「えっいいの!?」
「いいですよ、減るものでもありませんし」
からかい混じりの声音だとわかっていた。
けれど、アルバートからの許可があるんならと、私は意気揚々とアルバートの腰に腕を回した。
「うっわ、腰ほっそおしりちっちゃ、胸ないのにちゃんと胸に重量がある……アルバート性別変えただけなんでしょ。ふええ……すごい……」
「……なんだか不本意ですね」
アルバートの変化には一切の瑕疵がないとわかっていてもこれはすごいなぁ。
どこもかしこも柔らかい彼に感動していると、ちいさく息をつく音が聞こえた。
見てみるといつもより視線が近いアルバートが紫の瞳を緩めて笑んでいる。
「それで、なんですが。今回の補給ですけど、どうします?」
「ああ、いいよやる?」
今回アルバートはかなり気を張って魔法と変化を使っていたからね。軽く血を呑んどいた方が気分は楽だろう。
でも何で改まってきくのかなーと思っていると、彼はなんだかちょっと含みのある表情になっている?
「俺としてはあなたに手をつける以上、さっぱりと匂いを落として身支度を調えたいのですが、そうすると男に戻ります。さすがに女物をもう一度着る趣味はありませんので」
「ううん?」
「ですがあなたは女の俺を気に入っているようですし、何より、俺が身支度を調えている間、待たせることになりますので。俺にここを噛まれて吸われるのを、想像しながら」
つう、と指先でシャツ越しに首筋をなぞられて、背筋が勝手に粟立つ。
そういうことかと腑に落ちて、ぶわっと顔に熱が上がる。
待つことを想像したら心臓が痛いほど脈打っていた。
あの、その。それって、私がアルバートに吸われるのを待ち構えるってことで、ものすごく期待しているみたいじゃないか……!?
アルバートは表情はいつものすまし顔だったけれど、私にはその裏で彼がこの状況を心底楽しんでいるのが手に取るようにわかった。
完全に手の内でころころ転がされてますねえ私!!!
どうする、どうする私……! いつも通りアルバートが男に戻るのをそわそわ待ち続けるのか。それとも夜のお姉さんの色気を存分に纏っている女のアルバートにやって貰っちゃうのか。
え、どっちも死しかなくないか???
「俺はどちらでもかまいませんよ」
「じゃじゃじゃあ、今すぐでお願いします!!!」
「かしこまりました」
このまま引き延ばされたら私の羞恥と情緒が死ぬ。
そう思って全力で願い出ると、アルバートは、私の服に手をかける。
そうだ、今日は男装していたから、ズボンにシャツだった。
ぷつ、と私のシャツのボタンを開けていくアルバートは、くすり、と耐えきれなかったように笑い声を漏らした。
「今の俺は女で今のあなたは少年従者のようですから。――……この構図、なんだか俺が悪いことを教えているみたいですね」
くす、くす、くす、とアルバートが女性の声で笑う。その艶やかさと匂い立つ色香にくらくらした。
アルバートの細くても振り払えない腕の中、どっちみち似たり寄ったりだったなぁと、萌えが臨界点に達したせいか一周回って冷静になった頭で思う。
けれど、アルバートが首筋に唇を寄せようとしたとき、その耳につぶやいた。
「アルバート、話せるときになったら話してよ」
「……わかりました」
なんだか仕方が無いなあというあきらめのような色を含んでいたけれど、約束してくれたなら大丈夫だ。
女のまま、アルバートが私の肌に牙を突き立てる。
ぷつり、と皮膚が食い破られる瞬間、私はなんだかいけないことをしている気分になった。
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