9 二次とリアルは違います

 なんだかやわらかくてあたたかいものに包まれている。

 まぶたを開けると、黒髪紫瞳の美女がのぞき込んでいた。

 再び意識が遠のきかけたがその前に額を軽くはたかれる。

 それは、女性のままの美女アルバートだった。

 着崩しは直しているもののドレスのままの彼に横抱きにされていたのだ。

 正直気づいた今も気が遠くなりそうなんだけども、私の思考を読み取ったかのように彼は真顔で言った。


「とりあえず意識は保っていてください」

「あい、あれからどうなった?」


 アルバートにソファに下ろされつつ聞くと、説明をしてくれた。


「俺のほうは、アンソンが店を出た瞬間勇者と聖女と接触していました。探しに来たようですね。多少乱暴とはいえ千草が離脱したおかげで聖女達も確信は得られていない様子でしたよ。ですがあなたがみぞおちをえぐられて意識を失ったために即座に撤収。屋敷に戻ったというところです」

「それで布団に寝かせる前に、私が起きたって所かな。……ありがとう、千草にMVPをあげたい。もちろんアルバートにもだけど」


 まさかユリアちゃんとリヒトくんが、夜の街に繰り出してまでアンソンを探しに来るとは思わないじゃないか。

 今回はアンソンに怪しまれないために配置していた人員を最小限にしたのが徒になったなあ。千草をそばに置いといて助かったけども、何度やっても采配は難しい。

 そんな真面目なことを考えられる位には、頭が寝ぼけから復帰し始めていた。けれどもその結果女版アルバートをじっくり眺めることになった。

 すでに役が抜けたアルバートはただの美女だ。

 明かりの中で軽く結われた黒い髪が艶やかに流れている。アルバートの整った顔立ちのままに、けれど柔らかくなった輪郭のおかげで華奢で清楚ささえ漂わせる。なのにその体はいっそ肉感的とも言える女性的な曲線を描いているのだ。しかも切れ長な紫の瞳はどこか影があり、匂い立つような色香を漂わせている。憂いを帯びた表情は酷く男心をくすぐるだろう。むしろ私がくすぐられまくっている!

 うう、美しいじゃん、たたずまいだけで美人じゃん品があるじゃん。しかもばっちり胸があるし腰がきゅっと引き締まってるし足細いしながいしスタイルが良すぎる。

 こうやってふと歩いている立ち振る舞いまで全部女性に見えるからさすがアルバートなんだよ。

 ふ、と気づいて真顔で問うた。


「今は安全ですか」

「……そうですね。屋敷内ですから」


 アルバートはちょっと悟りを開いたような顔をしていたけれど、私はその瞬間ふらっとアルバートに向かって手を組み合わせて跪いた。


「一応聞きましょうか。何をしているんです」

「女体化アルバートという二次創作ではよく見たけれど夢の夢だったアルバートが今現実に存在していることと、その奇跡の造形美ととにかく顔が良いことに森羅万象、天地神明となによりアルバートに感謝してる」

「今までで一番あなたがわからないと思いました」

「ありがとう、ありがとう。そしてありがとう……。アルバートを生み出してくれたすべてに感謝したい」


 感謝を捧げている間にもアルバートを鑑賞することはわすれない。ガン見である。だって出かけ際は時間がなくて「あっ顔が良い」としか思えなかったんだもん。

 いやそのあと吐き散らかしたけど、やっぱり現物を鑑賞しながら抱くものとは別物なんだよ。

 ふえええ、やっぱり美人だよ、目線だけで惚れさせられるよ、というか体の線が芸術品だよ。男でありながら女子にもなれるなんて……はっ!


「ちょっと女の体に恥じらったりしませんか」

「役でならともかく。自分の体でなんでそうなるんですか」

「あーアルバートだぁぁ……。全く頓着しないのも超たぎる」


 私が涙ぐみながらしみじみと浸っている間も、アルバートはやっぱりちょっと変な顔をしつつもそのままでいてくれた。

 あ、でもこれだけはしっかりと確認をとらなきゃいけない。

 落ち着いたところですっくと立ち上がると、私は女性になっても私よりちょっと背の高いアルバートを見つめた。不思議そうにされるけれど視線はそらさないよ。


「ちょっと我を失いましたが、私はあなたに聞かねばならないことがあります」

「なんでしょう」


 うっ間近で聞くと女版のアルバートの女性としてはちょっと低い声に、またうっとりしちゃうけれども私はまじめになるんだ!


「最後のやりとりのことなんだけど。なんでアンソンを口説こうとしたの。あの時点でもう取れる情報は取れていたと思うんだけど」

「ああ、そのことですか」


 アンソンから欲しかったのはフランシスとの関係だ。引き出せる情報はあの時点で得られていた。だからアルバートのあの口説き文句が酷く浮いていたのだ。

 なるほど、とひとつうなずいたアルバートはあっさりと言う。


「気になることがありまして、探りを入れたかったんですよ」

「……その知りたいことって?」


 私が突っ込んで聞いてみても、アルバートはあいまいな微笑みを浮かべるだけだ。

 む、これは絶対言わない顔だ。いや、でもアルバートは必要な時はちゃんと言う。だから私に対していわないってことは確証が得られなかったか、私に告げると良くない事柄かだ。

 そう、考えると私の胸がぎゅうと嫌な感じにきしむ。それが顔に出ていたのかも知れない、アルバートがちょっと困ったような顔をした。


「勇者一行にはあまり接触出来ませんからね。今回は貴重な機会でしたから、確かめたいことはすべて確かめようと思ったんです」

「でも、アルバートは知ってたでしょ。アンソンはエルディアみたいな遊びで人を誘うような女の子が嫌いなんだ。あんな聞き方したらうまくいくものもいかなくなっちゃうよ。そうでなくても女子アルバートは魅力的で震いつきたくなるような美人なんだし。アンソンがノってくる可能性も無きしもあらずだったわけじゃない」

「……あの聞き方だからこそ必要だったんですが」


 んん?どういう意味だ?

 私が疑問に思っていることにも気づいているだろうに、だけどアルバートはそれには応えずに続けた。


「大丈夫ですよ、万が一アンソンが興味を示した場合でも、適当に逃げる算段はしていました。そもそも俺の対象は女性です」

「それでもアンソンが本気出したら逃げ切れなくなる可能性もあったでしょう。アルバートなら逃げるのめんどくさいし、穏便にすむならまあいっかって思いそうだから嫌なんだ」


 そんな一夜の過ちから始まる腐向け二次をどれだけ読んだと思ってる。

 アルバートがあ、やっべ。って顔を一瞬浮かべたことでやっぱりそう考えてたことを悟った。

 私は胸の奥に感じるしこりを抑えて、今は華奢な彼の両手をとって握りこむ。


「必要なら、仕方ない。本当に本当にどうしようもないなら、何をしてでも生き延びることを優先して欲しいよ。でも、今回は違うでしょう? 選べる瞬間だったんならアルバート自身を大事にして欲しい」


 それは10年前から何度もお願いしていたこと。アルバートは自分の存在を軽く扱いがちだから、彼の技術と能力を頼らないといけない時でもこれだけは言い聞かせていた。

 私の神妙な様子に気付いたらしいアルバートが、ぱちぱちと瞬いた。まつげなっげえな。


「……実は今回の件も、あなたは萌える! と叫んで流されると思っていました」

「正直もうしますと大変に滾りました」

「ですよね」

「がそれ以上は2次だけなんですよ。グロとリョナは現実には持ち込まないし、エロも3次元では合意がなければ断固拒否です」


 2次元と現実は区別をつけるよ!

 それに、と意外そうな顔をするアルバートの握った手にぎゅう、と力をこめながら続けた。


「それと……ふりだとわかっていても、アルバートが誰かを口説くのを見るのはちょっとやだなあとも、思いまして」


 あのときめちゃくちゃ混乱していたのって、アルバートの色気とアンソンの絡みという2次で見たシチュに興奮したのもあるけど。今まで自覚してなかった嫉妬にびっくりしていたからもあったんだ。


「今でも萌えが大半を占めるし、あんなことをされてもアルバートは公共物なことは絶対に変わらないと思っていたのにさ。こう、なんか。その。自分の変わり身の早さに驚いて反省をしてるんだけども……って?」


 言葉に出すのがすごく気まずいというか後ろめたい。

 さらに沈黙が怖くて視線をそらしていたんだけども、不意に握っていた手を引っ張られた。

 軽い力だったから体勢は崩れなかったけれども、代わりに否応なくアルバートを見ることになって。

 ひっと、息をのむ。

 アルバートは私の片手を自身の頬に触れさせると、とろけるような笑みを浮かべた。



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