魔女研編~共通ルート~

魔女研編①:おいでよ魔女研

 この学校には魔女がいる。


 そんな噂がされるようになって、もう何十年もたつ。


 それは単なるおとぎ話などではない。実際に魔女の痕跡は学校のあちらこちらに遺されていて、決して姿の見えない彼女を追いかける生徒も少なくない。


 たとえば新聞部は今でも魔女特集を組むし、魔女伝説を扱った非公認部活動や同好会も多数存在する。


 そして、魔女伝説研究会――通称・魔女研まじょけんも、そんな集団のひとつだった。



しゅうくん、うちの同好会に興味ない?」


 初夏のころ、ある月曜日。

 昼休みの中庭ベンチ。後輩で友達の花邑はなむら葉那はなは唐突に切り出した。


「同好会?」

「そ。魔女伝説研究会」

「ふーん……」


 また胡乱な。


 確かにこの学校にはおかしな部活、同好会のたぐいは山ほどあるが、葉那のところもなかなか怪しい。

 興味なさげに視線を外す僕の頭を、葉那はずいっと上体を乗り出して追いかけてくる。


「ね、めんどくさいなって思ったでしょ」

「解っているなら持ちかけないでくれ」


 彼女は笑いながら身体をもとの位置に戻すと、脇に置いていた牛乳パックを手に取った。そのまま彼女の小さな口が、ストローを使って勢いよく中身を吸い上げる。勢いが良すぎるのか、ずるずるとうるさい。


「ごめんごめん。でもね、ちょっと真面目なお願いなんだよ。秋くんにしか頼めなくてさ」

「牛乳を音立てて飲みながらするのが、真面目なお願いか? 僕は仮にも葉那の先輩なんだけど?」


「あはは、ごめん先輩。後で咲也さくや先輩のパン一個あげるから」

「いいかげんにしろ、後輩」


 そう言って、僕は葉那のほうに視線を戻した。


 葉那は高い位置でまとめたポニーテールを揺らしながら、相変わらずにこにこ笑っていて、ご機嫌なことこの上なかった。彼女は牛乳と一緒に買ったサンドイッチをおいしそうに頬張っている。まるでこの世のすべての幸福を得たような顔をしているな、この後輩は。


 今日、僕たちは中庭に集まって三人一緒に昼食をとる約束をしている。


 渡瀬秋わたせしゅうと花邑葉那、そして今ここにいない小野寺咲也おのでらさくや。僕らは一応同じ中学の出身で、この春にから友人同士になった。それ以来妙に仲良くなってしまって、こうしてたまに集まってお弁当を広げたり、放課後遊びに行ったりしている。ちなみに今ここにいない咲也は新聞部の用事を済ませてから合流するらしい。なかなか大変そうだ。


「それで、真面目なお願いってなに?」

「うん! あのね……」


 葉那はこほん、とわざとらしい咳払いをする。


「こほん」


 ……というか、声に出していた。


「秋の学園祭に向けて、認可同好会であるわが魔女研も出展を計画しておりまして。その届け出にあたって、少なくとも学校の定める出展の要件を満たす必要があるんだよね。秋くんも知っての通り、今年度の魔女研は人数があと二人足りなくって……」


「いや、勝手に内情に通じていることにしないでくれ。なんというか、嫌な予感がするから僕を巻き込まないで」


 ちなみに僕は魔女研なる団体を今日初めて知ったレベルの完全なる部外者だ。


「まあまあ、細かいことはいいじゃないの先輩」


 葉那は少なくなったパック牛乳をすすりながらけらけらと笑っている。


「要は、秋くんにも魔女研に入会してほしいんだ! お願い、名前だけでもいいから!」

「えぇ……?」


 そもそも。


 この学校には大小さまざまな部活、同好会が存在する。どこにでもあるメジャーな部活から、魔女研のような意味不明な同好会まで本当にさまざまだ。そして、実際のところそれらの意味不明な同好会に属している生徒も決して少なくはない。


 それら怪しい集まりの存在を支えるのが、この胡桃原高校で語られている『学園の魔女伝説』だった。


 魔女伝説は文字通り、この学校のどこかに正体不明の魔女が棲んでいるという伝説――というか七不思議の仲間みたいなもので、数十年前から語られているわりに、その実態はいまいちはっきりとしていない。しかしありがちな七不思議と片づけるには妙にリアリティのある痕跡がいくつも遺されており、それが長年生徒たちの興味を集め続けているのだ。


 ちなみに魔女伝説を扱う団体は、その規模にかかわらず同好会としての資格までしか認められていない。つまり部員が百人いようが部活動には昇格できないのだ。学校側からすれば七不思議の親戚を大っぴらに認めるわけにもいかないため、まあ当然といえば当然だろうけど。


 例外は咲也のいる新聞部くらいで、彼らは校内のトレンド特集のノリで定期的に魔女伝説を取り扱ったりする。ちょっと脱法っぽくてずるい。


「頼むから!」


 葉那はまた、僕に向かって頭を下げる。


「今ならお菓子もつける! お願い!」

「いや、急に言われても。そもそも名義貸しってまずいんじゃない?」

「なら活動実態が伴ってればいいじゃん! 一緒に活動しよーよー! 楽しいよ!」

「言ってることめちゃくちゃだよ……」


 葉那がこんなにめんどくさいやつだったとは。これは、何が何でも僕を引き入れるつもりらしい。


 あー、早く戻ってこないかな、咲也……。

 と、いない人に救いを求めていると。


「いいじゃん、体験入部のつもりでやってみれば」


 頭上から、ちょっと面白がるような低い声が聞こえてきた。言うまでもない、僕らの三人目――小野寺咲也その人だ。背の高い彼は僕たちを見下ろしつつ、なんだか楽しそうににやついている。


「咲也ぁ」

「おまえは帰宅部だしいつも暇だってぼやいてるだろ。いいじゃん、友達の手伝いくらいしてやれよ」


「とは言っても動機があまりにも不純で……」

「それなら、注目の同好会活動特集記事のための新聞部の臨時特派員ってことにしてやるよ。これで純粋な名目ができただろ?」

「う……」


 外堀を埋められてしまった。この新聞部、とても口がうまい。


「咲也先輩、さすが~。じゃあ秋くん……いや、渡瀬特派員、わが魔女研への潜入取材をよろしくお願いします!」

「……はいはい」


 正体を明かした上での潜入取材なんて前代未聞だ。


 焼きそばパンを頬張る咲也と食べ終わった僕たちの会話がひと段落したころ、予鈴が鳴った。葉那は部室の場所を僕に伝えると、上機嫌な様子で教室に戻っていった。


「俺たちも戻るか」

「そうだね」

「しかしおまえもお人好しだな。あ、取材の進捗は週一くらいで教えてくれればいいから」

「はいはい」


 ほどなくして僕らは教室に到着した。それぞれの席に分かれる間際、咲也はぼそりと言った。


「ま、新聞部に特派員なんて制度ないんだけどな。だから、報告は忘れても大丈夫だぞ」

「…………」


 あいつ、心の底から面白がっていやがる。

 そんな彼の最後のひとことを、僕は聞かなかったことにした。

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