第十五話 お土産作戦

「エリヤ!?」

「Oh! ユウヤ! ヒサしぶり!」


 魔王城エブーラは復興というより新築されたと言うべきだった。レイブンクロー大帝国のワイバーンによる火炎玉の攻撃で破壊し尽くされたのだから当然である。


 港町での一件の後、新城の晩餐に招かれた優弥たち三人は思いがけずも勇者エリヤと再会を果たした。彼もあの戦争では功績を収めたのだから招待されるのは不思議ではないのだが、雰囲気からするとどうもそれだけではないようだ。


 何故ならモノトリス王国から来賓としてやってきたにしては、従えているはずの護衛騎士や従者の姿が見当たらないからである。百歩譲って勇者に護衛は必要ないとしても、従者が一人もいないのはおかしい。それとも宴席だから別室で控えているのだろうか。


 そんな疑問が顔に出ていたのだろう。魔王が理由を説明してくれた。


「勇者殿は少し前から我が国に住んでおるのじゃよ」

「は?」


「マホウコクとドウメイしたから、ミーはスきなところにイっていいってイわれたね」


 聞くと国王以外の者たちは必死に引き留めようとしたらしいが、大帝国が魔法国に大敗を喫し侵攻の脅威が去ったことから、国王はエリヤまで城から追い出してしまったようだ。


(あの国王バカなのか? いや、バカだったな)


「マオウサマからオオきなイエをモラったネ。ユウヤもアソびにキてよ」

「あ? ああ、そうだな」


 もしかしたら女神ハルモニアが伝えたかったのはこのことかも知れないと彼は考えた。だとするとモノトリス王国が他国から攻め込まれる可能性があるということだ。


 あの国はゼノアス大陸の中ではもっとも弱小の国家である。それなのに他国から侵略されないのは、唯一勇者召喚が行える国だからだ。


 その要たる勇者を事実上放逐したとなれば、周辺国はこれを機とばかりに挙兵することも十分に考えられる。国民も黙ってはいないだろう。


 しかも新たに勇者を召喚するにしても、向こう百年は叶わない。あのバカ国王がそのことを知っているのか知らないのかは不明だが、考えても仕方のないことだった。


 とは言え戦争となれば、個人的に関わりのあるヴアラモ孤児院のシスター・マチルダと子供たちや、ロレール亭の面々などは出来れば避難させたい。教会は敵国でもアンタッチャブルと聞いているので、セント・グランダール大聖堂にいるクロストバウル枢機卿すうききょうらは問題ないだろう。


 他にウィリアムズ伯爵家や港町イエデポリの面々も頭に浮かんだが、誰でも彼でもというわけにはいかない。例えばイエデポリで会った港湾管理局の倉庫担当ロイとその婚約者ゾーイを避難させようとすれば、彼らの親類縁者まで助けてほしいと願われるのは間違いないからだ。


 さらにその先まで考えるともうキリがない。決して見捨てたいというわけではないが、関わった全てを避難させるのは不可能と言わざるを得なかった。


 なお、彼の頭の中に侵攻してきた他国を食い止め、モノトリス王国自体を救うという考えは毛ほどもなかったのは言うまでもないだろう。


(まあ、戦争するにも準備が必要だろうから、今すぐどうこうということもないだろうしな)


 それでも情報を集めておくに越したことはない。彼は早速密偵としてロッティ、ミリー、イザベルの三人をモノトリスの周辺国に送り込もうと考えたのだった。



◆◇◆◇



 晩餐会の翌日、優弥たち三人は魔法国の首都エブタリアに出かけた。昨夜は酒も入っていたので魔王城にて一夜を過ごしたが、本来の目的は民間の宿に泊まって旅を満喫することである。


 魔王からは散々城に泊まり続けるのを勧められたが、小市民の三人はお客様扱いされるのに慣れていない。そのため城の執事やメイドたちに世話を焼かれると、却って落ち着かないのである。


「というわけでまずは宿を押さえておきたいと思うんだけど、二人は希望とかある?」


「ご飯が美味しいところがいいです」

「ゆったりしたお風呂があるところとか?」


「ま、旅行にきて宿に泊まるってなれば、その二つは必須条件だよな」


「だったら魔王様が言ってた観光案内所に行ってみない?」

「それが無難かも知れませんね」

「じゃ行ってみるか」


 観光案内所は首都復興に際して新たに始めた取り組みだそうだ。あらかじめ場所は聞いてあったので、すぐに見つけることが出来た。


 そこで勧められたのは宿は二つで、いずれも歩いて二十分ほどの距離にあるそうだ。一つはバグマン館、平民から貴族まで人気があり、料金は高いが料理を最高ランクにすると、元上級貴族のお抱え料理人である料理長が直接腕を振るうらしい。


 もう一つは旅籠はたごアニストン、料理はバグマン館の最高ランクには及ばないものの、一般ランクになら引けを取らないという。そしてこの旅籠を勧める最大の理由が加水も加温もしていない、源泉掛け流しの天然温泉に浸かれることだそうだ。


 大浴場には男女とも巨大な浴槽があり、こじんまりとしてはいるが貸し切りの露天風呂もあって、特に家族連れに人気とのこと。


「温泉かあ……」

「いつもアルタミールのお邸で頂いてますもんね」


「やっぱりここは元上級貴族のお抱え料理人が作る料理、と言われてもねえ……」

「料理長のニコラスが作ってくれる料理が絶品だからな。それにこれでも一応俺だって上級貴族だし……」


「考えてみると、私たちってすごく贅沢な暮らしをさせて頂いてるんですね」

「ユウヤのお陰よね」


「本当です。ユウヤさん、ありがとうございます」

「ユウヤ、本心から感謝してるわ」

「なんだよ、二人とも改まって」


「ねえユウヤ、一カ所にずっと泊まるの?」

「拠点があった方が楽ではあるけど、せっかくなら二カ所とも泊まってみるのもいいかもな」


「ならまずは一泊ずつしてみませんか? いくらいつも温泉に入ってて美味しいお料理を頂いているとは言っても、ここは違う国ですから思い出になると思います」


「ユウヤもそんなこと言ってたわよね。私はソフィアの意見に異論はないわ」


「それじゃ昨夜は晩餐会で美味い物をたらふく食ったし、今夜は風呂に期待してみるか」

「「賛成!」」


 そうと決まれば早速予約である。この世界で宿を取ろうとすれば当日予約か飛び込みが主流で、時間が遅くなればなるほど空きがなくなるのだ。だから早い方が望みの室を取れる可能性が高いのである。


 そんなわけで早速三人は旅籠アニストンを訪れ、六人でもゆったり寝られる大部屋を選んだ。この宿はベッドではなく布団を敷いてくれるそうなので、港町の宿で起こったような事故ラッキー心配期待はないだろう。


「予約も出来たし、ぶらぶらと歩いてみるか」

「そうですね。お土産も買わなくちゃ!」


「買うのは最終日かその前日でいいと思うぞ。それまでに候補を絞るというのはどうだ?」

「確かに、買った後でこっちにしておけばよかったとか後悔しても仕方ないものね」


「じゃあ分担しようか。俺はエビィリンとアス、バートランドの土産を担当するよ」

「ウォーレンさんはいいんですか?」


「アイツは元々ここの住人だからね。俺が何を選んでも憎まれ口を叩くだろうから」

「あー、分かる気がする」


「だからさ、二人に選んでもらって、俺が選んだことにして渡そうと思うんだ」

「それで文句とか言われたら、実は私たちが選んだって言って困らせるのね」


「普段やられてるからな。たまには仕返ししたいんだよ」

「うふふ。ユウヤさん、イジワルです」


 果たして優弥の浅知恵が歴戦の強者たるウォーレンに通用するのかどうか、結果は神のみぞ知るといったところだろう。


 アルタミール領主邸とハセミ城、ヴアラモ孤児院への土産はソフィアとポーラが選ぶことになった。ただし一人一人に小物などを買うと数が多くなりすぎるので、菓子が中心になりそうだ。


 そして観光案内所で紹介された二つの宿を利用し、魔法国アルタミラへの旅行は最終日を迎えるのだった。

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