第二話 家令の特技

 モーゼス・ハワード、アルタミール領主邸の家令を務める彼は、執務室で優弥とウォーレンを前に優雅な佇まいで報告を口にした。


「モーゼスにそんな特技があるとは知らなかったぞ」

「お邸で役に立つ日がくるとは思っておりませんでしたので」


 姿と気配を周囲からほぼ完全に遮断してしまう隠密スキル、影隠れ。家令はこのスキルで大公家の姫三人の企てを探っていたのである。


「閣下はどうなさるおつもりで?」


「ひとまずソフィアとポーラは俺の傍にいさせることにしよう。奴らもまさか真っ昼間から邸で二人を襲うことはないだろうし」

「泳がせるのですか?」


「二人を殺すってんだから大公と姫三人は生かしておくつもりはない。しかしそうなるとヴォルコフ領の統治者がいなくなるだろ」

「確かにその通りですが」


「だから一応アスに知らせておくのさ。大公が死んだと領に知らせるタイミングとかその他諸々、皇帝に動いてもらうしかないからな」

「ハセミ様に差し上げます、などと申されるような気が致します」


「いらねえよ! これ以上領地増やしてどうするんだっての」

「私に言われましても……」


 そして転送ゲートを使ってレイブンクロー城へ。いきなり執務室に現れた優弥にトバイアスは驚いていたが、すぐに嬉しそうな笑顔を見せた。


「ハセミ様、ようこそ。どうかされたんですか?」


 彼はヴォルコフ大公がいきなりアルタミール領を訪れたこと。彼らがソフィアとポーラの暗殺を企てていることなどを掻い摘まんで説明した。


「僕の臣下がご迷惑をおかけして申し訳ありません」


「まあ、アスに責任がないとは言わないが、確認したいのはそんなことじゃないんだ」

「分かってます。どうぞお気の済むようになさって下さい」


「そうか。それと後の大公領のことなんだけど」

「ハセミ様に差し上げます」

「は?」


 悪い予感というのは的中するものである。


「ただ、アルタミラ国に割譲するわけにはいきませんので、我が帝国でも伯爵位を授けましょう」

「待て待て、元が平民の俺に領地二つなんて統治出来ないって!」


「領主代行を立てますからご安心下さい。あと、ヴォルコフ家は取り潰しておきますので、それが済んだらティベリア様にお願いしてゲートを開いてもらっておきますね」

「いや、だからあのさ……」


「これでハセミ様も帝国の臣民になられるわけです。私のような若輩者の臣下などではご不満もおありでしょうけど、これからどうぞよろしくお願いします」


 どうやら辞退は聞き入れてもらえないらしい。ヴォルコフ領は彼の着任と共にハセミ領と改められ、周辺領主には余計なちょっかいを出させないために、彼が竜殺しであることを通達しておくと言う。


 領民に対しても同様に伝えるそうで、これはいきなり領主が代わったことで混乱を招かないようにするために必要だと言われてしまった。


 なお、ヴォルコフ領は元は王国だったので城があるとのこと。それも自由に使っていいそうだ。

(まあ、領民に知られたところでどうということはないけどな。てか今度は城持ちかよ)


 何にしても準備は整った。さあ、仕置きの時間だ。


 アルタミール領主邸に戻った優弥は晩餐の席で、今夜は邸の庭で星を眺める約束をソフィアとポーラにさせた。場所は多くの部屋から死角となる、暗殺には打ってつけと思われるポイントである。


 二人のどちらかの部屋におびき寄せる手もあったが、そうすると部屋が血まみれになってしまう。加えてさすがに人が死んだ部屋で過ごすのは抵抗があるだろうとのことで、今回のようなシナリオになったわけだ。


 少々不自然さがないとは言えなかったが、大公たちの滞在も今夜限りの予定なので、引っかかってくれることを祈るしかない。もっとも、引っかからなくても生きて帰さないことに変わりはないが。


 その後は安全のためにシンディーとニコラと共に、ついでにビアンカも連れてモノトリス王国の借家に避難させた。むろん、これを知っているのは彼の他はウォーレンとモーゼス、それに怪しまれないために用意した二人の影武者のみだ。


 影武者はソフィアとポーラに背格好が似ている、イモージェンとモリーという名のメイドだった。なぜ危険を承知で引き受けてくれたのかと言うと、日頃ソフィアやポーラに本当によくしてもらっているからとのこと。


 水仕事で手荒れが酷かった時には貴族でもなかなか買えないような高価なハンドクリームを贈ったり、両親の誕生日だと言えばやはり貴族でも入るのに躊躇するような飲食店に招待していたそうだ。


 しかも高級店にありがちなドレスコードは無用というオマケつきである。


「ハンドクリームはなくなる前に常に補充して頂いております!」

「私たちメイドはそのお陰で手荒れ知らずになりました!」


「父も母も、一生に一度だって食べられるか分からない料理に涙してました!」

「旦那様! もし私たちが死んでも両親と家族のことをお願い出来ますか?」


「分かった、約束しよう。だがその前に、俺は絶対にお前たちを死なせたりしないと誓おうじゃないか」

「「旦那様……」」


 この世界ではメイドは元より使用人の地位は低い。彼らは仕えた主人の裁量により、天国にも地獄にも行き着くのである。であれば、せめて自分やソフィアたちに仕えたことで、そこが天国であったと安堵してほしいものだ。


「耳栓の準備はいいな?」

「「はい!」」


「お前たちは使用人の中で、最初に俺の戦い方を目にする者となるだろう。だが、他言は無用だ」

「心得ております!」

「では頼む」

「「はい!」」


 暗がりに消えていく二人を見送った彼は、物陰に潜んで様子を窺う。視線の先には庭の芝生に座り、夜空を眺めるふりをしているメイドたちのシルエットが浮かび上がっていた。静かな夜だ。


 そんな状態がしばらく続いてから、二人に忍び寄る四つの気配を察知した。邸の使用人たちには絶対にここに近づいてはならないと厳命してあるので、ヴォルコフ家の侍女たちで間違いないだろう。


 ソフィアとポーラの服を身に着けた二人のメイドを取り囲むように、四つの影が星明かりに照らされる。


「こんばんは。どうされたんですか? あ、一緒に星を見ます?」

「なっ! 誰だお前たち!?」


「あれ? もしかしてソフィア様とポーラ様をお探しですか?」

「私たちはお邸の使用人ですよ」


「くっ! 見られたのはマズい。れ!」


 背格好が似ているとは言っても顔は全く似ていない。だから近づけばすぐに別人と分かる。


 おそらく侍女たちは罠にかけられたことを覚ったのだろう。四人の決断は早く、各々が封印を切って剣を抜いた。その刹那――


 続けざまに四度の爆音が辺りの空気を震わせる。そして再び静寂が戻った時、ゆっくりと膝をついた侍女たちはその場に倒れ込んだ。


「「旦那様!」」

「耳は大丈夫だな?」

「「大丈夫です!」」


「なかなかいいアドリブだったぞ」

「「あどりぶ?」」


「気にするな。それよりこの後も手筈通りに頼む」

「「はい!」」


 四人の侍女は顔を潰されることなく、きれいなまま額を撃ち抜かれていた。ソフィアとポーラの命を狙った時点で彼女たちの死は確定していたが、思えばそれも命令されてのこと。


 忠誠心が強い故に正義と信じて疑わなかったのだろうが、彼女たちは全員二十歳前後だ。

(後で弔ってやるからな)


 心の中で呟いた彼は、四つの死体にそっと手を合わせるのだった。

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