第十三話 皇帝来訪
結論から言うと、結局あの後騎士たちもバーベキューにありつくことが出来た。食材の下
そこまでされるとさすがに許可しないわけにもいかず、皇帝に頼まれてバーベキューセットを貸し出すことになった。
その後は酒も入ってどんちゃん騒ぎにまで発展し、本来皇帝を護るべき近衛騎士団が酒を我慢して交代で周囲の警戒に当たるという始末。さらにバーベキューという新たな食文化をもたらした優弥が異常なほど懐かれ、近衛と一般双方の騎士団からバーベキューセット合わせて五つの注文も受けた。
そうして翌日、一行はアルタミール領に入る門を潜った。ここから領都となったエイバディーンに向かうのは、優弥とタニアを除けば皇帝と近衛騎士から六人。それにネイトと皇帝の身の回りの世話をする侍女二人の合わせて十人のみである。
残りの近衛騎士は付近に宿を取り、他は門の外に出て野営するようだ。
トレス商会のルークと彼の護衛だった三人は、門のすぐ近くにある門兵の詰め所に連れていき、そこからアルタミール警備兵団に引き渡してもらう。
この警備兵団は元ヘンダーソン子爵領領主軍の兵士たちだ。子爵が
その際、優弥は彼らに向けてこう言った。
「俺は戦争をするつもりはないから軍隊はいらない。代わりに領内の治安維持に協力してくれるなら、警備兵団として君たちを歓迎する」
こうして誕生したのが、領内の警察役を担うアルタミール警備兵団というわけである。街の規模に対して人数は少ないが、有志で結成された自警団もいくつかあるので、今のところ大きな問題は起こっていない。
ただ、領主軍だった頃の武器や防具などは、子爵と共に去っていったかつての仲間が全て持っていってしまった。それを聞いた優弥は領主の名で領内の鍛冶屋に必要な武器、防具を作らせたのである。
結果、これまでよりはるかに高品質の物が納められ、兵士たちから賞賛と忠誠を勝ち取ることに繋がった。
なお、鍛冶屋の中にドラゴンの素材を加工出来るマシュー・バーンズという男がいた。彼に鱗数枚と骨のいくつかを渡し、剣と盾の一組を作らせて警備兵団に贈ると伝えると、兵士たちが狂喜乱舞してさらなる忠誠を誓ったことは想像に難くないだろう。
ただし、その一組が仕上がるまでにはまだしばらくの時間が必要だった。
話を戻そう。
さすがに若旦那が殺人と殺人未遂を犯した商会に営業を続けさせるのは
タニアについては、このまま皇帝の馬車でベネット生花店まで送るわけにもいかなかったので、役目を門兵を通じて警備兵団に任せることにした。
「タニア、元気出せよ」
「はい。ご領主様、色々とありがとうございました」
「リックには今回のこと……」
「自分で話そうと思います」
「そうか。心配していると思うから、無事であることだけは伝えておくよ」
「あの、そう言えばご領主様はどうして私を助けに来て下さったんですか? あ、たまたま通りがかっただけだったとか……?」
「領主が辻馬車で領外に出るわけがないだろ。俺の婚約者たちに頼まれたからだよ」
「ご領主様のご婚約者様たちが? なぜ……?」
「リックが願ったからさ」
「リック……リックが……!? ではまさかリックは無礼討ちに……!?」
「なんでそうなる?」
必要な手続きを踏まずに領主一族に願いを述べるのは直訴、つまり無礼討ちの対象となる。それをネイトから聞かされて、彼は笑いながら否定した。
「ないない。無事を伝えると言ったはずだぞ」
「そうでした……ありがとうございます!」
タニアはリックが無事であることを聞いて、ほっとしたように微笑んでから門兵の方に去っていった。ルークの件、吹っ切れるには今しばらくの時が必要ではあるだろうが、彼女には前を向いて生きてほしいと心から願う彼だった。
「皇帝すまん。本来なら賓客のアンタは領地を挙げて歓迎しなければならないのだろうが……」
「急な面会のお願いをしたのはこちらですのでお気になさらないで下さい。それに僕は敗戦国の将なのですから、彼らに歓迎される資格はありません」
「そういうところ、さすがは皇帝だと感心させられるよ」
領主邸に向かう途中、
優弥たちが邸に着いたのはその日の夕方だった。突然皇帝を伴って帰還した彼に、さすがのウォーレンも慌てたようだ。昼間に仕立屋アナベルから注文していた衣装が届いたと聞いたので、ひとまず皇帝たちを客間に通して着替えることにした。
「やけに早かったな」
「なんでも他の仕事を全て後回しにして仕立てたと申しておりました」
「そ、そうだったのか……」
「それにしても、皇帝陛下があのようにお若い方だったとは驚きました」
「俺もだよ、ウォーレン。今日は使用人たちに温泉使わせた?」
「いえ、閣下が皇帝陛下をお連れになられましたのは終業時刻間際でしたので、もしやと思い使用禁止に致しております」
「なら皇帝たちに温泉を勧めておいてくれ。使用人には申し訳ないが、明日皇帝がここを
「かしこまりました」
「それと夕食だけど、ソフィアとポーラにはドレスで来るように伝えてくれる?」
「すでにそのように取り計らっております」
ドレスなど着慣れない彼女たちには、それぞれメイドが付いて対応してくれているとのこと。
「じゃ、俺もさっさと着替えることにするか」
夕食は食堂ではなく、ホールにテーブルを並べて用意されていた。近衛騎士たちは皇帝を護衛するために着席を拒んだが、彼らが何人いようと優弥に敵うはずがないと諭され、結局丸テーブルに着くことになった。
なお、毒見さえも無礼であると皇帝に叱責されていたが、そこは仕方がないだろうと優弥が理解を示したので、執事のネイトが役目を引き受けたのである。
ところがそんな近衛たちの目を釘付けにしたのが、ソフィアを始めとする女性陣だった。彼女たちが身なりを整えるため皇帝より後にやってくることはあらかじめ了承を得てある。しかし騎士の中には口には出さずとも、無礼だと顔に出している者もいた。
ところがいざ、美しく着飾ったソフィアとポーラ、それにシンディーとニコラが姿を現すと、これでもかというほど鼻の下を伸ばしていたのだ。ちなみにビアンカは立場的な観点からこの場には呼んでいない。
「紹介しよう。向かって右がソフィア、左がポーラ。二人とも俺の婚約者だ」
「お初にお目にかかります。ソフィアと申します、皇帝陛下」
「ポーラですわ、皇帝陛下」
「ぷふっ! ぽ、ポーラさん!」
「な、なによソフィア」
「ですわって……」
「皇帝すまん。ポーラが調子に乗ったようだ。いつもはあんな言葉遣いはしない」
「ち、違うわよ! これでも緊張してるんだから!」
「ポーラ、皇帝の御前なんだ。無礼が過ぎるとそこの騎士たちに斬り捨てられるぞ」
「ちょっとユウヤ、脅かさないでよ」
当の近衛騎士たちは、何やら生暖かい目で彼女を見ている。
「とまあ、普段はあんな感じなんだよ」
「いえいえ、楽しませて頂きました。よろしく、美しいお嬢様方。僕がレイブンクロー大帝国皇帝、トバイアス・レイブンクローです」
この後シンディーとニコラも紹介されたが、二人が優弥の婚約者ではなく主な任務がソフィアの護衛だと知らされると、騎士たちから熱い視線を向けられたのは言うまでもないだろう。
こうしてアルタミール領主邸の夜は更けていくのだった。
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