第十一話 勇者の嘆き
「提督閣下、こちらをご覧下さい」
魔法国アルタミラの王城エブーラは、レイブンクロー大帝国海軍所属のワイバーン部隊による火炎玉の投下により、かつての面影すら残されていなかった。
だが奇襲でこれだけの損害を与えたにも拘わらず、魔王ティベリア・アルタミラを逃したのは失策であった。ワイバーン部隊と共に首都エブタリア制圧の役目を担った地上部隊は、その責を厳しく問われることとなる。
ティベリアの捕獲は至上命令だった。彼女を殺すことは元々不可能とされていたが、傷を負わせることなら出来る。そこを狙って捕らえる作戦が展開されたのだが、まんまと転送ゲートに逃げられてしまったのだ。
しかもそのゲートには特定の者にしか開くことが出来ない仕掛けが施されており、後を追うことすら叶わなかったのである。
地上部隊の隊長を任されたジャイルズ・ウッドは、この失態に焦りを隠せなかった。
ワイバーンなどの竜種に魔法はほとんど効かない。また、兵士の鎧にも強い魔法耐性を持つ素材が使われている。つまりこの魔法国に対する奇襲は、失敗するはずがない作戦だったのだ。
本来であれば下級貴族家の、しかも三十二歳の若輩者の彼が、この名誉と成功が約束された部隊を率いるなどあり得ないことだった。こういった役目は上級貴族の手柄のためにあるからだ。
しかし父である海軍参謀のカール・ウッドが息子を大抜擢したのである。その時の各方面からの反発は筆舌に尽くしがたかったが、少なくない賄賂を送ることにより黙らせてしまった。
つまり、失敗は万に一つも許されなかったのである。
「まんまと魔王に逃げられた隊長ごときがこの儂を呼びつけるとは、ずい分とウッド家も偉くなったものだな」
「それは……申し訳ありません。ですがとにかくこちらをご覧下さい」
「ふん! いったい何だというの……だ……?」
むろんいくつもの勲章に飾られた軍服を着込む提督ナサニエル・フォスターが呼ばれるに当たり、その理由を聞かされていないはずはない。しかし提督はそれを簡単に信じるほど愚かではないと自負していた。
この訪問はむしろジャイルズが犯した失態を、完膚なきまでに吊し上げる目的があったのだ。
ドラゴンの鱗が丸々一体分、しかも骨まで残されているなどあり得ない話だった。それはすなわち、魔法国がドラゴンを討伐したことに他ならないからである。
だが――
「まさか……本当にドラゴンの……」
「数えたところおよそ三百枚。骨の方は首の一部が破損しておりますが、それ以外はほぼ無傷でした」
「貴様は魔法国の人間が、ドラゴンの首の骨を折って倒したと言うのか!?」
「分かりませんが、その可能性が高いかと……」
「
「はい。ですが……」
目の前の鱗や骨が語る事実は覆しようがない。これを手に入れたことは、魔王を逃がしてしまった失態を帳消しにするどころか称賛に値する功績だった。大帝国皇帝トバイアス・レイブンクローに献上すれば、莫大な褒賞が得られるのは間違いないだろう。
「ジャイルズ、この手柄を儂に寄こせ」
「もとより、提督閣下指揮の作戦ですからそのつもりです」
「よくぞ申した。では魔王を捕り逃がしたことは不問にしてやろう」
「はっ! ありがたき幸せにございます!」
「このことは極秘事項として扱う」
「かしこまりました!」
「しかし火炎玉の攻撃にも無傷とは、さすがはドラゴンの鱗と骨だな……」
これがあれば皇帝への、魔王に逃げられた件の報告でも叱責されずに済むだろう。ジャイルズの首を
「隊長! こちらにおいででしたか!」
その時、兵士が大声で叫びながらジャイルズを見つけて駆け寄ってきた。
「何事か! フォスター提督閣下の
「至急ご報告が必要な事態が発生致しました!」
「提督閣下、報告を受けてもよろしいでしょうか?」
「至急と言うなら是非もなかろう」
「閣下のお許しが出た。話せ!」
「はっ! 敵陣に勇者を名乗る者が現れました。我々では歯が立ちません! スタツスは約3万とのことです!」
「スタツスが3万だと……!?」
「閣下、ワイバーン部隊の出撃許可を!」
「勇者か、面白い。魔王め、モノトリスに泣きつきおったわい。だがこれでモノトリスを攻める大義が出来たというものだ。ワイバーン部隊の出撃を許可する! その勇者とやらを葬り去ってこい!」
数分後、およそ百騎のワイバーン部隊が一斉に翼をはためかせる。
「行け! 勇猛なる空翔ける騎士たちよ! 我が大帝国との同盟を拒否した魔法国アルタミラを絶望の淵に追いやるのだ!」
「「「「おぉぉぉぉっ!!」」」」
◆◇◆◇
アルタミラの兵士は、首都エブタリアを囲む城壁付近で不利な戦いを強いられていた。しかしそこに勇者エリヤ・スミスが現れて一気に形勢が逆転する。
レイブンクロー軍兵士の剣や矢による攻撃も、勇者にはまるで効果がなかった。対して勇者が剣を一振りすれば、たちまちに何体もの死体の山が築かれるのである。
そうしてレイブンクロー側が兵を引き、そこまで追い込んだと勢いづいた矢先にそれは起きた。
火炎玉による空襲である。激しい炎と爆風が勇者たちを襲い、優勢に立ったと思われたアルタミラ軍は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄に堕とされてしまった。
「Oh! No! アレはズルいよ!」
さすがにエリヤがこの攻撃でやられることはなかったが、魔法が効かず上空を飛び回る相手には打つ手なしである。
「マオウサマ、ハヤくモドってきてよー」
エリヤの悲痛な声は、炎に焼かれる兵士たちの悲鳴にかき消されるのだった。
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